差引認定と「初めて1級・2級」
—2022年1月27日大阪高裁判決を受けて—
安部敬太
目次
障害年金の認定基準のうち、既に障害(前発障害)がある同一部位に、別の傷病による障害(後発障害)が重なって生じ、その結果障害が重度となった場合には、差引認定基準により前発障害の障害の程度を差し引いて後発障害の程度を認定することとされている。この差引認定は、社会保険である障害年金は加入要件または納付要件を満たさない障害の程度まで保険給付の対象とすることはできないために行うものと国は説明している[1]。
この差引認定基準が適用されれば、障害年金1級の前発障害にあるものが、同一部位に生じた後発障害によって、前発障害と後発障害を併せてさらに重度の障害となった場合には後発障害が1級となることはありえないし、前発障害が障害基礎年金1級で、後発障害の初診日が厚生年金保険(以下「厚年」)の被保険者中であれば、(後発障害単独で2級以上と認定される場合を除いて)前発障害と後発障害を併せてさらに重度の障害となった場合には、障害厚生年金1級の受給権が発生することはない。
しかし、2022年、障害基礎年金1級の受給権者が、同一部位に、厚年の被保険者中に初診日のある障害が生じ、前発障害と併せてさらに重度になった場合に、障害厚生年金1級の受給権を認容する2022年1月27日大阪高裁判決(以下「本判決」)[2]がなされた。
本稿では、本判決を題材に、差引認定が抱えている根本矛盾、すなわち、通知に記載されているすぎない差引認定が厚年法等に規定された「初めて1級・2級」という複数障害[3]の程度認定の趣旨に反するものといえるのではないかという点について検討していきたい。
先天性の白内障等があり、左眼については出生時頃から視力がなく、右眼についても弱視で、障害等級1級(2021年12月までの国民年金(以下「国年」)法施行令1級1号「両眼の視力の和が0.04以下のもの」)の障害基礎年金を受給していた原告が、2013年12月17日に右眼白内障手術(以下「本件手術」)を受けた後、右眼増殖性硝子体網膜症、右眼網膜剥離及び右眼水疱性角膜症(以下「本件傷病」)を発症し、本件傷病により右眼も失明したと主張して、障害厚生年金の支給を求めたところ、国は、初診日は上記本件手術日ではなく、20歳前であるとして不支給処分をした。
2021年2月10日大阪地裁判決(以下「一審判決」)[4]は、初診日については「本件手術に起因して原告を失明状態に至らせた本件傷病は、本件前発傷病(先天性白内障)から通常の因果の経過をたどった結果ではなく、本件手術を起点として経験上異常な因果の経過をたどった結果であると評価されるから、本件前発傷病と本件傷病との間の相当因果関係は、否定される」として、初診日を厚年加入中である2013年12月17日と認めた。しかし、障害等級については差引認定により後発障害の程度を3級であると判じた。
控訴審である2022年1月27日大阪高裁判決(以下「本判決」)は、後発障害を両眼の失明の状態としたうえで差引認定基準2(後述2(2))を適用し(この点が大いに疑問(後述4))、「障害基礎年金および障害厚生年金」1級を認めた。
差引認定は、「国民年金・厚生年金保険障害認定基準」(以下「認定基準」)[5]の併合等認定基準に示されている併合手法[6]の一つである。
障害厚生年金は、初診日において被保険者であったという加入要件、納付要件、障害の程度要件の3つを充足した時に支給される。差引認定は主にはこの加入要件に関わる。
同一部位に障害があり、かつ、被保険者となる前に初診日がある前発障害と、初診日において被保険者であった後発障害を併合して、現状は障害等級に該当する障害の程度である時に、前発障害の障害の程度を現状の障害の程度から差し引いて、後発障害の程度を認定するという手法が差引認定である。
認定基準(第3第2章第1節3)において、次の記載がある。差引認定とは「障害認定の対象とならない障害(以下「前発障害」という。)と同一部位に新たな障害(以下「後発障害」という。)が加わった場合は、現在の障害の程度(複数の障害が混在している状態)から前発障害の障害の程度を差し引いて、後発障害の障害の程度を認定する」という認定方法である。この「同一部位とは、障害のある箇所が同一であるもの(上肢又は下肢については、それぞれ1側の上肢又は下肢)のほか、その箇所が同一でなくても眼又は耳のような相対性器官については、両側の器官をもって同一部位とする」
