障害年金法における情報提供義務

嘉藤 亮

目次

I.      はじめに

II.     情報提供義務の現在位置

III.    諸外国の状況

1.     アメリカ

2.     ドイツ

3.     フランス

4.     小括

IV.    日本における情報提供義務-事例から

1.     永井訴訟(1991年2月5日京都地裁判決(判例時報1387号43頁)、1993年10月5日大阪高裁判決(判例自治124号50頁))の再検討

(1)    再訪・永井訴訟

(2)    判決の検討

2.     広報周知義務に関連する裁判例‐障害年金以外のもの

(1)    戦没者等の妻に対する特別給付金支給法(以下「支給法」という。)に基づく特別給付金について、国の個別請求指導の懈怠が争われた2010年10月15日大阪地裁判決(判例時報2101号73頁)

(2)    身体障害者介護者の運賃割引制度に係る情報提供義務違反を認めた2009年9月30日東京高裁判決(判例時報2059号68頁)

3.     広報周知義務に関する裁判例‐障害年金の事例

(1)    2005年11月29日東京地裁判決(WestLaw 2005WLJPCA11298001

(2)    2010年2月18日東京高裁判決(判例時報2111号12頁)

(3)    2012年9月27日東京地裁判決(LX/DB 25496527

(4)    2017年11月30日前橋地裁高崎支部判決(LX/DB 25549185

(5)    2020年11月13日金沢地裁判決(判例集未搭載)

4.     広報周知義務に関する裁決例‐障害年金の事例

(1)    2006年5月31日裁決

(2)    2007年2月28日裁決(平成18年(厚)第234号)

(3)    2007年10月31日裁決(平成19年(厚)第138号)

(4)    2013年6月28日裁決(平成24年(厚)1241号)

5.     小括

V.     おわりに

 

 

I.    はじめに

 権利は、それを行使できなければ画餅にすぎない。社会保障分野における福祉受給権が、憲法第25条第1項に規定する生存権の実現を図るものであって、その具体的な権利性が法律によって定められた枠組みを通じて実現されるものとする判例(1967年5月24日最高裁判決(民集第2151043頁)朝日訴訟)の立場からすれば、こうした諸権利の実現のために適切な法律を制定することは、憲法が立法府に課した覊束性の高い義務ということができる[1])

 そして、「国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合」には、その立法府の不作為は違法であるといわなければならない(2005年9月14日最高裁判決(民集第5972087頁)在外邦人選挙権制限違憲訴訟)。 

 この理は、立法部が法律において定めた実体法上の仕組みが、権利実現にとって不十分であるのみにとどまらない。その仕組みが権利へのアクセスを困難とするようなものである場合も含まれる。

また、法の運用面・執行面においても、上記のような法の趣旨・目的に照らせば、当該仕組みへのアクセスを積極的に阻むような行為(例えば、生活保護の受給申請における、いわゆる「水際」対応)のみならず、アクセスを容易とする行為をあえて行わないといった消極的な行為もまた裁量権の逸脱・濫用として違法な行為といえるであろう。

本稿は以上のような問題意識に基づき、主に行政による情報提供義務について検討する。当該義務の内容について整理を行った(Ⅱ)上で、諸外国における対応を概観し(Ⅲ)、また、日本において情報提供義務に関する裁判例とそれがよって立つ論理を検討し(Ⅳ)、それらから得られた知見をもとに、障害年金法(及びそれを包括する社会保障の領域)における情報提供義務の在り方についてのまとめを行いたい。

 

II.   情報提供義務の現在位置

 社会保障・社会福祉制度は、それぞれが非常に複雑な構造を有しており、また場合によっては相互に入り組んでいることもあって、専門家ではない市民にとってはどのような制度であるのか、どのようなサービスが提供され、いかなる場合にそれが得られるのか、は必ずしも明確とはいえない。そのため、国又は地方公共団体において当該事務を所管する部署は、適切な情報提供を行うことが求められる。問題は、ここでいう情報提供とは何か、という点である。一口に情報提供といっても、広報、周知、助言、教示等、行政と市民間の関わり方によって様々なものが想定される。これら情報提供における行政側の法的な責任の度合いもまた、こうした状況に応じて変化するものと思われる。

 そこで、情報提供については、広義には「不特定多数の潜在的な受給資格者に対して行政機関として行うべき広報義務(周知義務)」とし、狭義には「行政窓口を訪れた特定の受給資格者に対して担当行政職員として行うべき教示・援助義務」とする考え方が提示されている[2])

 具体の行政手続に位置づけられるか否か、あるいは具体の行政手続の端緒としてそれに取り込まれるか否か、という観点からの区分と思われるが、こうした区分により、個別の処分の違法性を追及できるようになるところに利点を見出すことができるであろう。

給付行政において、現実のサービス等の受給は、それを求める者の申請に基づき行われるのが通例である。つまり、受給に関する行政手続は、基本的に申請に基づく処分と観念される。そこで、行政手続法9条2項は「行政庁は、申請をしようとする者又は申請者の求めに応じ、申請書の記載及び添付書類に関する事項その他の申請に必要な情報の提供に努めなければならない。」と規定しており、狭義にいう教示・援助義務については、一般的・包括的にカバーされている。また、審査基準の設定及び公表が義務とされている(5条)。

 さらに、申請に対する処分を拒否する場合には、その処分理由を提示するものとされ(9条)、不服申立や訴訟に関する教示義務も課される(行政不服審査法82条1項、行政事件訴訟法46条1項)。

 他方、行政の側から一方的にサービスの提供を打ち切るような行為は、不利益処分に該当する。そこでは、事前に処分基準を明記し、それを公表するよう努めるものとされ(行政手続法12条)、許認可の取消しや身分のはく奪をともなう行為については聴聞手続を経る必要がある(13条1項)。加えて、不利益処分をなす際にはその理由を提示することが求められ(14条1項)、申請に対する処分と同様に不服申立てや訴訟に関する教示が義務付けられる。

