巻頭言   障害年金の手続過程におけるもう1つの論点―当事者参画

                          河野正輝

 

 障害年金法ジャーナル第2号の特集は、障害年金制度における手続的権利の現状と問題点を解明する。小川政亮先生の先行研究にさかのぼって、社会保障の権利を大きく①実体的権利、②手続き的権利、③自己貫徹的権利に分けるとすれば、本号の特集は、そのうちの②手続的権利 に主として焦点を当てるものである。障害年金に絞ってこの問題を深堀する特集は、法律専門の雑誌を含めて、最初の試みかもしれない。

 なぜ、いま障害年金の手続的権利を取り上げるかと言えば、障害年金を請求する実体的権利とそのための手続的権利が不可分の関係にあるからというだけでなく、障害年金の実態を見ると、障害年金を受ける手続前および請求手続の段階で本来の手続が蔑ろにされており、そのため受けることができたはずの障害年金(実体的権利)を失ってしまうという事例が後を絶たないからである。

 例えばその事例は、

   障害者に障害年金についての正確な情報が伝えられないこと、すなわち、手続前の段階における周知と当事者への説明の欠落のために、年金の受給資格があることを知らない障害者が手続きをしないでいるうちに時効で年金権を失ってしまうケース、

   障害年金の相談窓口が近くにない、あるいは相談窓口があっても障害年金に詳しい専門職員による適切な情報と助言が得られないことから、裁定請求の手続きをあきらめてしまうケース、

   とくに要検討と思われるのは、相談窓口での専門職員の説明が、障害年金の初診日要件や被保険者資格要件など年金保険制度上の技術的説明に多くの紙数と時間を当てて、当事者の障害状態・程度が障害年金の対象となるのかどうかという当事者にとって最も切実な関心事に適切に応答するものとなっていないことから、つまり相談窓口の段階における適切な対応の欠落のために、無年金となるケースである。

これらの事例から、不適切な窓口対応(手続)が、障害者を年金受給権(実体的権利)から遠ざける結果となっていることが分かるであろう。しかし、これらの事例は手続過程の問題のほんの一端に過ぎないのである。藤原精吾、嘉藤亮、安部敬太の各氏の論文はその事実を明らかにしており、一読して問題の根深さを思い知らされる思いがする。

 

 障害年金の手続過程がこのような実態に陥っている要因はいろいろあるであろうが、一つの要因は、障害年金の手続過程がブラックボックスに置かれているからではないか。すなわち障害年金の受給要件を満たしているかどうか、とりわけ障害認定基準に該当しているかどうかの解釈運用が、裁定請求後のブラックボックスの中で行われ、しかも必ずしも専門性が十分とは言えない認定医・行政職の手で判断される場合もあるとされるうえに、障害者本人には、結論のみで、結論に至った理由・根拠等の情報がしばしば与えられないからである。

また一つには、安部論文がつぶさに明らかにしているとおり、障害年金請求権の実体的要件そのものが曖昧なままに放置されていることも関連していると考えられる。つまり、実体的要件(障害認定基準)そのものが曖昧で、一貫しておらず、そのため相談窓口も明確な説明ができず曖昧模糊とした対応に終わらざるを得ないという実態があるからである。

実は、同じような問題状況は所得保障としての障害年金法制だけではなく、地域生活支援としての障害者総合支援法制を含め、むしろ障害法の全分野においてみられるから、問題の根は深いと言わなければならない。

しかし、さしあたり障害年金の問題状況を改善するために考えられることは、まず、手続き前の情報を求める権利とこれに対応する周知義務の確立、つぎに、相談助言を求める権利とこれに対応する相談助言義務の確立ならびに専門相談助言体制(障害年金に関する専門職の配置を含む)の確立であろう。加えて、障害年金の手続過程に、当該障害者とその代表による参画・協議の権利を確立することがクリティカル・イッシューとなるのではなかろうか。

この小文では、すべての手続過程において、当事者の参画を確保・推進することによって、はじめて手続的権利が実質的に確立することになり、ひいては実体的権利も確保されることになるのではないかという観点から、手続過程について考えてみたい。障害者とその代表組織による参画・協議の権利の確立ということが、以下に述べるとおり、障害者権利条約において強調されていることの1つであるからである。

 

 そこで、まず障害者権利条約における平等概念に注目したい。障害者権利委員会によって発出された「平等と差別禁止に関する一般意見第6号(2018年)」によれば、権利条約における平等概念は、これまでの「実質的平等」という考え方を引き継ぐとともに、新しい平等概念(インクルーシヴ平等)を権利条約全体に展開するものであって、次の4つの面で実質的平等の内実をさらに拡充するものだという。すなわち、

1に、社会経済的な不利益を解決するための「公正な再分配の面」での実質的平等のさらなる拡充、

2に、スティグマ、固定観念、偏見および暴力などの障害者に対する社会的障壁と戦い、かつ人間の尊厳と交差性(intersectionality)を「承認するという認識の面」での実質的平等の拡充、

3に、人々は社会的集団の一員として社会的性質を有することを再確認し、社会への包摂(inclusion)によって、完全なる人間性の承認のための「参画を図るという面」での実質的平等の拡充、および

4に、人間の尊厳の問題として「差異を受け容れる配慮の面」での実質的平等の拡充。

 この新しいインクルーシヴ平等概念のもとでは、4面のうちの第3面において、社会への包摂によって完全なる人間性を承認するための側面として、「参画」による実質的平等の拡充が特筆されていることに注目したい。障害年金の手続過程における障害者の参画もこの実質的平等の拡充に関わる。