認定基準は、差引認定の手法等について以下とする(認定基準同章第4節)。
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1 現在の障害の状態の活動能力減退率から前発障害の前発障害差引活動能力減退率を差し引いた残りの活動能力減退率(以下「差引残存率」という。)に応じて、差引結果認定表により認定する[7]。
2 後発障害の障害の状態が、併合判定参考表に明示されている場合、その活動能力減退率が差引残存率より大であるときは、その明示されている後発障害の障害の状態の活動能力減退率により認定する。
3 「はじめて2級による年金」に該当する場合は、適用しない。
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はじめにでも述べたとおり、この差引認定を行う根拠は、社会保険原理により、加入要件または納付要件を満たさない障害の程度まで保険給付の対象とすることはできないためと説明されてきた。
本判決は一審判決の以下を引用して、差引認定は合理的であるとする。「障害給付のための障害等級の認定において、前発障害と同一部位に新たな障害(後発障害)が加わった場合の障害の程度は、障害給付が障害の発生ごとに障害等級を認定して受給権が発生する仕組みとなっていることや、差引認定をしないとすると前発障害と後発障害の加入制度が異なる場合等において後発障害の受給権の有無や障害等級を判定することができないことなどに鑑みると、後発障害が加わった現在の障害の程度によって認定するのではなく、現在の障害の程度から前発障害の程度を差し引いて障害の程度を認定(差引認定)することが合理的であり相当と解される。」
本判決の結論は、内容的には、差引認定を適用せずに、現状1級という実体により、障厚1級を認容したと言える。しかし、本判決は上記のとおり、差引認定という認定基準を合理的であるとし、本件への適用も否定していない。
本判決は、「(差引認定にあたって)後発障害による障害の程度を判断するに際しては、後発障害と関わりのない方の眼の状態を考慮すべきではない」という国の主張を退けている。
その理由を述べる上で、2つの事例を挙げている。事例1は、両眼ともに0.02で勤務中の事故で両眼を失明した場合、事例2は両眼ともに0.02で勤務中の事故で右眼のみを失明した場合である。事例1は後発障害がそれだけで1級となるので、結果1級と認定される。一方、事例2は後発障害が3級となる[8]。そして、本件は左眼が元々失明していて、後発障害は事例2と同じであるものの、事例1と同じ両眼失明という状態にある。事例1で1級なのに対して、本件が3級とされるのは、「一方の眼を失明した者にとって、他方の眼の役割は両眼の役割に匹敵するともいえ、そのような者が他方の眼を失明することによる障害の程度は、両眼を同時に失明する場合と大きな違いがあるとはいえないから…不合理である」とするのである。そして「控訴人は、両側の器官をもって同一部位とされる眼について、本件前発傷病により(左眼は元々失明しており※筆者補足)両眼の視力の和が0.04以下であったところ、本件傷病により右眼の失明という新たな障害が加わった結果、両眼の視力を失うに至ったものであるから、差引認定基準2の適用上、後発障害である本件傷病による障害の状態は、障害認定基準の併合判定参考表の「両眼が失明したもの」(1級1号-1)に相当するというべきである。その結果、後発障害による活動能力減退率は134%となる」として1級を認容した。
内容的には、差引認定は認めつつも、等級は現状の程度で認定をしていて、論理的に矛盾がある。現在の状態の両眼失明という重大性に引きずられた結果としか考えられない。現状の等級だけで等級を認定するのであれば、差引認定をそのものの違法性を正面から論じるか、少なくとも本件について理由を示して、差引認定の適用を否定すべきであった[9]。
「(差引認定にあたって)後発障害による障害の程度を判断するに際しては、後発障害と関わりのない方の眼の状態を考慮すべきではない」という国の主張に矛盾はなく、むしろ判決が「差引認定基準2の適用上、後発障害である本件傷病による障害の状態は、 障害認定基準の併合判定参考表の「両眼が失明したもの」(1級1号一1)に相当するというべきである」といっていることの方に無理がある。