 以上見てきたように、行政による情報提供を広報周知と助言・教示に細分化した場合、後者に関しては、申請ないし不利益処分の手続に乗ることからも、一定程度の情報提供に関する規定が整備されている。

助言と教示をさらに分割して検討するに、行政手続法の制定により、いわゆる適正手続4原則を構成する「告知・聴聞、理由の提示、文書閲覧、審査基準の設定・公表が、明確に行政庁の行為義務として定められたことからすると、私人には、行政庁がこの行為義務に従って行動することを求める手続上の権利が付与され、その権利侵害は、処分の違法事由として、抗告訴訟で主張できるものと解される」[3])

さらに、誤った教示に関し、行政不服審査法は審査請求に関連する規定を詳細に定めており、また、損害賠償に関してもこれを認める例もみられる。

他方で、助言に関しては行政手続法上も努力義務にとどまるものであって、どのような場面において作為義務が生ずるかは別途議論が必要となる。そもそも行政手続法の規定は、「申請しようとする者」であって、困難を抱える者による窓口での相談に対し、制度の紹介をすることまで射程が及ぶものかどうかも議論となるであろう。

 広義にいう広報周知に関しては、不特定多数の国民を対象とすることからも、その法的義務まで認めることが困難であると解されている。しかし、前述のとおり、法律の定める枠組へのアクセスを確保することが、法の趣旨・目的であろうし、それによって生存権を中心とする安全・快適な生活を享受することができる憲法上の権利の実現が果たされる。そうであるならば、広報周知が適切になされなかったことに起因する損害について賠償責任を負う場面が出てくるものと解される。

 以上要するに、①不特定の国民に対する広報周知、②窓口に訪れた有資格者(とその可能性がある者)に対する相談と、そこにおける制度の紹介や支援、③申請者に対する情報提供や支援、いった形に細分化し、それぞれの場面における責任について、Ⅳで検討を試みていきたい。

 

III.諸外国の状況

 ここでは、諸外国における広報周知に関する法制度を簡単に紹介したい。

1.    アメリカ

エリサ法(Employee Retirement Income Security Act, ERISA)は、企業年金を規律する連邦法であるが、その対象は企業による被用者への年金給付のみならず、あらゆる福祉給付制度に及ぶものである。それまで、企業における給付制度についての説明書やパンフレットが作成されていなかったり、作成されていたとしても、わかりにくい専門用語を使用したり、さらには企業側に都合の悪いことを意図的に記載しないケースもあったことから、エリサ法は、制度の加入者に対し制度概要説明書や重要改正概要書といった文書を配布する義務を定めている。また、その文書の記載内容としては、読み手にわかりやすく書かれていなければならない。加えて、資料を閲覧させ、あるいは交付する義務を定めて、加入者の利益の保護に努めている[4])

 こうした情報提供義務は、信託法に淵源し、そこでの判例法を取り込む形で発展してきたものである。さらにここから、加入者の事情に応じて誤った情報提供をしてはならない義務のみならず、正確な情報提供義務が課せられる。また、情報提供の誤りにより十分な情報に基づく判断(インフォームド・ディシジョン(informed decision))が阻害された場合には、それに対し責任を負うべきことが判例上確立されている[5])

2.     ドイツ  

 (西)ドイツでは東西統一前の1970年よりすでに複雑な構造となっていた社会法制を簡素で透明性の高いものとする目的で社会法典の編纂が行われ、1976年に施行された社会法典(Sozialgesetzbuch)の総則において、社会的給付の実施者やその団体による広報、助言、教示の義務を規定している[6])

 さらに、窓口対応において、申請者の申告内容から関連する給付を希望するか否かを質問する義務があることや、客観的に正確な助言・教示を行う義務があることを認める判決もある。また、こうした義務が履行されたならば現出していたであろう状態を作出するよう行政が職務上の措置をとるべきことを請求できる(復元請求権)とされている[7])

3.     フランス 

 フランスでは、2003年の年金改革法の10条(社会保障法典L161―17条)において、「何人も、政令で定められた条件の下で、強制加入の年金制度で獲得したすべての権利に関して個人的な状況についての記録を入手する権利を有する。」と規定し、被保険者の年金情報入手権を法律上明記している[8])

4.     小括

 以上、海外の状況を見るに、個々人が適切な判断を行うためには、十分な情報が重要であり、それを提供する義務が行政に課せられるべきである、との思考が読み取れる。また、制度が複雑であるからこそ、行政がより踏み込んで情報提供をなすべきことが言えよう。

 

IV.  日本における情報提供義務-事例から

1.    永井訴訟(1991年2月5日京都地裁判決(判例時報1387号43頁)、1993年10月5日大阪高裁判決(判例自治124号50頁))の再検討

 制度に関する個別の助言は、一般的に「行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める」(行政手続法2条6号)ものであることから、講学上は行政指導に分類されるであろう。

 行政指導の不作為が違法となりうるか否かについては、これを否定する見解もあるが、一般論としては、条理上行政指導の作為義務が発生しうることに異論はないとするのが多数説である[9])。ただし、窓口での対応については、分野・領域によって様々であり、その個々の事案の状況については、個別にみていく必要があることに注意を要する。

