Ⅳ章—2

1型糖尿病障害年金不支給決定取消請求事件

東京地裁令和4年7月26日判決[1]について

  

                   1型糖尿病障害年金訴訟東京弁護団

                          弁護士 徳田 暁

目次

1型糖尿病障害年金不支給決定取消請求事件

1 事案の概要

2 1型糖尿病について

3 関係法令、障害認定基準における定め

4 訴訟における主な争点

5 判決の内容について

6 判決の評価について

7 今後の認定基準のあり方について

なし

 

1 事案の概要

  本件は、1型糖尿病患者である原告が、自身の障害の状態は、国民年金法施行令別表に定める障害等級2級に該当するとして、障害基礎年金の支給を求めたものの、障害等級2級該当性を否定され、障害基礎年金を支給しないとの処分を受けたため、同処分の取消し、及び、障害等級2級の障害基礎年金の支給を内容とする裁定の義務付けを求めた事案である。

この点、糖尿病に関する障害年金の認定基準においては、糖尿病に関する障害等級2級該当性を判定するための具体的な基準が示されておらず、後記する3つの指標のいずれかに該当し、かつ、一般状態区分表のイ又はウに該当することをもって3級に該当するとした上で、個別の合併症が生じた場合、ないし、症状、検査成績及び具体的な日常生活状況等によってはさらに上位等級に認定するとだけ記載されている。

本判決は、このような不明確な認定基準について、上位等級該当性に関する基準を全く欠いているとか、上位等級を想定していないということもできないことを理由に、合理性に欠く点は無いとしたが、原告の障害の状態は3級が想定するものよりも大きいものと評価すべきであり、原告の障害が2級に該当しないとして、障害基礎年金を支給しないとした処分を取消し、障害等級2級の障害基礎年金の支給を内容とする裁定の義務付けを認めた。

 

2 1型糖尿病について

  1型糖尿病とは、人間の体内でインスリンを分泌する唯一の細胞である膵β細胞の破壊的病変によりインスリン欠乏が生じて起こる糖尿病であり、不足するインスリンを、注射器や体内に常時設置されたインスリンポンプから1日数回補充する治療が必須であるが、多くの場合インスリンの欠乏が著明であるため、インスリンによる血糖のコントロールは極めて困難である。

そのため、インスリンの量が多すぎたり、食事量が少なかったり、運動量が多い場合には低血糖が生じ、異常な空腹感やだるさ、冷や汗などの自立神経症状、眠気や脱力、めまい、物が見えにくくなるなどの中枢神経症状、けいれんや意識消失、昏睡などの大脳機能低下の症状が引き起こされる。

また、インスリンの作用不足によって、高血糖が生じ、糖尿病ケトアシドーシスや高血糖高浸透圧(脳の酸素欠乏による意識障害などを生起する。)の急性合併症、糖尿病性網膜症や糖尿病性腎症などの慢性合併症が引き起こされることもある。

このような1型糖尿病は、ほとんどが、自己免疫が原因で、若年期に生ずることが多く、原告も同様であった。すなわち、生活習慣病と言われることもある2型糖尿病とは、発症の機序が全く異なっているのである。

 

3 関係法令、障害認定基準における定め

 (1) 本件に関連する法令としては、国民年金法(以下「国年法」という。)、国民年金法施行令(以下「国年法施行令」という)、並びに、厚生年金保険法(以下「厚年法」という。)、厚生年金法施行令(以下「厚年法施行令」という。)があり、具体的な認定基準としては、国民年金・厚生年金保険障害認定基準(以下「本件認定基準」という。)がある。

(2) 国年法30条2項は、障害等級について、障害の程度に応じて重度のものから1級及び2級とし、各級の障害の状態は政令で定める旨を規定している。そして、これを受けて、国年法施行令4条の6は、障害等級1級及び2級について別表に定めるとおりとしている。また、厚年法47条2項は、厚生年金の支給対象となる障害等級を1級から3級として、これを受けた厚年法施行令3条の8は、1級及び2級は、国年法施行令別表に定める1級及び2級の障害の状態と同じである旨を規定し、3級については、同施行令別表第1に定めるとおりであるとしているところ、糖尿病に関する国年法施行令別表に定める1級及び2級の障害の状態、及び、厚年法施行令別表第1に定める3級の障害の状態は、以下のとおりである。

