Ⅱ章-2

障害年金の目的を再考する-障害年金における「障害」とは

上智大学 永野 仁美

目次

.はじめに

.現在の障害年金の目的

1.障害年金の目的についての説明

2.実際に障害年金に与えられていると思われる目的

.障害者を取り巻く社会的・法的環境の変化

.障害年金の目的の再考

1.障害年金の目的

2.障害に起因する特別な費用の保障

.終わりに-労働と社会保障の関係

 

 

Ⅰ.はじめに

 本稿は、2025年の年金制度改革に向けて、障害年金の目的を再考するものである[1]。障害年金の目的は、様々な観点から検討しうる。例えば、202210月に日本が受け取った障害者権利委員会による総括所見[2]では、「市民の平均所得に比べ、障害年金が著しく低額であること」が懸念事項として示され、「障害者団体と協議のうえで、障害年金の額に関する規定を見直すこと」が勧告されたが(パラグラフ59(b)60(b))、障害年金の水準をいかに設定すべきかという観点から目的を考えることもできる。この場合には、障害者に対しその尊厳にふさわしい相当な生活を保障することや、障害者の自律・自立や社会参加を支え、その生活を安定せしめること等が障害年金の目的として示されえよう。そして、この目的に資するよう、障害年金の額を設定することが求められることになる。

 この例が示すように障害年金の目的は様々な角度から検討しうるが、本稿では、どのような状況にある障害者に対して障害年金を支給すべきかという観点から障害年金の目的を再考する。すなわち、障害年金における「障害」(要保障事由/障害要件)と関連付ける形で障害年金の目的について検討する。障害者については、障害者基本法においてその定義が置かれているが[3]、この定義に当てはまる全ての障害者に障害年金が支給されるわけではない。障害者に関連する法は複数存在するが、それぞれの法は、それぞれの目的に即して、その適用を受ける障害者の範囲を画している。それゆえ、障害年金の支給対象となる障害者の範囲という極めて重要な事項を検討するにあたっては、そもそも障害年金の目的は何かということを改めて考えることが必要であると言える。

なお、障害年金の目的については、第6回日本障害法学会研究大会のシンポジウム「障害年金制度の課題」において検討したことがある。そのため、以下の記述は、「目的から考える障害年金の要保障事由」(障害法6号(2022年)29頁)と重なる部分がある。また、本稿では、障害基礎年金を念頭に、その目的について検討する。

 

Ⅱ.現在の障害年金の目的

 まず、現行の障害年金制度において、その目的がどのように捉えられているのかということから確認したい。

 

1.障害年金の目的についての説明

 障害基礎年金の仕組みを定める国民年金法は、年金給付を行う目的について、「国民生活の安定がそこなわれることの防止」や「健全な国民生活の維持・向上への寄与」(国年法1条)という抽象度の高いものしか定めていない[4]。したがって、ここから障害年金の具体的な目的を読み取ることは難しい。

そこで、政府がどのように障害年金の目的について説明してきたのかを見てみると、次のように説明してきたことが確認される。まず、国民年金法の制定時には、「障害年金は、国民が廃疾となって日常生活の用を弁ずることができなくなったり、あるいは日常生活に著しい制限が加えられたりした場合、すなわち、所得活動が制限された場合に、その生活の安定がそこなわれることのないよう防止することを目的とする給付」であるとの説明がなされている[5]。そして、その後の国会答弁においても、基礎年金制度を導入した1985年法改正の前後を問わず、繰り返し、障害年金は「稼得能力の喪失又は減少」に対し所得保障給付を行うことで障害者の生活の安定・向上を図るものであるとの説明がなされている[6]

したがって、現行の障害年金の目的は、「稼得能力の喪失・減退や所得活動に制限がみられる場合に、就労所得に代わる所得を保障すること」にあると考えられていると言える。

 

2.実際に障害年金に与えられていると思われる目的

 しかしながら、障害年金は、必ずしも稼得能力の喪失・減退や所得活動に制限が見られる場合の所得保障の仕組みとして機能しているとは言えない。稼得活動ができていないにも関わらず、障害等級2級に認定されず、障害年金を受け取れない障害者が生じているからである。その要因は、稼得活動への制限とは無関係になされる障害認定の在り方にある[7]