この点、制度の周知徹底義務違反の有無が争われた事例である永井訴訟について、改めて概観する。

(1)  再訪・永井訴訟

 X1は聴力障がいを有しており、両耳の聴力をほとんど失っていた。昭和53年4月ごろにX2と事実上の婚姻をし、X2は同年11月にAを出産した。その後、昭和56年3月にX2はX1の当該障がいを理由とする児童扶養手当の支給認定を申請した。このタイムラグは、制度の不知によるものであった。申請を受けた知事Y1は、児童扶養手当法(以下「手当法」という。)第7条第1項が受給資格者が認定の請求をした日の属する月の翌月から支給を始める旨を定めていることから、昭和56年4月より児童扶養手当を支給するものの、それ以前については支給しない旨の処分を行った。これに対し、Xらは広報活動等による周知徹底義務を果たしていなかったと主張して、Y1を被告として当該処分の取消し、(当該事務が機関委任であったことから)国Y2を被告として不支給分の支払い又は国家賠償法第1条第1項に基づく不支給分の相当額の損害賠償を求めて出訴した。

 争点は多岐にわたるが、広報周知義務に関する争点のみを取り上げれば、第1審は、憲法25条の裁判規範性を肯定した上で、「非遡及主義をとる法律の下において、もし、所管行政庁がその法律により創設された社会手当制度を周知する義務を怠り受給資格者にこれを知らせないまま放置すれば、受給資格者はこれを受給することができず、社会福祉手当は単なる飾り物となり画餅に帰するであろう。…立法者の意思は、保護対象者に認められた給付が、飾り物に終わらず実際にもすべて給付されることを期待しており、受給資格者が洩れなく給付を受けることこそが、基本的に公益にかなうと考えられる。」と判示する。

その上で、憲法25条2項を受けて生活困窮者その他保護を要する者に対して必要な保護を行うための機関が設置されていることから、手当法の非遡及主義について「国が児童扶養手当の制度を受給資格者に周知徹底することを前提として、受給資格者がその制度を知り得るのに、敢えて受給資格、手当の額の認定を請求しない場合には、その請求がある月の翌月までは手当を支給しないとしたものであると解する」。その結果、行政庁の広報義務は「通常の法令の公布のとおりこれを官報に掲載しておれば足りるものではないし、一般の法制度などの各種の広報と異なり、単なる恩恵的なサービスや行政上の便宜に基づく、してもしなくてもよい全くの自由裁量に過ぎないものではなく、法的な義務であると解すべきである」とする。

 この点、周知の程度に関しては、障がい者の家庭であることも考慮して「通常の受給者…が相応の注意をもって普通の努力をすれば制度を知りうる程度に周知徹底することを要する」とするが、「どのような方法で周知徹底させるかというその具体的方法の決定は、その時々における情報機関の整備状況、情報の受け手である受給資格者の状況、国民の制度の理解程度と制度周知に対する協力の期待度や、国の財政事情とも関連するから、これを専門に担当する行政庁の裁量に委ねられている」とする。

 そこで、違法性の判断基準としては、「周知徹底が、その不完全、不正確により…受給者が制度を知り得る程度に達しないときは、国家賠償法上でも違法となるが、右の程度の周知がなされている限り、その周知徹底の具体的方法に関する行政庁の裁量の誤りは、その裁量の範囲を著しく逸脱し、合理性を著しく欠くといえるような場合にのみ、国家賠償法1条1項にいう違法なものとなる」としている。本件に関しては、児童扶養手当のしおりにおいて、本件X1のような聴覚障がい者が児童扶養手当の受給資格があるか否かが不明確であったこと、心身障がい者向けの「てびき」においても児童扶養手当の記載がなく、また国においても周知徹底を図るよう通知を出していたこと、福祉事務所において児童扶養手当に関するパンフレット等が据え置かれておらず、母子健康手帳にも制度の記載がなかったこと、原告らが福祉事務所等に現状について説明していたにもかからず、児童扶養手当制度についての助言をなかったことから、Y1知事の過失による違法な周知徹底の不完全ないし不正確により援助を受けることができなかったとし、請求を一部認容した。

 これに対して双方が控訴したが、控訴審は請求認容部分を取り消し、原告の請求を全面的に退けた。

 すなわち「非遡及主義をとる制度の下においては、受給資格者が漏れなく制度の存在や内容について知ることができるよう広報活動をすることが是非とも必要であり、受給資格がありながらこれを知らなかったために受給の機会を失する者が出るようなことのないよう配慮すべきは当然であって、広報、周知徹底は法律を官報に掲載すれば足り、それ以上はしてもしなくてもよい単なる行政サービスにすぎないというものでないことは明らかである。その意味において、広報、周知徹底は国の果たすべき責務であり、当然しなければならないことに属するものというべきである」と評価しつつも、「そのような責務が、…法的義務に当たるものというべきかは別個の問題であって、これを法的義務とするかどうかは、…国の唯一の立法機関である国会によって制定された法律がこれを法的義務として規定しているかどうかによって決まるものと解するよりほかない」とする。

他方で、広報周知が一般的・抽象的な責務にとどまるとしつつも、「官報への掲載のほか一切の広報活動を行わなかったり、市民が役所の担当窓口で制度について具体的に質問し相談しているのにこれに的確に答えないで誤った教示をするなど、広報、周知徹底に関する国等の対応がその裁量の範囲を著しく逸脱したような場合には、これを違法として損害賠償義務を肯定することができないわけではな」いとする。しかし、本件に照らして検討するに、福祉事務所に児童扶養手当のしおりが置かれていないとするものの、「原告らの側」から窓口担当者に受給可能な何らかの給付制度があるのかどうかについて具体的な質問はなかった等の事実を認定し、結論として広報、周知徹底についての違法性を認めなかった。

(2)  判決の検討

 両判決とも、非遡及主義が採用されている制度において、広報、周知徹底の重要性を認めつつも、結論は全く異なってしまっている。

この点、広報周知義務について、それを根拠づける明文の規定がないことがネックとなっていたわけであるが、第1審は、憲法25条や手当法の仕組みから解釈上広報周知義務を導き出している。前述のように、具体的な法律の規定を通じて憲法25条の定める権利の実現を図ることが国に求められている以上、そうした義務の履行として制定された法律が救済しようとしている者が、当該制度にアクセスできるようにすることも法律が想定しているものと解すべきである。その意味で、憲法25条にはじまる第1審のような解釈的対応は妥当なものである。ただし、第1審も、違法性を導くために、本件における個別的事情で補強していることから、一般論のみで検討を進めていないことには注意を要する。