差引認定の手法を直接説明するものは上記2(2)の差引認定基準1に限られる。一方、同2と3は1を補足し、注釈する内容である。差引認定基準2の後半の「後発障害の障害の状態の活動能力減退率により認定する」というのは「後発障害の程度のみで等級認定をする」ということと同義である。よって、同2は、「後発障害の障害の状態が併合判定参考表に明示されている場合で、その活動能力減退率が差引残存率より大であるときは」差引認定は適用しない(差引残存率が後発障害の活動能力減退率より大であるときに限って差引認定を適用する)、と述べているにすぎない。
2017年9月の差引認定の基準改正[10]時に追記されたのが同認定基準の「認定例2」である。この事例は差引認定の違法性を正面から問うた国賠訴訟事案そのものである[11]。この事案においては、国は提訴後、20歳前初診の両下肢障害は脳性麻痺で、事故で生じた脊髄損傷による両下肢の完全麻痺障害は脊髄に起因するものであって、部位としては重なるものの原因が別で、仮に脳性麻痺による両下肢障害がなかったとしても、後発障害だけで1級と認定すべきであったのであり、差引認定を適用すること自体が誤りだったとして、交通事故の1年半の時点から、「障害基礎年金および障害厚生年金」1級を支給すると処分変更した[12]。このことからも、差引認定基準2が差引認定を適用しない場合を示していることが確認できる。
これに対して、本判決事案は、左眼の視力がない人が、右眼も(元から弱視だったとはいえ)本件手術により視力を完全に失い、結果として両眼失明となったのだから、後発障害を「両眼の失明」とすることはできず、差引認定によるか、差引認定基準2(後発障害単独での等級認定)により程度を認定することになる。
現在の状態は「両眼が失明したもの」(併合判定参考表の1級1号区分1)であるから差引認定基準の「現在の活動能力減退率」は、134%であり、前発障害である「両眼の視力の和が0.04 以下のもの」(併合判定参考表の1級1号区分10)の活動能力減退率95%であるから、差引残存率は39%である。
これに対して、後発障害は「一眼の視力が0.02 以下に減じたもの」(併合判定参考表8号)であり、活動能力減退率は45%である。
差引認定基準2は、上記(2)のとおり、「後発障害の障害の状態が併合判定参考表に明示されている場合で、その活動能力減退率が差引残存率より大であるときは」差引認定は適用しないのであるから、後発障害だけで単独認定することになり、結果、後発障害は障害手当金にとどまる[13]。
本判決が挙げている事例1「右眼と左眼の視力がいずれも0.02で障害基礎年金(1級)を受給していた者が、勤務中の事故により両眼を失明した場合」は、確かに障害基礎年金の対象となった傷病とはまったく別の傷病(仕事中の事故)により、両眼に既存障害がなかったとしても、仕事中の事故により神経断絶等となり結果として両眼を失明していたということであれば、上記の脊髄損傷事案と同様に、前発障害はあってもなくても後発障害だけで両眼を失明していたということになる。そのため、この場合は差引認定基準2が適用され、後発障害だけで障害の程度は1級に認定されることになる。
しかし、繰り返すが、本件の場合は、右眼の失明は本件手術が原因で、元々弱視であったこととは相当因果関係がないとしても、後発障害である片眼失明だけでは障害手当金にしかならないため、差引認定基準2を当てはめると、後発障害は障害手当金にとどまる。
本判決は「事例1と同様に両眼の失明に至った控訴人について、(左眼に視力が残っている…補足筆者)事例2と同様に厚年法施行令別表第1 の3級の障害給付しか受けられないとするのは、「現在の障害の状態」に相当する等級と比べて著しく低くなり、不合理である」とし、両眼失明という現状の程度で1級と認定している。
結果として「障害基礎年金および障害厚生年金」1級と判断するとしても、その理由としては、少なくとも本件については、差引認定基準の適用自体を否定し、後発障害により、結果として両眼失明になったのだから、(初めて1級[厚年法47条の3]が複数の障害をひっくるめて認定するのと同様に)前発障害の程度は考慮せず、複数の障害による現在の障害の程度を認定するというべきであった(詳しくは後述Ⅱの5)。