 障害年金の支給範囲を画する障害要件は、稼得能力の喪失・減退や所得活動への制限を保障する観点から定められていない。1級又は2級に該当する程度の障害の状態にあるかどうかを判定するための障害認定は、「日常生活に対する制限」の観点からなされることとなっているからである。しかも、実際には、「医学モデル」に立脚する機能障害をベースとした障害認定が大半を占めている(国民年金法施行令別表、及び、国民年金・厚生年金障害認定基準(令和441日版)[8])。

「機能障害」に偏重した障害認定のあり方は、国民年金法制定時の説明から読み取れる「機能障害が重いこと=日常生活への制限=稼得活動への制限」という推定を前提としていると思われる。確かに、こうした推定は、かつては有効であったかもしれない。そして、障害を「機能障害」で捉えることについて、障害年金の目的との関係でそれなりの合理性もあったと言うことができよう[9]。しかし、現在、上述のように「稼得活動ができていないにも関わらず、障害年金を受け取れない障害者が生じている」とすれば、それは障害者に対する所得保障制度における大きな課題であり、この推定そのものを見直す必要がある。

 

Ⅲ.障害者を取り巻く社会的・法的環境の変化

 それでは、見直し後の障害年金は、どのような目的のもと、どの範囲の障害者に対して支給されるべきなのか。この点を検討するに先立ち、障害者を取り巻く社会的・法的環境の変化に言及しておきたい。社会状況の変化に伴い、障害年金の仕組みも変わっていくことが求められるからである。

 まず、障害の捉え方は、機能障害に着目する「医学モデル」から「社会モデル」へと変化している。実際、障害者権利条約の批准に向けた国内法の整備に際して、日本においても、障害者基本法の中に「社会モデル」に立脚した障害者の定義が導入されるに至っている(基本法2条)[10]。「社会モデル」において、障害は、機能障害を有する個人の問題としてではなく、社会の問題として存在する。すなわち、障害者が障害の状態に置かれる要因は、社会の側にあると考えられる。それゆえ、社会政策においては、障害者の社会への参加を阻む「社会的障壁」をいかに除去していくかが課題とされる。

そして、依然として課題は残るものの、社会的障壁を除去していくための施策により、近年、障害者の社会への参加や就労は次第に容易になってきている。障害者差別解消法による取組みやバリアフリー法によるアクセシビリティの改善は、障害者を取り巻く生活環境を改善しつつあり、障害者の社会参加は進展している。また、障害者雇用促進法による施策(雇用義務制度や合理的配慮提供義務を含む差別禁止原則等)は、障害者の労働市場での就労可能性を増大させている[11]。そして、障害を補う様々な技術の進歩によって、かつては機能障害ゆえに困難であったことを行うことが容易ないし可能となってきており、それが、障害者の社会生活や就労生活を支えてもいる[12]。こうした状況の中で、障害等級1級・2級に該当する機能障害を有する者の中には、労働市場において十分な所得を得ることが可能となっている者もいる。しかし、その一方で、日常生活上の困難は大きくないが、就労において困難を抱える者(例えば、精神障害・発達障害のある者)が増えており、その存在に、注目が集まるようになってきている。

障害年金制度の目的を再考するに当たっては、こうした障害を取り巻く社会的・法的環境の変化、そして、障害のある者がおかれている現実の状況を踏まえる必要がある。

 

Ⅳ.障害年金の目的の再考

1.障害年金の目的

 以上を前提として、障害年金の目的を再考していきたい。障害年金の目的を検討するにあたり、まず求められるのは、障害を社会モデルの観点から捉え直すことであろう。障害者基本法では、障害者権利条約の影響のもと社会モデルに立った障害者の定義が置かれるに至っているが、障害年金における障害認定においては、障害を社会モデルの観点から捉えることが欠けている。それゆえ、前述の障害者権利委員会による日本に対する総括所見の中でも、障害認定の仕組みにおいて医学モデルが採られ続けていることに対し懸念が示され(パラグラフ7(b))、障害認定における医学モデルの要素を取り除くよう勧告がなされている(パラグラフ8(b)[13]

そして、このような社会モデルに立って障害を捉えることへの要請、政府がこれまで行ってきた障害年金の目的に関する説明、及び、障害年金が数ある障害者施策の中でも障害者に対し年金という形で「金銭給付」を行い、所得保障を行うものであることを勘案すると、障害年金の目的は、障害者の中でも特に、機能障害と社会的障壁の存在によって「所得を得ることが困難な状態に置かれている者」、すなわち、「就労等の稼得活動が制限される者」に対し所得保障給付を行うことにあると言えるのではないだろうか[14]。そして、この目的と整合するよう、障害年金における「障害」(要保障事由)を捉えた上で、障害認定を行う必要がある。すなわち、障害年金における「障害」(要保障事由)を「社会モデルの観点から捉えた障害ゆえの稼得活動への制限」とした上で、就労等の稼得活動の制限が現に生じているかどうかを認定することが求められる。このようにすることで、「稼得活動ができていないにも関わらず、障害年金を受け取れない障害者が生じている」という現行の障害年金制度が抱えている切実な問題への対応が可能になると思われる。