  ア 1級の障害の状態(国年法施行令4条の6、同別表1級9号)

「前各号に掲げるもののほか、身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のもの」

  イ 2級の障害の状態(国年法施行令4条の6、同別表2級15号)

   「前各号に掲げるもののほか、身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」

  ウ 3級の障害の状態(厚年法施行令3条の8、同別表第1、14号)

   「傷病が治らないで、身体の機能又は精神若しくは神経系統に、労働が制限を受けるか、又は労働に制限を加えることを必要とする程度の障害を有するものであって、厚生労働大臣が定めるもの」

 (3) また、厚生労働省は、具体的な認定基準として、本件認定基準を定めているが、同基準においては、国年法施行令別表及び厚年法施行令別表第1に基づく1級から3級について、次のとおり記載されている。

ア 1級

「身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のものとする。この日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度とは、他人の介助を受けなければほとんど自分の用を弁ずることができない程度のものである。

 例えば、身のまわりのことはかろうじてできるが、それ以上の活動はできないもの又は行ってはいけないもの、すなわち、病院内の生活でいえば、活動の範囲がおおむねベッド周辺に限られるものであり、家庭内の生活でいえば、活動の範囲がおおむね就床室内に限られるものである。」

  イ 2級

   「身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が、日常生活が著しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のものとする。この日常生活が著しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度とは、必ずしも他人の助けを借りる必要はないが、日常生活は極めて困難で、労働により収入を得ることが出来ない程度のものである。

    例えば、家庭内の極めて温和な活動(軽食作り下着程度の洗濯等)はできるが、それ以上の活動はできないもの又は行ってはいけないもの、すなわち、病院内の生活でいえば、活動の範囲がおおむね病棟内に限られるものであり、家庭内の生活でいえば、活動の範囲がおおむね家屋内に限られるものである。」

ウ 3級

「労働が著しい制限を受けるか又は労働に著しい制限を加えることを必

要とする程度のものとする。」

 (4) さらに、本件認定基準は、障害種別ごとに具体的な基準や認定要領を定めているところ、糖尿病に関する認定要領には、「糖尿病による障害の程度は、合併症の有無及びその程度、代謝のコントロール状態、治療及び症状の経過、具体的な日常生活状況等を十分考慮し、総合的に認定する」ことが記載されている。

そして、糖尿病については、合併症がある場合の他、「必要なインスリン治療を行ってもなお血糖のコントロールが困難なものであり、①内因性のインスリン分泌が枯渇している状態で、空腹時又は随時の血清Cペプチド値が0.3ngml未満を示していること、②意識障害により自己回復ができない重症低血糖の所見が平均して月1回以上あること、③インスリン治療中に糖尿病ケトアシドーシス又は高血糖高浸透圧症候群による入院が年1回以上あることの3つの指標のいずれかに該当し(以下、①乃至③の指標を「3つの指標」という。)、かつ、一般状態区分表のウ又はイに該当するものを3級と認定するものとし、2級及び1級該当性に関しては、「なお、症状、検査成績及び具体的な日常生活状況等によっては、さらに上位等級に認定する」と記載されているだけである。

 なお、ここにいう一般状態区分表の内容は、以下のとおりとなっている。

ア 無症状で社会活動ができ、制限を受けることなく、発病前と同等にふるまえるもの

イ 軽度の症状があり、肉体労働は制限を受けるが、歩行、軽労働や座業はできるもの 例えば、軽い家事、事務など

ウ 歩行や身のまわりのことはできるが、時に少し介助が必要なこともあり、軽労働が出来ないが、日中の50%以上は起居しているもの

エ 身の回りのある程度のことはできるが、しばしば介助が必要で、日中の50%以上は就床しており、自力では屋外への外出等がほぼ不可能となったもの

オ 身のまわりのこともできず、常に介助を必要とし、終日就床を強いられ活動の範囲がおおむねベッド周辺に限られるもの

 

4 訴訟における主な争点

 (1) 本件訴訟における争点は、①本件認定基準の合理性、②本件認定基準によっても原告の障害の程度が2級に該当するか否か、③理由付記の違法性、④義務付けの訴えの適法性及び本案要件充足性であるが、このうち③の争点については判断されておらず、④の争点については本稿では触れない。