 すなわち、本件は制度の不知に関するものであることから、Ⅲで示した本稿における分類のうち、①と②に関わるものであるが、①と②は議論としては分けて考えるべきこととなろう[10])。そうすると、純粋に①を検討する場合、官報への掲載の他に一切の広報活動を行わなかった場合には違法性が認められるとして、違法となる領域としてさらにその外延を見出すのが困難であるように思われる(ただし、後掲2010年10月15日大阪地裁判決は一定の示唆を有する。)。

 また、②に関し、第1審は、前述のように法の仕組みから広報周知義務を導いているが、控訴審の論理によれば、そもそも法律上の根拠がないことから、義務を導く余地はない。結局、控訴審によれば、平等原則違反や誤った法解釈の提示といった「およそ行政活動一般に共通する最低限の行為規範」となるに過ぎず「社会保障以外の領域における情報提供・教示に関わる国賠責任…と結果的にはほとんど径庭がないというべきであろう」[11])。第1審のような社会保障ないし障害年金法特有の解釈論が必要とされる所以である。

 

2.     広報周知義務に関連する裁判例‐障害年金以外のもの

(1)  戦没者等の妻に対する特別給付金支給法(以下「支給法」という。)に基づく特別給付金について、国の個別請求指導の懈怠が争われた2010年10月15日大阪地裁判決(判例時報2101号73頁)

 戦没者等の妻に対する特別給付金支給法は、昭和12年7月7日以後に死亡した軍人の妻に対し、昭和38年4月1日を基準日とし、以後10年ごとに特別給付金を支給する制度である。特別給付金を受ける権利は、3年間行使しないときは時効消滅するものと定められていたところ、Xらは、一部について請求をしなかったことから請求権が時効により消滅したため、国と機関委任により事務処理を行う自治体を被告として、個別請求指導(個別制度案内、個別通知)を怠った違法行為により権利が時効消滅した等を主張して国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求めた。

 大阪地裁は、国家賠償法1条1項の適用上違法となる場合について、「職務上の法的義務は、法令の定めから発生するのが通常である。しかし、法令に直接に定めがない場合であっても、関係する法令等の定めを前提とした上で、損害発生の可能性及びその重大性、行為の容易性、代替的手段の有無及びその実効性等の事情から、職務上の法的義務が発生することはあり得なくはない」とする。しかし、関係法令には個別請求指導に関する規程はなく、支給法は個別請求指導を積極的に予定しているものではないと判示する。その上で、「特別給付金について、官報による公布以外に、何らの周知措置がされなければ、多数の受給権者が請求することなく、消滅時効によって失権するに至ることは明らかであり、支給法を制定した趣旨が果たせないことになる。したがって、そのような事態を避けるため、国及び地方公共団体が、特別給付金に関し、一定の周知措置をおくべきであるのは当然である。問題は、いかなる周知措置が職務上の法的義務として認められるかである。そもそも法制度に対する周知措置をどの程度実施するかは、対象者を含めたその法制度の内容やその周知の程度、国及び地方公共団体の財政事情、その他諸般の事情を勘案して、国及び地方公共団体の裁量に委ねられているといわざるを得ないからである。そして、その裁量の範囲を著しく逸脱し、合理性を著しく欠くといえるような場合にのみ違法と評価されるというべきである」とする。

 本件に関しては、通達・通知を発出するとともに、説明会や研修会の実施、新聞や広報紙への掲載、ポスターの掲示等による広報活動、戦没者遺族相談員による請求指導を行ってきたことから、一般的な周知措置は十分に行われていることから、さらに進んで個別請求指導まですべき職務上の法的義務はないと判示している。その後、一部自治体で実施された前回受給者名簿を利用した個別請求指導についても、そもそも法的な義務は認められないとの立場から、個別請求指導がなされなかったことをもって国家賠償法1条1項の適用上違法とはいえないとしている。

 本件においては、①及び②について、永井訴訟控訴審判決と同様に法律上の義務ではないことを前提に広報周知も十分に行われたものとし、さらに個別の指導義務はないとしている。本件で注目すべきことは、個別請求指導の実施方法として、前回の受給者名簿を用いた受給資格者への照会の法的義務が問われた点である。これは、受給資格(候補)者を検索すべきことを行政に求めるものであって、非常に特徴的である。これは①の類型に新たなものを加えるものといえるであろう(①´とする。)。しかしながら、本件においては、反復的に給付が行われる点で、①´が成り立ちうる土壌があったわけであるが、障害年金において同様のことが妥当するとする余地は見出し難いようにも思われる(この点を含めた問題点についてはⅤで再度言及する)。

(2)  身体障害者介護者の運賃割引制度に係る情報提供義務違反を認めた2009年9月30日東京高裁判決(判例時報205968頁)

 身体障害者手帳の交付を受けた者とその介護者について、鉄道運賃の割引を受けられるところ、X1の長女X2は手帳の交付を受けたが、その際、自身の割引については説明を受けたものの、介護者については特段説明を受けなかった。そのため、これが職員の説明義務(情報提供義務)違反にあたるとして、国家賠償法1条1項に基づき、支払った運賃と割引相当額との差額の損害賠償等を求めた。

 第1審(2007年9月28日さいたま簡裁判決(賃金と社会保障1513号23頁))は請求を認容したものの、控訴審(2008年6月27日さいたま地裁判決(賃金と社会保障1513号28頁))は、身体障碍者福祉法が市町村に対し「身体障害者の福祉に関し、必要な情報の提供を行うこと」を義務付けているものの、それは援護に関するものに限定され、民間企業の割引制度には及ばない等により請求を退けていた。