その一方で、このように障害年金の目的を捉え直すと、障害年金は、稼得活動の制限が見られない場合(すなわち、十分な就労所得があるような場合)には支給されないこととなる[15]。障害者が、労働市場において差別されることなく就労所得を得られることは、雇用政策が目指すところであり、障害者が障害年金を必要としない状態になることは、むしろ望ましいことと言える(ただ、この点については、次の2で改めて検討する)。また、稼得活動の制限には程度があることから、障害年金は、支給されるか支給されないかの二者択一ではなく、制限の程度に応じた段階的な支給となることが求められよう[16]

 

2.障害に起因する特別な費用の保障

ところで、現在の障害年金には、その創設から時間を経るなかで事実上与えられるに至っている役割もある。障害により要する特別な費用の保障である[17]。1級の場合の0.25倍の加算にはこの意味合いが含まれている[18]。また、就労所得は十分にあるが、障害に起因して生じる費用のために障害年金が必要だという者も存在する。ただ、この点に関しては、特別障害者手当の仕組みが存在しており、「稼得能力の喪失に対するものが基礎年金であり、介護ニーズ(や)特別の費用(の)負担…を補てんするのが特別障害者手当」であるとの整理がなされてきた(第162回国会衆議院厚生労働委員会第23号平成17518日)。しかし、同手当は、精神又は身体に重度の障害を有し、日常生活において常時特別の介護を必要とする在宅の20歳以上の者に支給が限られており、本人又は扶養義務者の所得による支給制限もある。そのため、「障害により要する特別な費用の保障」の仕組みとしては十分に機能しきれていない。それが、障害年金に障害に起因する費用の補てんを求める要因の1つにもなっている。「障害年金2025年制度改革への障害年金法研究会からの提言書」(本誌)において、①稼得活動が制限されること、もしくは稼得所得が喪失している状態、又は、②日常生活・社会生活に様々な支障があることに対する金銭給付が必要な状態が、障害年金の要保障事由として設定されるべき旨が示されている理由もここにある[19]

この点については、障害年金と社会手当や福祉サービスの利用者負担を軽減する仕組みの役割分担を明確にしつつ、後者(社会手当・障害福祉サービスの利用者負担の軽減)を改善することで対応することが望ましいと考えている[20]。両者を明確に分けることで、所得保障あるいは障害により要する費用の保障が必要な者に給付が届かなくなるリスクを回避でき、また、適切な支給額の設定や支給・保障方法の導入につなげることが可能となると考えるからである。

ただ、役割分担の明確化や後者の改善がなされないまま、障害年金が現在事実上担っている役割をなくしてしまうことも問題である。上述のように、現在では、労働市場で十分な就労所得を得ている障害者も増えており、「稼得活動への制限」に対する所得保障給付については必要としなくなっている者もいるが、そうした者も依然として障害ゆえに起因する費用に対するニーズは有している可能性があるからである。

したがって、現段階において、①稼得活動の制限等だけでなく、②日常生活・社会生活に様々な支障があることに対しても金銭給付を行うことが、障害年金の目的となりうるとする障害年金法研究会の提言は、現実を見据えたものであると考える。

 

Ⅴ.終わりに-労働と社会保障の関係

 本稿では、障害年金の目的を改めて再考し、障害年金は、基本的には、障害者が社会の中で被る不利益も勘案した上での「稼得活動への制限」に対し所得保障給付を行うことを目的とし、この目的に沿う障害認定の在り方や支給方法を導入することが求められる旨を示した。