なお、①の争点に関する原告の主張の要旨は次のとおりである。

 (2) すなわち、原告の障害等級2級の裁定請求を却下する処分は、本件認定基準に基づいてなされているところ、本件認定基準は、次の各点で不合理な基準であるから、これに基づいて行われた本件処分も不合理なものであって是正されなければならない。

ア 「医療モデル」の障害観に基づき、医学的な観点から定められたものであり、障害に起因する社会的な障壁の存在やこれに対する支援の必要性について考慮されていない。このような認定基準は、障害を持つ者が直面する社会内の障壁に対する合理的配慮を要求する「社会モデル」の障害観を採用した障害者権利条約や障害者基本法の趣旨に反し、ひいては、憲法25条1項に違反している。(争点①-1)

イ たとえば障害等級2級の例示として、「活動の範囲がおおむねベッド周辺に限られるものであり、家庭内の生活でいえば、活動の範囲がおおむね就床室内に限られるものである」という状態が記載され、糖尿病の認定基準で使用されている一般状態区分表においても、前記のとおり、「エ」の状態は、「しばしば介助が必要で、日中の50%以上は就床しており、自力では屋外への外出等がほぼ不可能となったもの」とされているが、このような基準は、障害のある者の社会参加が進み、就労している障害者が多くいる現状にそぐわない時代錯誤のものである。(争点①-2)

ウ 前記のとおり、糖尿病の認定基準においては、2級及び1級該当性に関しては、「なお、症状、検査成績及び具体的な日常生活状況等によっては、さらに上位等級に認定する」と記載されているだけであって、何ら具体的指標は示されていないところ、このような基準では、行政庁の恣意を許し、地域ごとの処分格差を生じさせる点で憲法14条に違反しているし、実質的にも3級該当性のみを判断するための基準としてしか機能していない。(争点①-3)

エ 例えば、()心疾患による障害認定基準では、一般状態区分表のエ又はウに該当する場合は障害等級2級に該当するとされているにもかかわらず、糖尿病に関する障害認定基準においては、一般状態区分表のウに該当する場合について、障害等級3級に該当するとしか記載されておらず、()特別児童手当との比較においても、同手当の認定基準においては、一般状態区分表のウに該当すれば、障害等級2級が認められる取り扱いとなっているが、糖尿病に関する障害認定基準は違うこと、()てんかんに関する障害認定基準によれば、「意識障害により自己回復ができない重症低血糖の所見が平均して月1回以上ある」原告の障害の状態は、障害等級2級が認定されることになっていること等、他の障害や制度と糖尿病の障害認定基準の整合性がとれていない不合理がある。(争点①-4)

オ 医師の見解によれば、1型糖尿病患者の一般状態区分はウないしオのいずれの状態に固定化されるものではないから、前記のとおり、一般状態区分ウないしイに該当することをもって、障害等級3級の該当性を判定する本件認定基準は、そもそも、1型糖尿病の障害認定基準に適合しない。(争点①-5)

 

5 判決の内容について

(1) 争点①(本件認定基準の不合理)について

   国年法施行令別表は、障害等級について定めているところ、中には障害等級該当の要件が比較的明確なものも存在するが、本件で問題となっている2級15号のように、その性質上具体的内容を明確にすることが困難であり、また、具体的な疾病の種類・性質や症状の具体的内容・程度、これらを判定するための具体的な検査項目、基準、方法などについて定めがないものもある。

そうすると、障害年金給付の客観性及び公平性を確保するため、医学的知見に基づいて障害の認定等に関する統一的な基準を設ける必要があり、本件認定基準は、そのような観点から、専門家の意見を踏まえて作成されたものである。

そして、本件認定基準の策定に当たっては、様々な医学的知見が存在す

る中において、基準としての適合性・合理性を複数の専門家が専門的技術的に検討しており、その上で作成された本件認定基準は、実際に障害認定において統一的な基準として用いられている。

これらの点を考慮すれば、本件認定基準に具体的に不合理な点があるなど特段の事情がない限り、これに沿って障害等級該当性を判断すべきである。

  ア 争点①-1(社会モデルを取り入れていないことの不合理)について

     国年法は、障害基礎年金の支給について、「疾病にかかり、または負傷し」との要件を定めており(30条1項等)、疾病や負傷の有無は、第一義的には医療的な観点から判断されることが想定されているものと解され、国民年金法施行規則においても、裁定請求において医師または歯科医師の診断書を添付しなければならない(31条2項4号)とされている。

