Ⅲ章-2

事例報告

「就労している場合の「知的障害を伴わない発達障害」で不支給となった事例報告」

 社会保険労務士 震明 裕子

目次

 はじめに

 「認定基準」及び「ガイドライン」における就労の取り扱い

 事例の概要

(1)請求人の出生時からのエピソード

(2)診断書及び病歴就労状況等申立書の内容

 裁決

 裁決を踏まえて考えること

1)他の事例との比較

(2)認定基準の基本的事項再考の必要性について

(3)収入と障害年金の関係について

 結びにかえて

 

 

Ⅰ はじめに

就労と精神障害の取り扱いについては、「障害認定基準」[1]や「精神の障害に係る等級判定ガイドライン」[2]において記載されており、就労をしていても2級に認定されるケースはガイドライン施行後増加しているものの、未だに不支給となるケースもあり認定にばらつきを感じる。障害者雇用が進み、IT関連など認定基準が作成された当時にはなかった職種が生まれ、コロナ禍後には働き方の多様化が一気に進んだが、「就労可能であれば日常生活の支障が軽い」という見方が変わらないことや「収入と障害年金の関係」について考えさせられた事例である。

 

Ⅱ 「認定基準」及び「ガイドライン」における就労の取り扱い

まず、審査における就労の取り扱いについて確認したい。

認定基準では、「発達障害」については「社会行動やコミュニケーション能力の障害により対人関係や意思疎通を円滑に行うことができないために日常生活に著しい制限を受けることに着目して認定を行うこと」とされている。また、「社会的な適応性の程度によって判断するよう努め、労働に従事していることをもって、直ちに日常生活能力が向上したものととらえない」としている[3]。それを踏まえて、ガイドラインの総合評価の際に考慮すべき要素の中で、「一般企業(障害者雇用制度による就労を除く)で就労している場合でも、他の従業員との意思疎通が困難で、かつ不適応な行動がみられることなどにより、常時の管理、指導が必要な場合は2級の可能性を検討する」「知的障害を伴わない発達障害は、社会的行動や意思疎通能力の障害が顕著であればそれを考慮する」としている。

 事例の概要

令和3年3月に当該事例の請求人[4]の夫が障害厚生年金の請求を行い、不支給決定を受け審査請求より受任し、審査請求、再審査請求を行った。発達障害については、Ⅱで述べたように別途基準が設けられているにもかかわらず、コミュニケーションスキルの低さ、社会適応の支障、職場の配慮について全く考慮されず、3級にも該当しないとされた。

 

(1)請求人の出生時からのエピソード

請求人は、子供の頃から集団行動が苦手で、忘れ物が多く片付けができなかった。些細なことで激高することがあり、教師から問題児扱いされることが多く、学校生活に馴染むことができなかったが、興味のあることには、とことんのめり込んだ。大学に入学し、一人暮らしを始めた頃から支障が表面化した。興味のあることのみに集中するあまり、食生活は乱れ、部屋はゴミが溜まるなど、単独で適切な日常生活を送ることができなかった。この頃から、現在の夫の援助を受けて日常生活を送っており、夫の援助がなければ、日常生活も就労も成り立たない状態である。

大学卒業後は、プログラマーとして、なんとか就職ができたものの、人との関わりが怖く、質問ができない、ケアレスミスが多く叱責を受けるなどし、職場で孤立した。

 

(2)診断書及び病歴就労状況等申立書の内容

①(初診時所見)

不安緊張が非常に高く、ほとんど会話が出来ないため、夫が代弁して本人の主訴を伝える。ソワソワと落ち着きなく、視線も一定しない。

②(障害の状態)

現在の病状又は状態像として、抑うつ状態(憂うつ気分)、知能障害等(高

次脳機能障害(注意障害、遂行機能障害))、発達障害関連症状(相互的な社会関係の質的障害、言語コミュニケーションの障害)が指摘されている。具体的には、

・コミュニケーションスキルが低く、対人交流の場面で不安緊張が高まるため、

言語化して伝えることが苦手である。

・ケアレスミスが多く集中力を保つことが困難で、マルチタスクが苦手である。

・日常生活や就労に大きな支障を来たしており、失敗体験が重なることで二次的に抑うつ、不安症状が出現しやすく、不適応が生じやすい。

・衝動性の高さから、オンラインゲームに高額の課金をしてしまうことがある。

③(日常生活能力)