均衡を失するとして比較すべきだった事例は、左眼のみを失明していた人が、厚年中初診日の傷病で右眼を失明すれば、初めて1級が適用され、「障害基礎年金および障害厚生年金」1級が支給されるということであったろう。
(このように「初めて1級・2級」は被保険者でなかった時の障害も給付対象とするという点で、社会保険原理を大きく修正する規定である…下記Ⅱ参照)
ただし、下記Ⅱで検討するとおり、本件判決は、障害年金の制度上、重要でありながらも、これまであまり検討されてこなかった課題を気づかせてくれた。その意味で本判決事案の意義は大きいといえる。
差引認定基準3(上記Ⅰの2(2))には「「はじめて2級による年金」に該当する場合は、適用しない。」との記載がある。なぜであろうか。
差引認定と「初めて1級・2級」規定は根本的に矛盾しているからである。
厚年法47条の3は「疾病にかかり、又は負傷し、かつ、その傷病(以下…「基準傷病」という。)に係る初診日において被保険者であつた者であつて、基準傷病以外の傷病により障害の状態にあるものが、基準傷病に係る障害認定日以後65歳に達する日の前日までの間において、初めて、基準傷病による障害(以下…「基準障害」という。)と他の障害とを併合して障害等級の1級又は2級に該当する程度の障害の状態に該当するに至つたとき(基準傷病の初診日が、基準傷病以外の傷病…に係る初診日以降であるときに限る。)は、その者に基準障害と他の障害とを併合した障害の程度による障害基礎年金を支給する。」(国年法30条の3は「障害厚生年金」が「障害基礎年金」となっているだけで他は同一)としている。
「初めて1級・2級」は、本来は納付要件を充足せず社会保険の対象とされない場合があったり、加入制度の異なる場合がある前発障害も含めた複数の障害による状態を足し算した、現状のみで障害の程度を認定する。一方、差引認定は社会保険の対象とされない場合があったり、加入制度の異なる場合がある前発障害の程度を複数の障害による現状の程度から差し引いて、保険給付の対象とする後発障害の障害の程度を認定する。この二つは認定の方向性が真逆であり、根本的に相容れない認定方法である。
「初めて1級・2級」は前発障害について、加入要件も納付要件も問わないという点で、社会保険原理を大きく修正する規定といえる。
相矛盾する「初めて1級・2級」と差引認定が併存しているのは、歴史的経過の産物といえる。
被保険者になる前に生じた障害をも併合して障害の程度を認定するという「初めて1級・2級」に近い規定は、旧(1985年改正前の法を指す。以下同じ)国年法にはあった。そして、旧国年法には差引認定基準は存在していなかった。
一方、旧厚年には、被保険者になる前に生じた障害をも給付の対象とするという規定はなく、逆に、被保険者になる前に生じた障害と同一部位に、被保険者中の障害が生じた場合には差し引いて認定するという差引認定基準を有していた[14]。厚年には、基礎年金が創設されて国年と2級までを合体させた1985年改正で初めて被保険者になる前に生じた障害をも給付の対象とする「初めて1級・2級」が規定されたのである。
旧国年法の「初めて1級・2級」の原型規定は、1961年に新設された(1961年10月1日施行、同年4月1日から適用)された法30条2項[15]に規定されたもので、被保険者ではなかった20歳前や国年創設前に障害があったけれども、その障害は2級よりも軽いものだった人に、国年被保険者中に生じた後発障害が一定の程度[16]以上である場合で、前発障害と併合して2級以上であるときには、障害福祉年金ではなく、(福祉年金よりも額の高い)拠出性の障害年金を支給する、というものであった。一方、旧厚年法は、従前所得保障という趣旨から、被保険者になる前の障害は給付対象にしないため、差引認定基準があり、かつ、被保険者になる前の障害を含めて給付の対象にするという規定はなかった[17]。
以上の経過からしても、そもそも差引認定[18]と「初めて1級・2級」は、その趣旨や成立経過から、根本的に相容れない規定であるといえよう。