一方、国年法、国年法施行令などの規定中には、社会的障壁の有無等を障害等級の判定において考慮することを想定した規定は見当たらないから、本件認定基準がその障害等級該当性の指標として社会的障壁に関するものを取り入れていないとしても、法令に違反するものとはいえない。

障害者の社会的障壁には障害の種類や性質、年齢・性別・家族構成、障害を負った時期やそこからどの程度の年数が経過したかといった各障害者の個人的事情、地域・学校・職場の別やこれらによって異なる事物、制度、敢行、観念など様々な要素があり、その性質上、具体的な基準や指標を定めて評価・判断することになじまないものといわざるを得ない。

そうすると、本件認定基準においてこれらを考慮しないことが、憲法25条に反するとか合理性を欠くということはできない。

  イ 争点①-2(障害者の社会参加実態を考慮しない不合理)について

     国年法施行令4条の6、同別表にある1級9号の要件、2級15号の要件と、本件認定基準で用いられる一般状態区分表のオまたはエの内容がかけ離れているとか不合理であるとは認められない。

また、国年法施行令自体、障害等級該当性について、機能障害(例えば視覚障害である1級1号や2級1号)のように日常生活の制約や就労への支障の有無を問わずに障害等級に該当すると定めているものもあり、障害の性質によって法令上の要件自体も異なっているものであるから、他の障害者が障害認定を受けつつ就労ができているからといって、代謝障害に関する認定基準が不合理であるということにはならない。

ウ 争点①-3(上位等級の具体的指標が無い不合理)について  

   血糖コントロールがどの程度困難であるかどうかや、その場合に生ずる合併症を含む症状やこれらに関係する事項も多種多様のものが考えられるから、上位等級該当性のための具体的な指標を定めることは困難であると解される一方、本件認定基準を見れば、具体的な状況によっては上位等級に該当する者がいることを当然の前提としていることが明らかである。

本件認定基準は、1級及び2級該当性に関する具体的な指標を欠いてはいるものの、1級及び2級該当性の基準を全く欠いているものではなく、また、具体的な指標を示すことが困難であることから、かかる定め方が不合理であるとは言えない。」のであって、本件認定基準は憲法14条に違反しない。

エ 争点①-4(他の障害や制度との不整合)について

   本件認定基準は、てんかんとは異なる病態や、「糖尿病患者においてはインスリン治療等による血糖コントロールによって日常生活に余り大きな影響が出ない者もいることなど、障害の性質の点も考慮して定められていることに加え」、「例えば一般状態区分表上の位置づけがウの場合であっても2級に該当されうること、エやオの場合には上位等級に該当されうることが読みとれるから、本件認定基準の定めが不合理とまではいえない。」

   特別児童扶養手当と障害基礎年金では支給目的や認定対象が異なるところ、20歳未満の児童は同じ1型糖尿病であっても成人と比して血糖コントロールはより困難であることなどを考慮すれば、これらに係る障害認定基準を全く同じものにすべきとか、同程度のものと解釈すべきであるとはいえない。

  オ 争点①-5(一般状態区分表を用いることの不合理)について

  「1型糖尿病は、血糖コントロールが困難であることに着目して障害認定がされるものであるが、検査数値から直ちに日常生活への支障が把握できるものではないことからすると、障害による具体的な生活状況への影響を判断する上で、一般状態区分表を用いて判定することには合理性がある。また、特定の部位の欠損障害や機能障害のようなものを除けば症状の発現は幅があるものであるが、これらの幅も含めてその支障の全体的概括的な程度を把握するためには、一般状態区分表を用いることはなお有用というべきである。」

(2) 争点②(本件認定基準によっても原告の障害の程度が2級に該当するか否か)について

ア 本件診断書の記載及び弁論の全趣旨に照らせば、原告は、(糖尿病の3級該当性を判定する)3つの指標のうち、①のCペプチド値及び②の意識障害を伴う重症低血糖の頻度の2つの指標をみたし、かつ、一般状態区分表上少なくともウに該当している。

 よって、原告の一般状態区分表上の評価を検討した上で、「症状検査成績及び具体的な日常生活状況等」の観点から上位等級に認定する可能性があるか否かを判断することになる。