障害年金の目的を再考することは、労働と社会保障の関係を改めて考えることでもある。これまでの社会保障の仕組みにおいては、「労働か、さもなければ社会保障か[21]」という発想が多分に見られた。障害者に対する所得保障の仕組みも、障害者は労働により収入を得ることが困難であることを理由に整えられてきたと言える。障害者は、ステレオタイプに労働できないとみなされていたわけである。そして、20歳前に初診日がある場合を除き[22]、障害年金給付は、「受給できるか、受給できないか」の二択となっている[23]。しかし、上記でも確認したように、現在では、機能障害があることが、すなわち労働により収入を得ることが困難であることを意味しない。また、働き方も多様化している。正規雇用で働く障害者もいれば、障害との兼ね合いでパートタイム就労をする障害者、福祉的就労の場で働く障害者もいる。「労働か、さもなければ社会保障か」という二者択一ではなく、「障害ゆえに働くことに制限はあるものの収入も得ている。ただ、生活をしていくには不十分であるので社会保障による給付も必要とする」という「労働と社会保障の組合せ」を必要とする者も多いのではないだろうか。

現行の障害年金の仕組みは、障害の状態は固定で、障害者(機能障害を有する者)は就労所得を得ることが困難な存在であることを前提としている。障害の状態は可変であり、社会環境によっても変わりうるものであること、そして、障害者像は多様化していることを前提として、就労と社会保障給付との間の関係も見直していく必要があるのではないだろうか。

 

 



[1] 第3回社会保障審議会年金部会(202358日)において、島村暁代委員より、「既に指摘のあった初診日の要件のほかにも、障害年金の目的をどう捉えるのか、医学モデルなのか、社会モデルなのかも含めて、何のために障害年金は支給されるのかを認定基準との関係も含めた上で議論する必要がありますし、その際にはそのほかの障害者施策との関係性についても視野に入れた上で議論していく必要があるのではないかと考えております」との発言がなされており、障害年金の見直しに際しては、障害年金の目的をどう捉えるべきかという点も重要な論点であることが示されている。

[2] Committee on the Rights of Persons with Disabilities, Concluding observations on the initial report of Japan,7 October 2022

[3] 障害者基本法は、障害者について、「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害…がある者であつて、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう」との定義を置いている(基本法21号)。

[4] 障害厚生年金について定める厚生年金保険法も、その目的については、労働者とその遺族の「生活の安定と福祉の向上」(厚年法1条)と定めるのみであり、同様の状況にある。

[5] 小山進次郎『国民年金法の解説』(時事通信社・1959年)172頁。

[6] 安部敬太「障害年金における等級認定(1)-その歴史的変遷」早稲田大学大学院法研論集176号(2020年)2頁、19-20頁。

[7] 安部敬太「障害年金における障害認定の現状」障害法6号(2022年)9-13頁。なお、障害種別により障害認定に関し合理的に説明できない相違が生じていること(すなわち、一方に障害年金を安定的に受給しやすい障害(例えば、下肢の麻痺障害等)があり、他方に障害年金の受給につながりにくい障害(内部障害・精神障害等)がある)も、障害年金制度が抱えるもう1つの大きな問題である。この問題についても、障害年金の目的の再考を通じて解決することが期待できる。

[8] 日本年金機構HPhttps://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/shougainenkin/ninteikijun/20140604.html

[9] 障害を補う技術が発達しておらず、また、労働市場で求められる労働も機能障害を有する者に不利であるもの(例えば、工場での労働)が多かった時代、さらには、社会への参加や働くことに関して差別や偏見による障壁が大きかった時代には、支給対象となる機能障害の範囲をどのように設定するかという問題は存するものの、機能障害を有する者を障害年金による所得保障を必要とする者とすることに、大きな齟齬はなかったと言えよう。

[10] 注3参照。

[11] 障害者総合支援法が定める就労系福祉サービス(福祉的就労)の利用者も増加傾向にある。長谷川珠子・石﨑由希子・永野仁美・飯田高『現場からみる障害者の雇用と就労-法と実務をつなぐ』(弘文堂、2021年)7頁〔永野執筆部分〕。

[12] 『障害認定基準(令和441日改正)』は、障害等級1級の該当性判断に当たり「家庭内の生活でいえば、活動の範囲がおおむね就床室内に限られる」か否かの検討を求めたり、2級の該当性判断にあたり「活動の範囲がおおむね家屋内に限られる」か否かの検討を求めたりしている。この点については、「『障害認定基準』における障害の状態像は、国民年金法制定当初(1950年代)の障害者を反映したものであって、障害者基本法の障害者像に比して著しく狭く、障害年金受給者の範囲を狭めることに寄与している恐れがある」との批判がなされている。河野正輝『障害法の基礎理論-新たな法理念への転換と構想』(法律文化社、2020年)226頁。

[13] 障害者権利条約の批准に際しては、数々の国内法(例えば、障害者基本法や障害者雇用促進法等)の見直しがなされたが、障害年金についての見直しはなされなかった。