1985年改正において、厚年法にも初めて1級・2級規定が新設され、国年法、厚年法ともに、前発障害は20歳前や国年創設前に限定されることなく、かつ、「基準障害と併合して初めて1級又は2級に該当する程度に至ったとき」と規定され、後発障害の程度ではなく前発障害[19]の程度が2級に満たないこと、2級の受給権を一度も取得したことがないことが要件として加えられて、1985年改正法の初めて1級・2級規定が制定された。
この初めて1級・2級について、国は次のように説明している。「従来の障害年金制度においては、それのみでは障害等級に該当しないような軽度の障害が別々に生じた場合、合わせると障害等級表に該当する障害状態になった場合であっても、障害年金は支給されないこととされていた。しかしながら、このような者も同じ障害者であることに変わりはないため、関係者から改善が要望されてきた。社会保険の仕組みの範囲内で制度の改善を図ることとし、国民年金に設けられていた20歳前障害のある者が国民年金の加入中に発生した軽度の障害と合わせて障害等級表に該当する障害となった場合には、拠出制の障害年金が支給されるという制度の考え方にならい、軽度の障害のある者がさらに被保険者中に発生した障害をいわば「ひきがね」として初めて一定(現行国民年金の障害等級表の2級)以上の障害となったときに障害年金を支給することとしたものである(国30の3)。「ひきがね」となった被保険者中に発生した障害については、3分の1以上の滞納期がないという一般の納付要件を問う。一定の「ひきがね」となる障害の発生により、「初めて2級」になる場合に支給するものであるから、その「ひきがね」となる障害の程度も自ら一定程度以上の障害であることが必要である。したがつて、実際には、厚生年金の3級障害程度のものが複数生じた場合のようなケースが一般的であると想定している。」[20]
社会保険原理からすると、大幅な修正といえよう。現状の障害の程度が1級または2級という重度の状態にある場合に、それが複数障害が合わさった結果であり、かつ、前発障害については加入要件や納付要件を満たしていないとしても、後発障害について加入要件や納付要件を満たすのであれば、前発障害をひっくるめた現状の障害の程度について障害年金を支給するというのである。障害年金制度から除かれた複数障害による障害者に対しては朗報であった。ここまでくると、旧国年法の「併合して1級・2級」以上に、差引認定とはまったく逆向きの制度であることが明白となったといえよう。
にもかかわらず、差引認定は旧厚年法の認定基準のまま、1985年改正法の認定基準にも引き継がれることになる。
差引認定は2017年改正の後も、以下の点で根本的な問題をはらんでいる。
第1に、本判決事案のように、前発障害と後発障害の加入要件が相違している場合で、前発障害が1級で、前発障害の初診日では厚年被保険者ではなく、後発障害が前発障害と同一の部位に生じ、厚年被保険者中に初診日があり、それまでに多額の厚年保険料を負担していて、かつ、前発障害と後発障害を併せた障害の程度はより重度となっても、障害厚生年金が受給できない。
第2に、差引認定は同一部位にある障害について、前発障害の程度が認定できることを前提としているため、前発障害の程度が判断できない場合、現状の障害(または前発の障害)が明らかに障害等級に該当していても、障害年金制度から排除されてしまうという結果をもたらす。裁決例だけでみても、このような事案が多数あり、前発障害の程度が判断できないという理由だけで、現行の障害年金が障害者の所得保障として機能していないことを明確に示している[21]。
第3に、差引認定で使われる活動能力減退率は合理的説明ができない数値(前述Ⅰの2(2)注4)であることから、この数値に基づいて差引認定がなされ、その数値により等級が決まるということ自体に合理性がまったくない。
一方、初めて1級・2級にも問題がある。
旧国年法の「併合して1級・2級」とは違って、基準障害を併合して2級以上となる前に、前発障害による状態が2級未満の程度であったことが要件とされている。そのため、Ⅰの裁判事案のように、2級の受給権を得ているものは対象とならない。受給権を得ていなくても、前発障害が2級未満であることが証明できない場合にも、初めて1級・2級の受給権が発生しない。