  イ 一般状態区分表上の評価について

 「原告は、週2日、障害者を相手とした相談業務に従事しており、その他の日は横になっている日も多いが、買い物で外出をしたり家事をしたりする生活をしていることが認められる一方、平均すると月に1回程度は意識障害を伴う重症低血糖を起こし、それとほぼ同回数程度、低血糖による意識障害又はそれに準ずるほどの状態に陥るところ、そのような状態にあると回復するのに時間を要することがある。また、このような場合の補食等のほか、日常家事の相当部分について夫の補助を得ている。

これらを一般状態区分表に当てはめると、『身のまわりのある程度のことはできるが、しばしば介助が必要』であるには該当するが、『日中の50%以上は就床しており、自力では屋外への外出等がほぼ不可能となったもの』には明らかに該当しないから、本件裁定請求時点における原告の状態は、一般状態区分表のエの状態にまでは至っておらず、ウにとどまるものというべきである。

  ウ 症状及び検査成績

原告には、意識障害を伴う重症低血糖が平成28年1月から平成29年3月までの間に16回、これに準ずるほどの体調不良が同期間に10回起き、血糖値が54以下の低血糖が上記を含めて84日に及び、逆に著しい高血糖(300以上)も81日に及び、それぞれ高頻度である。

なお、原告の本件裁定請求直前期のHbA1cは6%台で1型糖尿病患者としては安定しているものと評価できるが、同値は飽くまで1ヶ月の平均値であり、血糖値の変動幅や血糖コントロールの困難さを直接示す指標ではなく、実際、改正された認定基準からも同値による判定はされないこととなっている。

エ 日常生活状況

原告は血糖値の変動幅が大きく、また、低血糖に陥ると補食をしても容易に体調が回復しないことから、必要最低限の外出しかせず、体力を損なわないように心がけている。そのため、血糖コントロールの困難性により、検査結果及び具体的な症状には表れていないところで、障害を有していない者と比較して大きな制約を受けている。」「また、原告は体力的な不安等もあり、夫と協議して子を持つことをあきらめており、これらの点も1型糖尿病による制約ということができる。

原告は、「経済的な理由から収入を増やす必要はありつつも、週2日からさらに勤務日を増やすことは出来ないなどの制限を受けている。」また、原告は、「欠勤や遅刻もあり、必ずしも定められた条件どおりに勤務ができているわけではない。」「現在就労が継続しているのは、勤務先の理解があることによるものである。」

  オ 総合評価

原告は3級該当性を判定する3つの指標のうち2つを満たしている。

本件認定基準は1つの指標を満たしていても3級に該当するとしているから、複数の指標を満たしているということは、1つの指標を満たすだけの者よりその障害の状態は深刻であると評価することができる。」また、意識障害を伴う重症低血糖の回数についても、3級該当性を満たすのは最低月1回ということであるが、原告の意識障害を伴う重症低血糖の回数は平成28年1年間で12回、平成29年1月から3月までの分を含めれば16回であるから、3級の指標でいう月1回を満たしている上に、昏睡かそれに準ずるほどの状態になったものが、他に10回程度あり、その分、日常生活への影響及び生命の危険に瀕している回数も多いということができる。意識障害まで至らないものを含めれば、いつ意識障害を発症してもおかしくない程度の重症低血糖が84日、逆に放置すると急性合併症につながるような高血糖が81日にも及び、1日の間での70以上血糖値が上下する日も多い。

これだけ昏睡や重度の体調不良の回数が多いということは、それ自体が血糖コントロールを行うことに寄る測定、補食などに伴う制約を受けているものといえることに加え、これらに対する不安を抱えながら、重症低血糖や高血糖が生じないように、常に、食事、行動、仕事などに関して慎重な配慮を要する生活を強いられるということでもあり、実際に仕事の前日や翌日にはできるだけ外出を避けるようにしていることからすると、これらを含めた生活への影響は、単に血糖値の測定やインスリン投与という制約にとどまらず、生活全般に及んでいるというべきであって、3級が想定するものよりも大きいものと評価すべきである。

原告は週2日就労しているが、原告の過去の就労歴に照らせば、その就労継続には、職場が原告の体調に配慮して柔軟な働き方を認めているという点が大きく寄与しているものというべきであって、この就労の事実をもって原告の日常生活への制約が少ないと評価すべきではない。

 