[14] 「稼得活動の制限」という表現は、政府が国民年金法の制定時から繰り返し言及してきたことと同じことのように思われるかもしれない。しかし、国民年金法制定時には「所得活動が制限」という言葉が使用されているものの、政府は、主として「稼得能力の喪失または減少」という文言を使用して障害年金の目的や位置づけを説明してきた[14]。この文言は、必ずしも障害の社会モデルを踏まえたものとはいえず、稼得活動が制限される原因を障害者本人の能力に帰すものである。それとは異なり、「社会モデル」を踏まえ、「障害者が社会の中で被る不利益も勘案した上での『稼得活動への制限』に対し所得保障給付を行うこと」が障害年金の目的となるのではないかと考える。

[15] 「社会モデル」は、障害の範囲を広めることもあれば、狭めることもある。このような認定方法を採用すると、現在、障害年金受給している者の中に、受給資格を失う者が多数出てくることが予想される(例えば、機能障害の程度は重いが、その就労への影響は小さい身体障害のある者)。そのため、この方向で制度の見直しを行う場合には、障害年金受給者の生活への影響を勘案して十分な移行期間を設けることが必要である。また、次に検討する障害に起因する特別な費用を保障する仕組みを整えることも求められる

[16] 稼得能力に対する制限の度合いについて、①就労所得の水準や労働時間の数などの具体的な基準で決めるのか、それとも、②就労に相当な程度の支障があるといった抽象的な基準で決めて様々な事情を総合評価するのかという2つの選択肢を提示するものとして、福島豪「障害年金の権利保障と障害認定」社会保障法33号(2018年)129130頁。細かな言葉の使い方等に相違があるとしても、本稿での検討は、同論文で述べられている「政策論としては、障害によって所得を稼ぐことができない場合に所得を保障するという障害年金の目的に即して、障害等級を就労によって所得を稼ぐ能力、つまり稼得能力の制限という観点から見直すとともに、障害年金と就労所得の合計額が高額になる場合には、就労インセンティブに配慮しながら、所得に応じて障害年金を調整することが望ましい」とする見解(同129頁)と、大筋で同じ方向を向いていると考える。

[17] 5回社会保障審議会年金部会(2023626日)に福島豪教授が提出した資料(「障害年金の制度改正に向けた中長期的課題」)においても、「拠出制の障害年金が就労所得と調整されないのは、障害年金の保険事故が稼得能力の制限ではなく障害それ自体と捉えられているので、障害がある以上当然に受給できるはずの障害年金に所得制限を課すことはできないからだと説明することができる。その意味で、障害年金は、障害によって所得を稼ぐことができない場合に代わりの所得を保障することにとどまらない役割を担っていることになる」との指摘がなされている。もっとも福島教授の所論は、「障害年金の目的を、障害によって所得を稼ぐことができない場合に一定の所得を保障することに明確化することが必要である」ということにある。

[18] ただ、現行制度は、障害等級2級の者の中にも、介護にかかる費用等の障害により生じる費用を必要とする者が存在しうることを見逃している。

[19] 1983728日に提出された「障害者生活保障問題専門家会議報告書」でも、「障害者の所得保障は、障害により失われた稼得能力の補てんと、重度の障害により特に要する費用の補てんの双方の観点を踏まえて行われる必要がある」旨の指摘がなされている(第102回国会参議院社会労働委員会第12号昭和6049日)。

[20] 障害に伴う特別な出費について、1級の加算の目的や金額の根拠が不明確になっていることや2級の障害年金受給者の特別な出費をカバーする仕組みがないこと等を理由として、公的にこれをカバーするのであれば、年金制度外の仕組みで対応することが望ましいとする見解として、百瀬優「障害年金の給付水準」社会保障法研究33号(2018年)109頁。

[21] このフレーズは、林健太郎『所得保障法制成立史論-イギリスにおける「生活保障システム」の形成と法の役割』信山社(2022年)において、印象的に使用されている。

[22] 20歳未満に初診日のある障害者については、所得が一定額を超えると、障害基礎年金の全部又は2分の1が支給停止となる(国民年金法36条の3)。

[23] 5回社会保障審議会年金部会(2023626日)に百瀬優委員が提出した資料(「障害年金制度の見直しに係る課題と論点」)においても、障害年金と就労収入の調整が課題として挙げられており、「全く行われない、急激に行われるかの…両極端な調整は、一方で障害種別間での不公平感を生み(⇒注7)、他方で就労阻害の可能性を産んでいる」との指摘がなされている。