さらに、Ⅰの裁判事案のように、障害基礎年金2級以上の受給権者は、厚年被保険者中に後発障害が生じて、その障害との併合によって障害が決定的に増悪しても、障害厚生年金の受給権が発生することはない。
複数の障害によっても3級以下にとどまる場合も、複数障害をひっくるめて3級と認定されることない。
このような初めて1級・2級の現状の法規定は、社会保険原理を拡張および修正して、前発障害による障害も含めて現状の障害状態の程度に応じて障害年金を支給しようとした1985年改正時の「初めて1級・2級」条文の新設趣旨に十分に応えたものとはなっていない。
2017年の差引認定の改正により、差引認定の適用により、現状の程度と合わない程度認定となるケースは大幅に減ったことは確かである。
しかし、本裁判事案のように前発障害も障害年金上は既に重度である場合に、複数障害の結果、障害の程度がさらに増悪しても、差引認定が適用されると後発障害の程度は非常に軽度のものとしか認定されない。
これは差引認定自体が、社会保険原理を徹底させた結果、現状の障害の程度に応じ、被保険者となる前の障害の程度をも給付の対象とし、かつ、前発障害後の厚年被保険者期間における保険料負担を反映させて給付を行うという「初めて1級・2級」の制定趣旨と真逆の論理により貫かれているからである。
以上から、法定されている「初めて1級・2級」の趣旨に反する差引認定は廃止されることが望ましい。
現行法令の行政解釈と取扱いからすれば、「初めて1級・2級」は別傷病による前発障害について2級以上の障害年金の受給権者だけでなく、前発障害では2級以上の受給権がない場合でも、前発障害が2級未満であると認定されることが適用要件となっている。前発障害の同一部位に後発障害が生じた場合には、前発障害の程度が2級未満であったことを証明することは困難な場合が多い。
まずは、このようなケースをなくすため、この前発障害が2級未満であることを証明しなければ、「初めて1級・2級」の受給権を発生させないという取り扱いを改めて、前発障害が2級未満であることを証明できるか否かにかかわらず、前発障害で2級以上の受給権を得ていない場合には、積極的に「初めて1級・2級」の受給権を発生されるという取扱いに改めることが求められるであろう。
上記2だけでは前発障害で1級または2級の受給権を得ているものは、「初めて1級・2級」の適用がないことに変わりはない。
では、Ⅰの裁判事案について、「初めて1級・2級」という社会保険原理の修正をさらに拡張させることにより、「障害基礎年金および障害厚生年金」1級の受給権を発生させることは可能だろうか。
前発障害について2級または1級の受給権が発生している場合であっても、前発障害と(1つまたは複数の)後発障害と併合して障害が増悪していること(この判断の仕方については後述「おわりに」参照)が認められ、前発障害と(1つまたは複数の)後発障害と併合して1級または2級に該当すれば、最後に初診日がある障害について加入要件および納付要件に基づく1級または2級の受給権が発生することとするよう提案したい。
これは、国年法30条の3および厚年法47条の3から「初めて」を削除し、前発障害と(1つまたは複数の)後発障害と併合して障害が増悪している場合には、いわば「併合1級」および「併合2級」の受給権を発生させるということである。そして、「併合3級」も新設する。
これにより、本判決事案については、前発障害が障害基礎年金1級であったこととは無関係に、前発障害と後発障害を併合した併合1級の受給権が発生する。その年金は、後発障害の初診日において厚年被保険者であったことから、「障害基礎年金および障害厚生年金」1級になる。
また、この「初めて」の削除により、上記2についても明確に「併合 1級・2級」の受給権が発生することになる。
本判決事案以外にも、これにより救済される事案は存在する。