日常生活能力の判定平均 2.8 日常生活能力の程度 (4)

寝ることや食べることといった日常生活の基本的な行為についても夫の声かけや援助が必要である。

④(就労状況)

一般雇用 職種:プログラマー 給与:月18万円

環境の変化に脆弱で、コミュニケーションスキルが非常に低く、対人関係において不安緊張が高まり言語化して伝えることができないため、職場でも孤立し、不適応が生じ休職することがあった。復職時にかかりつけ医から産業医に医療情報の提供が行われ、産業医面談が施行され、職場環境の変化がないよう、相談できる相手をおいてもらうこと、ルーティン作業を中心とするなど配慮を受けている。

 

Ⅳ 裁決

以下のような理由で障害等級3級にも該当しないとされた。

・「身辺の安全保持及び危機対応」はおおむねできるが時には助言や指導を必要とする程度である。[5]

・一般企業に一般雇用され、産業医面談を施行し、職場環境の変化が大きくならないよう配慮を受けながらではあるが、週に5日、プログラマーとして勤務し、一月に18万円程度の給与を受けている。

・障害認定日頃、電車を利用して片道45分かけて通勤し、疲れきっているとしながらも、障害認定日の前月及び前々月は、いずれも22日出勤して、プログラミングの業務に従事したとしている。

 

Ⅴ 裁決を踏まえて考えること

1)他の事例との比較

日常生活能力は、ガイドラインの等級の目安では2級相当であり、コミュニケーションスキルが低く、日常生活や就労に大きな支障がある。配慮を得ながらの就労であるにも関わらず、3級にも該当しないとされたことは、納得できるものではない。

 

次の表は、筆者が令和3年から4年に請求した「知的障害を伴わない発達障害の請求事例」である。

 

請求年月

日常生活能力

就労状況

仕事内容

給与

結果

    

R3.6

2.5(3) [6]

一般雇用(配慮あり)週5

休職中

事務

25

厚生3

    

R3.10

2.7(4)

障害者雇用・週5

洗濯

10

基礎2

    

R3.11

2.7(4)

障害者雇用・週5

機械組立

18

厚生2

    

R4.5

2.4(3)

障害者雇用・週5

事務補助

10

基礎2

    

R4.10

2.8(3)

障害者雇用・週5

事務補助

20

基礎2

当該事例

2.84

一般雇用(配慮あり) 週5日

プログラマー

18

不該当

 

 

こうして比較すると、日常生活能力は請求人が最も低く、給与は、ほぼ同程度である。①は、休職中であるが、復職後の令和4年の更新で障害厚生年金3級を継続して受給できている。また、②~⑤は、通勤し休むことなく出勤ができていることからすると、裁決で述べられている理由には全く説得力がない。

その後、請求人は再請求により障害厚生年金2級が認められた。

当該事例

3.54

障害者雇用  週5日

プログラマー

18

再請求時の診断書内容

 

 

初回の裁定請求時と変わった点は、日常生活能力が2.84)から3.54[7]と障害状態が重くなったことと、一般雇用(配慮あり)から正式に障害者雇用に切り替わった点である。

裁決の不支給の理由のひとつであった「身辺の安全保持及び危機対応」は、おおむねできるが時には助言や指導を必要とするから、助言や指導があればできるとされたが、他の2つの理由である、「週に5日、プログラマーとして勤務し、一月に18万円程度の給与を受けている」ことや「電車を利用して片道45分かけて通勤し、休むことなく出勤しプログラミングの業務に従事している」状況は、なんら変わっていない。

ガイドラインの等級の目安や先の①~⑤の事例から見ると、2.84)であっても2級に該当するレベルであるから、初回の裁定請求時において2級になるべきであったと今も思う。初回の裁定請求時の認定調書は、単に就労していることのみから非該当と判断していると推測できる記載があった。初回の裁定請求時から障害者雇用と同等の配慮を受けていることは診断書や病歴就労状況等申立書にも記載されているにもかかわらず配慮されなかったことを残念に思う。また、裁決におけるプログラマーであることや給与、通勤等の不支給の理由は、結果ありきの理由のように感じられ、裁定請求で就労していることをもって不支給とされると、それを覆すことの難しさを実感した。