6 判決の評価について

 (1) まず、本件判決が、原告の意識障害を伴う重症低血糖や、これに準ずるほどの体調不良の回数、著しい低血糖や高血糖の頻度やその変動状況を丁寧に認定し、そこから素直に原告の血糖コントロールの困難さ、日常生活への多大なる影響を推認するととともに、原告自身が陳述し、法廷で証言する生活実態、日常生活への制約や配慮の必要性について、その信用性を正面から認めて、原告の障害の状態を2級であると判断したことについては、説得的かつ自然な論旨に基づくもので、評価できるものである。

そして、本件判決は、2級該当性の検討の中で、原告の日常生活の実態や、障害故に子を持つことを諦めた経緯についても考慮しており、また、原告が就労している事実について、職場における合理的な配慮のおかげである旨を認定して、障害等級を減じる事情としてではなく、むしろ3級よりも大きな障害等級であることを裏付ける事情として考慮している。すなわち、本件判決では、障害等級の認定にあたり、正に、原告が直面している社会的障壁の存在が考慮されており、少なくとも、事実認定レベルでは、社会モデルの考え方を取り入れたものと解することができるが、こうした事実認定のあり方には、先例として大きな価値があると考えられる。

 (2) もっとも、本件において、原告が、このような2級該当の判断を獲得するためには、実に多大な労力と時間がかかっている。原告が厚生労働大臣に対し、障害基礎年金の支給を求める裁定請求をしたのが平成29年2月14日のことであり、国を提訴したのが平成30年7月26日であったから、本件判決が確定するまでの間、実に5年半の歳月を要した。また、原告自身、度重なる裁判期日や証人尋問期日への出頭を必要としたほか、原告の日常生活における数々の社会的な障壁を認定する決め手となった陳述書は、55頁にも及ぶものであり、血糖データや食事メモ、出勤簿、カルテ、メールなどをもとに気の遠くなるような確認作業を経て作成されたものだから、誰しもができることではない。

然るに、本件認定基準に、きちんと糖尿病に関する1級及び2級該当性の具体的な指標が示されていれば、或いは、本件認定基準に社会モデルの指標が取り入れられており、裁定請求の段階で、日常生活における数々の社会的な障壁が確認されていれば、このような不必要で不合理な負担を強いられることなく、より早期の段階で、より普遍的かつ平等な形で、適切な障害等級が認定され、障害年金の支給を受けられるはずである。

 (3) にもかかわらず、本件判決は、前記のとおり、本件認定基準は、1級及び2級該当性の基準を全く欠いているものではなく、また、具体的な指標を示すことが困難であることを理由に、1級及び2級該当性の具体的な指標が示されていない本件認定基準の不合理性を否定した。

また、本件認定基準に社会モデルの指標が取り入れられていないとしても法令に違反しないこと、並びに、障害者の社会的障壁には、各障害者の個人的事情、地域・学校・職場の別やこれらによって異なる事物、制度、敢行、観念など様々な要素があり、その性質上、具体的な基準や指標を定めて評価・判断することになじまないことを理由に、社会モデルの指標が取り入れられていない本件認定基準の不合理性も否定した。

(4) しかし、本件判決は、一般状態区分表のエやオの状態にまで至っていれば上位等級に該当することに言及しているほか、原告は3級該当性を判定する3つの指標について、複数の指標を満たしていれば、1つの指標を満たすだけの者よりその障害の状態は深刻であると評価することができること、重症低血糖等の回数についても、その回数が多ければ、その分、日常生活への影響及び生命の危険に瀕している回数が多いということができると判示しているのである。したがって、少なくとも、本件判決が判示した内容の上記等級の該当可能性を認定基準の中で示し、或いは、認定要領として記載しておくことが可能であることは、本件判決からも明らかといえよう。

(5) また、社会モデルの障害観については、国年法、厚年法の上位にある障

害者権利条約前文(e)において採用され、障害者基本法2条においても

取り入れられている概念であるから、本件判決が、本件認定基準に社会モ

デルの指標が取り入れられていないとしても法令に違反しないと認定した

部分については疑問がある。

さらに、障害者総合支援法に基づく、障害区分認定等の場面では、主治医の意見書だけでなく、認定調査員による認定調査の結果に基づき、障害支援区分が認定されているところ、認定調査の調査項目には、社会モデルの観点に基づく指標も取り入れられおり、かつ、支援の必要性や程度、内容なども評価の対象となっているのであるから、障害者の社会的障壁は、その性質上、具体的な基準や指標を定めて評価・判断することになじまないなどということはない。同じような認定調査を行えば良いだけの話しである。