たとえば、国年被保険者中に初診日のあるうつ病で2級の受給権を得たものの、その後軽快して3級となり支給停止となっていた人が厚年被保険者であった期間に、2度の交通事故に遭い、1度目で右下肢の2関節の用を廃したもの(関節可動域が健側の半分以下, 3級・併合判定参考表6号・活動能力減退率40%)となり、2度目の事故の結果、(2度目の事故単独での障害ではなく)2度の事故による障害(後発障害)を併せた障害の程度が右下肢の用を全く廃したもの(2関節の関節可動域が健側の半分以下かつ筋力半減以下, 2級・併合判定参考表4号・活動能力減退率79%)となった事案を検討する。後発障害の等級は差引認定により差引残存率39%で3級(併合判定参考表7号)である。このケースでは、精神障害で2級の受給権があるので、「初めて2級」の受給権は発生せず、後発障害3級と精神障害3級(併合判定参考表7号)を併合しても、併合(加重)認定(認定基準第3第2章2節)[22]により、3級にとどまる。
これに対して、法条文から「初めて」を削除して、「併合2級」の受給権を発生させることができれば、精神障害2級の受給権の有無とは無関係に、2級の受給権が得られることになる。そして、本裁判事案と同様に、後発障害(基準障害)の初診日において、厚年被保険者であった場合には、併合した障害の程度に応じた国年法30条の3に基づく障害基礎年金および厚年法47条の3に基づく障害厚生年金の受給権が発生する。
このいわば「併合 1級・2級」は、1985年改正時の「初めて1級・2級」の立法趣旨、すなわち複数障害による障害の現状に対して、たとえ前発障害については加入要件や納付要件は満たさずとも、障害年金の対象とするとした趣旨に沿い、その方向性を発展させたものといえる。
現行法で、国年法および厚年法に規定されている「初めて1級・2級」の論理を発展させ、差引認定を廃止し、前発障害で2級以上の(受給権者のみならず)障害状態にあったかどうかであったかどうかとは無関係に、現状の程度について、後発障害と併合して「1級・2級」に該当すれば、「併合1級・2級」の受給権を認めるよう法を改正し、「併合3級」も新設することが望まれる。
同一部位に生じた複数の障害により、日常生活制限や稼得活動制限、社会参加制約を受けている人が、単一の障害により同様の制限と制約を受けている人に比して、障害年金が受給できにくく、給付対象から除外されている現状は不公正というほかない。複数障害は差し引くのではなく、ひっくるめて障害年金の対象とする。それが「初めて1級・2級」を法定した時の趣旨であったことを想起し、それにより複数障害のさまざまなケースを障害年金の対象とするよう法、法解釈、取扱いを改めていくことが求められている。
残された問題にふれておく。
第1に、併合1級または2級の受給権発生の要件とした、前発障害と(1つまたは複数の)後発障害と併合して障害が増悪していることの判断を何に基づいて行うのかという課題がある。現行の認定基準からすれば、併合認定基準の併合判定参考表の号数ごとの「現在の活動能力減退率」によることが考えられる。しかし、これは前述(注7)のとおり、各障害事項がどうしてそのような減退率となるのか、障害事項ごとの軽重はどのように判断されたのかについて、合理的説明がまったくできないものである。各障害事項の軽重の分類については、人一人の総体としての全般的な活動制限および社会参加制約の程度ならびに社会的障壁の程度を反映するものとするように根本的に作り替えることが求められる[23]。
第2に、現状では障害等級に該当しているものの、最後に初診日のある障害では加入要件および納付要件が充足しておらず、それまでの(1つまたは複数の)前発障害と同一部位に後発障害が加わったために、加入要件および納付要件を満たす前発障害が障害年金の支給程度であることを証明できないケースを障害年金の対象にするには障害の程度認定をどのように行うのかを検討する必要がある。この場合には、加入要件および納付要件を満たす前発障害(または最後の障害までの複数の障害)の程度を医学的に類推するという、障害の程度の認定方法を積極的に導入すべきではないかと思われる。
以上
[1] 厚労省, 差引認定基準の見直しに関する専門家ヒアリング,資料3「差引認定基準の見直しについて」「差引認定を行わないとすると、① 保険料未納などにより前発障害が受給要件を満たしていない場合には、本来であれば受給対象とならない前発障害を含めた障害等級で認定されてしまう可能性がある、② 前発障害と後発障害の加入制度が異なる場合(例:前発は国年加入、後発は厚年加入)等において、後発障害の受給権の有無や障害等級を判断することができない」
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12501000-Nenkinkyoku-Soumuka/0000167512.pdf