 東京高等裁判所は、憲法13条の趣旨から身体障がい者にも移動の自由が保障されるべきであるところ、割引制度はその経済的負担を軽減することで当該自由を確保する実質的な意義があること、鉄道運賃の減額については身体障害者福祉法施行規則に定めにより障害者手帳にその旨を明記すべきものとされており、移動の自由を確保するには、介護者による介護が不可欠であること、そして障害者自立支援法により市町村は障がい者の福祉に関し、必要な情報の提供を行う責務を負っているところ、障害福祉サービスのうち行動援護については、常時介護を要する障がい者についての外出時における移動中の介護等の便宜供与が福祉に関する必要な情報と定められていること等から、割引制度が身体障害者福祉法にいう「身体障害者の福祉に関し、必要な情報」に該当するとする。そして、本件においては、明示的に介護者の割引制度については説明をしておらず、また、てびきの記載も不明確であったことから、必要な情報提供がなされていなかったとして控訴審判決を破棄し、損害額の算定のため事件を第1審に差し戻した。なお、差戻後、地裁は義務違反を認定し、損害賠償を認めている。

 本件では、提供の可否が問われた情報が、国または地方公共団体における公的な制度のそれではなく、民間企業の制度である点に特色がある。情報提供義務に関し、法の趣旨・目的から導出している。他方で、国家からの自由である移動の自由を、給付に関する事項の根拠として持ち出す点には違和感を覚える[12])[13]

 本件は、運賃割引制度について、介護者に関する情報提供をしなかった点の違法が認定されたものであり、本稿の分類に正確に当てはまるものはないかもしれない(あえて言えば③)。さらに言えば、本件では説明が不十分であったことから、一般論として誤った情報提供という形での処理もあり得たが、実定法に結び付けた解釈論を採用している。社会保障の領域における固有の情報提供義務を導出する事例として位置付けることができよう。

 

3.     広報周知義務に関する裁判例‐障害年金の事例

(1)  2005年11月29日東京地裁判決(WestLaw 2005WLJPCA11298001

 Xは、昭和61年8月、通勤途上の交通事故により負傷し、同年9月に左大腿切断の治療を受けて、症状固定となった。その後、平成13年6月に障害基礎年金の裁定を求める請求を行い、障害認定日を症状固定日と認定したが、国民年金法の定めにより年金給付を受ける権利は5年の消滅時効にかかることから、平成8年4月から障害等級2級として障害基礎年金を支給する決定を行った。Xはこれを不服として、当該裁定の取消しと年金給付の支払いを求めて出訴した。

 支給要件としての、いわゆる「3分の2要件」の充足性に関し、入院中及び退院後に、年金係や社会保険事務所を訪ねたが、事故時から遡った直近の期間に国民年金の未納があったことから、当該要件を満たさない旨の回答を受けていたが、裁判所は、複数回の転職の履歴から3分の2要件を充足していることを認定する。

 そして、3分の2要件の充足性に関しては、算定に困難を伴う場合もあり、「国民一般の立場からみれば、自身がその要件を満たしているか否かを確認するのに困難が伴う場合も少なくない」。そこで、「障害基礎年金を含めた…各種給付は、受給権者が請求を行い…行政庁が裁定を行って初めて権利が発生するものである一方、受給権者は…5年を経過したときは、時効によってその権利が消滅するという重大な不利益を被りかねないことにかんがみると、…その職務に当たる職員としては、受給権者から受給資格の有無、裁定請求の可否等について具体的な問い合わせや相談を受けた場合には、その権利を行使する機会を失わせることがないよう必要な教示を行う義務を負っているものと解するのが相当である」とする。

本件に関しては、「関係諸法令に通じ、専門知識を有する社会保険事務所の職員としては、わずかな注意を払えば疑問を抱いてしかるべき事柄であり、原告に対してこの点を確認した上、『年金加入期間確認通知書』の提出を求めるなどの行為に及ぶべきであったというべきである。…原告が…社会保険事務所を再々訪れ障害基礎年金の受給資格の確認のために労をいとわなかった経過からすれば、…原告が『3分の2要件』を具備することが容易に明らかになり、消滅時効期間の経過を待たずに裁定請求に至っていたものと推認することができる。…そうすると、…職員は必要な教示を怠ったものであり、そのことに起因して、原告が裁定請求する機会を逸したものと認められる本件においては、…給付を受ける権利の時効消滅を主張することは、信義則に反して許されないものと解するのが相当である」として請求を認容した。

本件(そして以降の障害給付に関する事例)は、③の段階での問題となる。判決は制度の趣旨・目的から情報提供の重要性を説き、それを、専門的知識を有する窓口職員の職務上の義務と接合させている。以降の諸事例もこうした類型に属するものである。

(2)  2010年2月18日東京高裁判決(判例時報2111号12頁)

 Xは先天性の障がいがあり、ストーマ造設を受けていた。昭和62年頃、障害基礎年金の申請のため、Y市の窓口を訪れたが、担当職員は「国民年金を納める前の発病で年金を納めていないから無理ですね。等級も3級だから無理です。」等の対応をしたことから、申請を諦めた。その後、平成18年に国民年金障害基礎年金の裁定請求をしたところ、Xは20歳に達した昭和55年ごろには受給権を取得しており、平成13年以前の分までは時効消滅したとされた上で、それ以降について交付を受けたが、適切な対応がなされなかったために給付を受けられなかったとして、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めて出訴した。

「身体障害者福祉の理念は、障害者が社会生活及び地域社会の発展に参加し、社会経済の発展の結果である生活向上の平等の配分を受け、他の市民とともに同等の生活を享受する権利の実現を促進すべきことにあるというべきであるから、この点も踏まえて…検討をすべきである。」