 「能力を活かして働いている」方の日常生活上の支障や援助の必要性、周囲の援助により就労が可能となっていることについて裁定請求時から具体的に強く訴える必要があると感じると同時に、先述の事例からは認定医による判断のバラツキを実感した案件であった。

 

(2)認定基準の基本的事項再考の必要性について

認定要領やガイドラインにおいて「日常生活能力等の判定に当たっては、社会的な適応性の程度によって判断するよう努める」「労働に従事していることをもって、直ちに日常生活能力が向上したものと捉えない」とされ、実際これらに基づいてほぼ運用されているが、認定基準の基本的事項では、各等級の障害の状態の基本を次のように示している。

1

他人の介助を受けなければほとんど自分の用を弁ずることができない程度のものである。

2級

必ずしも他人の助けを借りる必要はないが、日常生活は極めて困難で、労働により収入を得ることができない程度のものである。

3級

労働が著しい制限を受けるか又は労働に著しい制限を加えることを必要とする程度のものとする。

 

上記の基本的事項では、「障害が重ければ日常生活が困難であり、就労が困難となる」という考え方に基づいており、審査において「就労可能であれば日常生活の支障が軽い」という見方に繋がっている。

請求人や①~⑤のケースの方は、日常生活において周囲から多くの援助を受けながら就労可能となっている。「Ⅰはじめに」で述べたように、現在、障害者雇用が進み、IT関連など認定基準が作成された当時にはなかった職種が生まれ、働き方も多様化している。発達障害があっても、日常生活において援助を受け、職場で理解と配慮があれば、能力を活かして働くことができる世の中になってきている。「プログラマーであり、18万円の収入があり、通勤可能、出勤している」ことが、「障害状態が軽く、日常生活に著しい支障がない」ということに必ずしも繋がらないのである。付け加えるなら、肢体・聴覚・視覚障害等を負った方も、様々な補助用具や周囲の理解により就労の機会が増えている。この様な社会の変化に合わせて認定基準も見直す必要があると思う。

 

(3)収入と障害年金の関係について

請求人も①~⑤の方の給与も決してゆとりをもって生活ができる金額ではない。請求者にとって、周囲の援助は不可欠なものであり、周囲の援助がなければ、今ある日常生活も就労も失ってしまう綱渡り状態なのである。給与に加えて障害年金を受給することができれば、少しは精神的にもゆとりができるのではないだろうか。一方で、働くと障害年金が止まってしまうのではないかと就労を躊躇する声を聞くのも事実である。0100かではなく、例えば在職老齢年金のように、収入に応じて年金が調整される仕組があれば、就労意欲を削ぐことなく、より多くの人が障害年金を受け取とりながら自立に向けて働くことができるのではないだろうか。

 

Ⅵ 結びにかえて

知的障害を伴わない発達障害の方の審査においては、日常生活や社会参加において支障があり生きづらさがあることにもっと焦点をあてるべきではないだろうか。

障害年金は、このような不安を少しでも軽減し安心して生活していくことができるためのものでなくてはならない。障害者がそれぞれの能力を生かして働くことができ、加えて障害年金の支援を得ることにより、自立し、安心して生活していくことができる社会になって欲しいと思う。

 

以上

 



[1] 「国民年金・厚生年金保険 障害認定基準」(以下「認定基準」と言う。)

[2]  「国民年金・厚生年金保険 精神の障害に係る等級判定ガイドライン」(以下「ガイドライン」と言う。)平成28年9月に厚生労働省年金局より発出された。

[3] 「認定基準」第8節精神の障害 2認定要領 E発達障害(2)(5)(6

 

[4] 当該事例の請求人は、以下「請求人」と言う。

[5] 日常生活能力の判定の「身辺の安全保持及び危機対応」以外の6項目は、「自発的かつ適正に行うことができないが助言や指導があればできる」及び「助言や指導があればできる」である。

[6]「日常生活能力の判定」平均が2.5で「日常生活能力の程度」の評価が(3)であることを示す。以下同じ。

[7] 「身辺の安全保持及び危機対応」は助言や指導があればできるに、「金銭管理と買い物」「社会性」は「助言や指導をしてもできない若しくは行わない」になった。