 (6) したがって、こうした(4)(5)のような検討をせず、安易に本件認定基準

の合理性を認めた点においては、本件判決は不当というべきであり、単なる事例判断にすぎないものとして、先例として評価されるべきではないだろう。

 

7 今後の認定基準のあり方について

 (1) この点、本件判決は、平成28年3月29日改正前の障害認定基準には、糖尿病について、3級よりも上位の等級該当性を示唆する記載が無いところ、本件認定基準は、「症状、検査成績及び具体的な日常生活状況等によっては、さらに上位等級に認定する。」との部分が追加されているから、具体的な状況によっては上位等級に該当する者がいることを当然の前提としている旨を述べている。

しかし、現実的には、1級及び2級の該当性を判断する具体的な基準がないことから、糖尿病に関する本件認定基準は、3級該当性のみを判断するための基準として運用されていると思われる実態があり、だからこそ、本件判決の原告についても、その裁定請求は、理由の付記もなく(すなわち、上位等級該当性の検討もなく)、却下されていた。

(2) したがって、本件判決においても、「今後、研究等の進展によって、よ

り具体的な指標を用いて上位等級該当性の判断ができるのであれば基準の明確性、客観性の観点からより望ましいことはいうまでもない」と指摘されているとおり、今後、糖尿病に関する認定基準については、早急に、「具体的な指標を設けるまでに研究結果」を集積し、「専門家による議論を尽く」した上で、1級及び2級の該当性を判断する具体的な基準が追加されるべきである。

そして、この改定に当たっては、平成28年3月29日改正により、それまでのHbA1cの値や空腹時血糖値を重視していた基準が、本件判決も指摘するとおり、「血糖値の変動やそのコントロールが困難であることそのものから生ずる日常生活等への支障に着目してその障害等級を判断するべき」ことになった趣旨を踏まえ、社会的な障壁の有無や支援の必要性などの、社会モデルの観点からの指標も取り入られる必要がある。

(3) さらに、現行の糖尿病に関する本件認定基準により、1級や2級の障害等級が認められにくい背景には、前記のとおり、本件認定基準が、1級について、「長期にわたる安静を必要」、「日常生活の用を弁ずることを不能」、「身のまわりのことはかろうじてできるが、それ以上の活動はできないもの又は行ってはいけない」、「活動の範囲がおおむねベッド周辺に限られる」ものとし、2級についても、「長期にわたる安静を必要」、「日常生活は極めて困難で、労働により収入を得ることが出来ない」、「家庭内に極めて温和な活動(軽食作り下着程度の洗濯等)はできるが、それ以上の活動はできないもの又は行ってはいけない」、「活動の範囲がおおむね病棟内、家屋内に限られる」ものとして、一見して厳しい基準を定めていることの影響がある。

(4) しかし、本件訴訟において、原告が主張したとおり、こうした現行の認定基準は、実際には、移動や外出を行い、社会活動に参加して、就労しながら生活している現代の障害者の実態とかけ離れているばかりか、障害者の社会参加、自立した地域生活、教育・労働の権利、政治・公共活動への参加、文化的生活・スポーツへの参加等の保証を定める障害者権利条約の理念にも反している。活動の範囲をおおむね就床室内・家屋内に留める障害者はまれであり 、むしろこのような「病院かベッドで長年伏せって寝たきりで何もできない障害者観」自体が障害者の社会参加の権利を軽視する人権侵害・障害者蔑視といい得るものである。

障害者は保護の客体であって、療養治療の対象として日常生活上の制限があるべきとの医学モデルに根ざす基準であって不当であることに加え、国年法施行令別表1級1号~8号、別表2級1号~14号のいわゆる身体障害に関しては、日常生活実態は考慮されず障害等級が認定されていることとも矛盾している。

(5) したがって、本件判決が、本件認定基準の合理性を認めた点は、速やかに是正されるべきであるが、本件訴訟及び本件判決により、ここまで多大な労力と時間をかけなければ正当な障害等級認定を受けられないといった点も含め、こうした糖尿病をはじめとする内部障害等の認定基準の問題点が、より一層明らかになった。

糖尿病に関する認定基準のみならず、本件認定基準自体に、社会モデルの障害観とノーマライゼーションの理念に即した根本的な見直しを行うべきことが求められているのである。

 

 



[1] 賃金と社会保障20232月下旬182037