裁判所は窓口職員の対応の違法性を認定して損害賠償を命じている。

障害年金の受給は裁定主義を採用していることから、適切な対応が求められる。「そして、身体障害者福祉の理念からして障害基礎年金の受給権が極めて重要な権利であると認められること、障害基礎年金の受給要件に関する法令の規定が複雑かつ難解であること、受給権者の請求に基づく裁定主義を採用していることから受給権者による裁定請求がなければ当該受給権者に対する給付が行われることはなく、当該受給権者に対する関係において上記の目的を達成することはできないこと及び本件職員が国民年金に関する事務の窓口担当者として、控訴人とは比較にならないほどの豊富な障害基礎年金の支給要件等に関する情報を保有していることを併せて考慮すると、裁定請求書等の受付事務を上記内容で遂行することを本来の職務とする本件職員としては、…その窓口を閉ざすに等しい対応をしてはならないというべきであって、仮にも、控訴人に対し、自らの判断により、裁定請求をしても裁定を得られる可能性はないとか、裁定されることは困難であろうとか、あるいは、請求が却下されるであろうとか意見を述べ、教示するなどして、裁定請求の意思に影響を与えて請求意思を翻させたり、請求を断念させたりする結果を招いたり、そのように仕向ける窓口指導等をしてはならず、法令の定める手続に従って裁定の審査を受ける機会を失わせてはならない職務上の注意義務を負うものというべきである。そして、この義務は、日本国憲法二五条二項に規定する理念と障害者が社会生活及び地域社会の発展に参加し、社会経済の発展の結果である生活向上の平等の配分を受け、他の市民とともに同等の生活を享受する権利の実現を促進するという身体障害者福祉の理念とに基づき、障害によって国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によって防止し、もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とする国民年金制度の下における障害基礎年金裁定請求手続において、住民の福祉の増進を図ることを基本として地域における行政を実施する…市が担う事務を担当する本件職員が、障害基礎年金の裁定請求をしたい旨の申出をした控訴人に対して職務上負う法的義務であるということができる…」。

国家賠償法1条1項にいう違法とは、職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく、漫然と当該行為をしたと認め得るような事情があることが必要とされる(1999年1月21日最高裁第一小法廷判決(民集191号127頁)等)。法律の解釈により情報提供義務が導出される場合、この国賠上の違法の定式に当てはめることは比較的容易となる。その意味でも、以降の事例で見るように、特に国家賠償請求を提起する場合には、(条理上の要請や法の一般原則とではなく)法律の仕組みから情報提供義務を読み込むことは非常に重要となる。

(3)  2012年9月27日東京地裁判決(LX/DB 25496527

 Xは障害年金の受給について社会保険事務所の窓口に相談に行った。当該職員は、最初に2事業所分の被保険者期間を印字したものを提示したが、Xの指摘により、さらに1事業所分のものを持ち出し、それぞれの被保険者期間を指摘しながら、受給資格期間が不足しているとの説明をした。2年後に再度相談に行ったところ、同様に、2事業所分の被保険者期間を印字したものを提示して受給資格期間が不足している旨の説明をした。この際に、1事業所分不足している旨を指摘したが、回答としては同様のものであった。しかし、実際には3事業所分の被保険者期間をもって受給資格期間をみたしていた。そこで、Xは誤った説明により障害年金を受給することができなかったとして、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めて出訴した。

 「誤った事実認識の下、原告に対し、障害年金の受給資格がない旨説明したことが認められ、原告自身が誤った情報を伝えて相談したとか、被保険者期間に関する既存情報が誤っていたとかいった事情もうかがわれない以上、…窓口担当の職員である公務員としての職務上の注意義務に違反した違法なものであると認められる。そして、…既存情報を確認して…受給資格があると判断することができたことからすると、…過失があったことも肯定し得る」が、その後、受給資格があることを知り、裁定請求を行っているが、そこから3年以上が経過していることから、請求権については時効消滅したと判示している。

(4)  2017年11月30日前橋地裁高崎支部判決(LX/DB 25549185

 Xは外傷性てんかんにより、労災の傷病年金を受給できるようになったが、あわせて障害年金の受給が可能かどうかを相談するため、社会保険事務所に行ったが、適切に対応してくれず、障害年金の受給や手続についての説明はされなかった。その後、受給資格があることを知り、障害年金を受給することになったため、適切な教示がなされなかったとして国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求めて出訴した。

 裁判所は以下のように判示して窓口職員の行為の違法性を認定して請求を認容した。「障害年金の受給要件等に関する法令等の定めは複雑であるため…、自己が障害年金の受給権を有するか否かを被保険者が判断することは通常困難であると考えられること、…社会保険事務所が年金相談窓口を設置し、保険給付に関する相談に応じるものとされていること、…実施要領等においても、懇切丁寧に相談に応ずることを相談業務遂行上の基本姿勢とし、年金相談担当職員が相談に来た被保険者の相談内容を具体的に聴取し、相談内容に応じた適切な説明を行うこととされていること、…年金相談担当職員と窓口相談に来る被保険者との間には、本件障害年金についての知識の差があり、一般の被保険者は、社会保険事務所の年金相談担当職員の発言を信用するほかないことが通常であると考えられること…の事情からすれば、社会保険事務所の年金相談担当職員としては、年金相談業務を遂行するに当たり、被保険者からの相談内容に応じて適切に説明を行うべきであって、少なくとも、被保険者から障害年金の受給のための手続を質問された場合には、その相談内容や質問が明らかに不適切なものでない限り、一般的な相談者をして障害年金の受給が困難であると信じさせ、裁定請求を断念させるような応答等をしてはならないという職務上の注意義務を負うものというべきである」。

(5)  2020年11月13日金沢地裁判決(判例集未搭載)