 

 さらに確認したいことは、障害者権利条約が、権利の決定過程において障害者とその代表による参画・協議のプロセスを彼らの権利(権能としての権利)として認めることを重要なポイントとして定めていることである。その具体的な内容を障害者権利条約の条文を引用して確認しておこう。

まず、権利条約4条(一般的義務)第3項において「締約国は、この条約を実施するための法令および政策の作成及び実施に当たり、並びにその他の障害者に関する問題についての意思決定過程において、障害者(障害のある児童を含む。)を代表する団体を通じ、障害者と緊密に協議し、及び障害者を積極的に関与させる。」と定める。

つぎに、権利条約19条(自立した生活及び地域社会への包容)においては、「この条約の締約国は、全ての障害者が他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を有することを認めるものとし、障害者が、この権利を完全に享受し、並びに地域社会に完全に包容され、及び参加することを容易にするための効果的かつ適当な措置をとる。この措置には、次のことを確保することによるものを含む。…(b)地域社会における生活及び地域社会への包容を支援し、並びに地域社会からの孤立及び隔離を防止するために必要な在宅サービス、居住サービスその他の地域社会支援サービス(個別の支援を含む。)を障害者が利用する機会を有すること。…」(下線、筆者)と定めている。そこで締約国がとるべき措置として明記されている「個別の支援(personal assistance)」とは、地域生活支援におけるニーズの判定過程、サービスプランの策定過程、およびサービスの利用過程が、まさに当事者の主体的な参画によって、本人中心に進められるという支援のあり方(いわゆる自己管理型の支援self-directed support)を指すものなのである。

また権利条約33条(国内における実施及び監視)第3項では、障害者および障害者を代表する団体が国のモニタリングのプロセスに十分に参画することを要求している。

 さらに、障害者とその代表組織による参画と協議の重視は、障害者権利条約における以下の文脈にも表されている。すなわち、

   障害者権利条約は、周知のとおり、アクセシビリティ(施設およびサービス等の利用の容易さ)を提供する義務(9条)と、合理的配慮を提供する義務(2条、53項等)をそれぞれ分けて定めている。注目すべきことは、両者のうち合理的配慮が個人に向けられた義務であるのに対して、アクセシビリティは障害者の集団に向けられた義務として位置付けされていることである。

   このことから、条約に正式に定められた非差別と平等の概念は、純粋に個人的なものとしての非差別の観念を拡張する集団的な要素を持ったものとなっている。そして、この集団的要素の非差別・平等が実現されるために、締約国と障害者の代表組織との協議・協働は必要不可欠であるとされるのである。

   かくして、障害者と彼らの代表組織は、人権を行使する主体(エージェント)として、参画・協議の権限・権能を有することを、障害者権利条約においては他の人権条約以上に多くの機会において与えられることとなった(権利条約43項、333項等)[1]

以上において概観した参画・協議の考え方は、もとより障害者権利条約における理念にとどまっているものではない。すでにわが国でも、障害者とその代表組織による参画・協議を積極的に進めて24時間介護保障を実現した「介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット」の取組み[2]にその実践例を見出すことができる。

Ⅴ 障害年金の裁定請求は、障害者本人の意思に基づく行為であるから、その手続は本来、当事者の参画なしには成り立たない。しかし真に主体的な参画と言えるためには、冒頭に述べたように、少なくとも障害者本人が納得できる情報提供(説明)を求める権利と助言(意思決定の支援)を求める権利が必要であり、それに基づいて本人が選択・決定する機会が保障されていなければならない。そうすると、そうした参画の要素は、障害年金の手続においてはどの程度、どの範囲まで確保されるべきものなのであろうか。たとえば、障害認定基準に照らした障害程度の判定過程や不服審査請求の過程においても、一定の参画・協議が保障されなければならないものであろうか、ということが課題となるであろう。

本号の特集では、手続的権利の現状と問題点の解明にさいして、そうした参画・協議の側面まで焦点を当てることは予定されていない。参画・協議の法理の解明は、むしろ本号特集の延長線上にある課題となるものであろう。しかしながら、本号特集の各論文は、その論旨の及ぶ範囲ですでに参画・協議の側面にまで踏み込んだ示唆に富む内容となっている。さらなる議論の深化がここから期待される所以である。

 



[1] なお、本来、権利は複合的な要素(請求、自由、権能、免除の各要素)をもった複合的構造を成すものである。障害年金請求権という「請求」としての権利要素を中核とする権利も、その中核的要素(請求権)の周辺に「権能」権という要素(たとえば手続過程への参画の権能)、「自由」権という要素(たとえば受給年金を使用消費する自由)、および「免除」権という要素(たとえば年金額に対する公租公課の一定の免除)を伴っているものであり、このような複合的構造によってはじめて権利として確立すると考えられる。人権において自由権と社会権は不可分であって、相互依存性と相互関連性を有するとする人権理解が国際人権条約上に確認されてきたことも、障害年金、障害者総合支援等の実体的権利や手続的権利を考察する際に想起されるべきことである。河野正輝『障害法の基礎理論―新たな法理念への転換と構想』(法律文化社、2020年)第7章「障害者権利条約における平等概念の発展―インクルーシヴ平等と日本法の課題―」137頁以下参照。

[2] 藤岡毅・長岡健太郎『障害者の介護保障訴訟とは何か!―支援を得て当たり前に生きるために』(現代書館、2013年)参照。