2021年9月15日名古屋高裁金沢支部判決(判例集未搭載)

 Xは、昭和18年生まれで、生後間もない時期に火傷により右手5指を失っていた。昭和29年に3級の、平成6年に2級の身体障害者手帳の交付を受けていた。その後、平成28年に昭和18年を初診日とする裁定請求をおこなったが、厚生労働大臣は、昭和61年4月を受給権取得日として障害基礎年金を支給する旨の裁定を行うとともに、平成23年3月以前の受給権は時効消滅したとする旨の処分を行った。この間、社会保険事務所を度々訪問し、障害基礎年金の受給について相談していたが、初診日が分かる書類が必要である旨を述べるのみで具体的な教示がなされなかったことにより、裁定請求が妨げられたとして、受給できなかった給付額に相当する額の損害賠償等を求める訴訟を提起した。

 第1審は、初診日の証明がとれない場合でも代替的な資料をもってこれにあてる旨の通知(平成23年通知)がなされて以降は、より丁寧な聴き取りや教示等を行うよう努めるもとが求められていたとしつつも、教示義務を明示した法令等がないことから、「初診日を明らかにする証明方法を教示等すべき職務上の注意義務を負っていたとまで解するのは困難」として請求を退けた。

 他方で、控訴審は、身体障害者手帳の記載内容等から、障害基礎年金の受給資格があることは明らかであって、初診日を明らかにすることができる書類に該当するものであると認定する。しかるに、窓口担当者は「身体障害者手帳は関係ありません」などと述べて裁定請求書用紙を交付しようとしなかったために、Xは裁定請求を断念せざるをえなかったことから、「誤った法令の解釈に基づいて…裁定請求権の行使を妨げたものとして、国家賠償法上違法であり、かつ、そのことにつき過失もあるとの評価を免れない」と判示して、受給権取得日から平成23年3月までの間に受給できた給付額に相当する額を損害としてその賠償を命じた。

 

4.     広報周知義務に関する裁決例‐障害年金の事例

(1)  2006年531日裁決

 Xは糖尿病により平成9年3月から人工透析療法を受療しており、翌月に社会保険事務所を訪れ、障害厚生年金の受給手続について教示を受けようとしたが、3か月後に再び来るように指示された。その後、再訪した際に、「手数料が高額になる」、「どの障害等級に該当するかは認定医に聞くまでは分からない」等を伝えられた。その後、平成10年8月には診断書等の必要書類を集めたものの、実際に当該傷病に係る請求をしたのは平成16年11月であった。しかしながら、担当職員の不適切な窓口対応によって違法に請求を妨げられたとして、遡及支給を求めて審査請求を行った。

 審査庁は、当時の認定基準に照らせば、人工透析療法施行中の者は、少なくとも3級に該当することが明示されており、「障害給付の認定基準についてそれ相応の知識と経験を有することが期待され、また、年金給付の受給権者がそれを行使する機会を逸することがないよう適切な説明をすることが求められている社会保険事務所の担当職員として、認定基準上障害等級3級以上と認定されていることが明らかな者に対してまで、漫然と、上記説明をすることは、その注意義務に反する行為であると言わざるを得ない。障害給付の裁定請求を積極的に妨げるような行為をしない限り問題がない、というわけではない。…認定基準上は少なくとも障害等級3級と認められる状態である旨説明する必要があった」として、原処分を取り消し、平成10年9月以降の分も支給すべき旨の裁決を行った。

(2)  2007年2月28日裁決(平成18年(厚)第234号)

 Xはストーマ造設術を受けたことから、その後、障害厚生年金の受給について教示を受けるべく社会保険事務所を訪れたところ、身体障害者手帳3級以上でないと受給できない旨を告げられ裁定請求手続をしてもらえなかったが、後日、3級の障害厚生年金を裁定されたことから、不適切な窓口対応により受給が遅れたことを不服として、遡及支給を求めて審査請求を行った。

 審査庁は、窓口でのやりとりが口頭でなされ、記録も特に作成されていないため、請求人の主張を裏付ける資料がないとするも、Xの言動に矛盾がなく、合理性が認められるとしてこれを推認し、請求を認容して遡及して支給を認める裁決を行った。

(3)  2007年1031日裁決(平成19年(厚)第138号)

 Xは事故により視覚に障がいを負い、手術によっても回復しなかった。そして、社会保険事務所を訪れ障害給付の受給について尋ねたものの、担当職員は断定的に受給権を否定したため、いったん受給を諦めた。その後、障害厚生年金の裁定請求が認められたものの、症状が固定した日から5年以上経過していたことから、障害手当金については時効消滅により支給しない旨の処分を受けた。Xは、時効により消滅したのは、窓口での不適切な対応によるものであるとして審査請求を行った。

 審査庁は「担当者は、請求人の障害の状態について注意をすれば、…回復がほとんど期待できない状態であって、少なくとも障害手当金が支給される可能性があると知り得たものというべく、これを検討することなく漫然と受給権を否定したことは、担当者としての注意義務に反する行為であった」として、時効が中断したものと認め、原処分を取り消した。

(4)  2013年628日裁決(平成24年(厚)1241号)

 Xは慢性疲労症候群により、2級の障害等級と裁定されたが、一部については時効消滅により支給しない旨の処分を受けた。これに対し、時効消滅については、社会保険事務所の年金相談センターを訪れ障害給付の請求について相談したところ、窓口の担当職員より「過去にこのような病名で障害年金を受給した人は知らない」、「疲労をどこまで立証できるかはかなり難しい」等の説明を受け、障害認定の基準に関する資料を示しつつ、当該傷病がその他疾患による障害に含まれていないことから「請求をしても無理」等の発言をした。Xは診断書の用紙だけでも欲しい旨を伝えたものの、断られ、裁定請求自体をすることができなかった。こうした不適切な対応のために請求ができなかったとして、審査請求を行った。

 審査庁は上記事実を認定し、担当職員が「傷病名から、請求人の障害の程度を適切に評価できなかった可能性が強く推認される」とし、「保険者側の重大な注意義務違反によって、本件裁定請求が妨げられたとみられる」として原処分を取り消した。

5.     小括

以上、広報周知・情報提供に関連する裁判例・裁決例を概観してきた。そこでは、永井訴訟控訴審のような、情報提供等に関する法律上の根拠がないとの立場をとるものもあったが、特に障害給付の事例においては、具体の法律の仕組みから情報提供の重要性を導きつつ、それが担当職員の職務上の義務に結び付けていた。これは、永井訴訟控訴審判決からの訣別を示しつつ、この領域固有の法理を探究する姿勢が見て取れる。全体的な方向性としては望ましいものと言えよう。

 他方で、本稿において紹介した事例における担当職員の対応は、故意または重過失といって差し支えない程に悪質なものが多く、根拠法の解釈から導くまでもなく、一般的に公務員に対して求められる行為規範に反するものとして処理できるものとも解することができる。厳に戒めるべき事例であって、この分野における職員対応の水準の向上が求められる。

 なお、審査請求に関しては、事実認定について、裁判手続と比較して相対的に緩やかな対応がとられているように思われる。この点は、審査庁がいわゆる現場感を有していること、そして、行政上の不服申立においては適法違法のみならず、当不当についても判断し得ることが影響しているものと思われる。ただし、行政訴訟と同様に、審査請求においても認容事例は極少であることに留意する必要がある。

 

V.   おわりに

 本稿は、障害年金法における情報提供義務について概観してきた。一口に情報提供といっても、それは①不特定多数の者に対する広報周知、②困難を抱える者に対する制度の紹介、及び③申請者に対する支援に分類することが可能である。

 この点、②及び③については、特に障害給付における特殊性を踏まえ、情報提供の重要性から一定の職務上の義務を導出することは可能であり、そうした積極的に情報を提供すべき義務を果たさないときは、違法とする途が十分に確保されているといいうる。

 他方、①に関しては、永井訴訟の当時と比較して、情報通信技術は飛躍的に高まっていることを念頭に置く必要があろう。そのため、一般的な広報周知自体は非常に充実している。しかし、ホームページ等での紹介等がなされているとしても、制度へのアクセスを確保したことにはならないことにも注意すべきである。要支援者に対して、情報提供を適時に、かつ積極的に行うことが必要であり、そうした仕組みが構築できなかったときは、その責任を追及する途を確保すべきである。

 また、本稿で示した①´の類型は、行政が積極的に要支援者を検索し、適切な対応をすべき可能性を示唆するが、障害給付の領域においてそれは容易ではない。そうすると、①と②の間には相当な断裂があり、こうした制度的な陥穽を埋める工夫が求められるように思われる。

 この点、法解釈に留めずに、広く制度の在り方に思いを致すならば、ここで必要とされるのは「当事者性」である。窓口の担当職員は言うに及ばず、年金委員もまた、要支援者の代弁者足りえない。制度に知悉する者が要支援者に必要とされる助言をし、かつ、代理人として活動し、そして、こうした活動に対して公的な助成を行う、そのような制度作りが必要ではなかろうか。この点は、本稿の使命を超えるものであるため指摘に留めたい。

 

 

 



[1]) 「生存権は憲法上の権利であるから、健康で文化的な最低限度の生活水準未満の者がいれば、直ちにこれを救済する法制度を置くべきである。」阿部泰隆『行政法解釈学Ⅰ』(有斐閣 2008年)187頁。

[2]) 小久保哲郎「社会保障行政の情報提供義務に関する判例の到達点と活用法」賃金と社会保障1723号(2019年)10頁。また、木下英雄「社会保障法における行政の助言・教示義務」賃金と社会保障14571458合併号(2008年)3031頁、長尾英彦「行政による情報提供-社会保障行政分野を中心に」中京法学46巻3・4号(2012年)86頁参照。

[3]) 塩野宏『行政法Ⅰ』(有斐閣 2015年)348頁。

[4]) 大原利夫『社会保障の権利擁護 アメリカの法理と制度』(法律文化社 2014年)916-18頁。

[5]) 大原・前掲註()83-84頁。

[6]) 西村健一郎『社会保障法』(有斐閣 2003年)109頁。

[7]) 以上につき、木下秀雄「社会保障における情報と権利」前田達男=萬井隆令=西谷敏編『労働法学の理論と課題』(有斐閣 1988年)777-787頁。

[8]) 江口隆裕「フランスの年金改革:年金改革に関する2003821日の法律」一橋大学経済研究所世代間利害調整プロジェクトディスカッションペーパーNo.216(2004)15頁。

 さらに、本文で紹介した条文には続けて「法的に義務付けられている年金制度と年金の支給を担当する国の部局は、情報として、それらの制度で獲得したすべての権利に関する被保険者の個人的状況に関する記録を定期的に送付しなければならない。 本項の適用条件は、政令によって定められる。」と規定されており、ウェブ上で個人の年金の加入状況が確認できるようになっている。

[9]) 西埜章『国家賠償法コンメンタール 第3版』(勁草書房 2020年)323頁。他方で、行政指導の不作為が問題とされるのは、規制権限の一環としての行政指導の不作為が問題とされる場合(例えば、公害・薬害訴訟において被害者が国等の対応の不備を理由として国家賠償請求訴訟を提起する場合)のように、三面関係における規制的行政指導の不作為のケースが多い。

[10]) 大森正明「判批」賃金と社会保障1077号26頁。

[11]) 神橋一彦「判批」『社会保障判例百選第4版』(2009年)215頁。

[12]) 太田匡彦「判批」季刊・社会保障研究46巻3号(2010年)313頁