なお、②については、実務上、前発障害と後発障害が同一の加入制度であり、かつ、ともに納付要件を充足していても、初めて1級・2級に該当する場合を除いて、前発障害、後発障害のそれぞれの障害等級を判断することになる。そのため、この文意は、同一部位に障害が重複した場合に差引認定を行わないと後発障害の等級認定ができない、というものであると解される。
[2] LEX/TB文献番号25592961
[3] 本件については差引認定との関係から、複数障害のうち、特にことわらない場合は、同一部位についての複数障害の検討が中心となる。同一部位の定義については、後述Ⅰの2の(2)参照。ただし、認定基準の定義では明確ではないが、本稿では原因が医学的に異なる精神障害が2つある場合(たとえば統合失調症と脳血管障害による高次脳機能障害)も同一部位の障害として考察する。
[4] LEX/TB文献番号25592960
[5] 「国民年金・厚生年金保険障害認定基準の改正について」(2002年 3月15日庁保発12号)別添。
[6] 併合の手法は他に併合(過重)認定と総合認定がある。これらも手法自体合理的説明ができないもので、法令にすら則った併合結果をもたらしていない。結果、複数障害者は現状に対応した障害年金を受給できていない。安部敬太「障害年金における複数障害の併合認定手法」障害年金法ジャーナル2号(2022年3月)249-272頁、安部敬太「障害年金における障害認定の現状」障害法6号(2022年11月)10-11頁。
[7] 活動能力減退率(1985年改正前は労働能力減退率)の根拠は労働者災害補償保険法の労働能力喪失率をスライドしたものであり、この喪失率は、労働基準法別表1の各障害等級別の給付日数を、死亡が100 %喪失であることを根拠に遺族給付(100%喪失)に対して百分率にしたにすぎない。つまり、この差引認定の方法自体がまったく合理的説明がつかない認定手法である。安部敬太「障害年金における等級認定—その歴史的変遷—(1)」早稲田大学大学院法研論集176号(2020年12月)16頁。
[8] この点でも本判決は誤っている。本判決は差引認定を行った結果の差引残存率は24%で、1眼が0.02以下(併合判定参考表8号)の活動能力減退率は45%であるものの、この結果により、症状が固定している(傷病が治っている)のであれば障害手当金となる。本判決は45%を差引結果認定表の差引残存率として扱い、3級12号としている。しかし、この差引残存率は差引認定の結果の数値であって、活動能力減退率ではない。8号というのは併合認定参考表の号数で、傷病が治った場合には障害手当金であり、厚年施行令3級14号として3級が支給されるのは傷病が治っていない場合に限られる。本件の右眼が失明状態にあるのなら、傷病は治った(症状固定)と認定される可能性が高く、そうなれば障害手当金の支給にとどまる。この点、一審判決も同様に誤っている。
[9] なお、本高裁判決は、国は上告せず、確定しているものの、国が上告することは、社会的影響が大きかったり、法的安定性に関わると国が判断した場合を除いて、一般的とは言えず、あまり重視できないと考えられる。
[10] これによって差引認定による併合または選択後の等級は、現状の等級と同一となるケースが多くなり、差引認定により現状1級であっても、前発障害が2級の場合には前発障害と後発障害との併合結果が1級となることがありえなかった改正前と比べると大きく改善された。ただし、それでもまだ現状の等級との相違がある場合が残されている。安部敬太ほか『新訂第2版 詳解 障害年金相談ハンドブック』(日本法令・2022)707頁。さらに、本校はより根本的な差引認定そのものの不合理を論じるものである。
[11] 藤原 精吾「障害年金の「差引認定基準」の見直しを実現」賃金と社会保障1720号(2018年12月)4〜22頁。
[12] 原告は後発障害の脊髄損傷だけで1級認定が可能で差引認定を適用しないというのは、個別事案を救済し、差引認定基準には手をつけようとしないマヤカシであり、「現状1級なのに、前発障害と、それを差引した後発障害の併合または選択結果が現状等級と一致しないことに合理性はない」と主張し、それが差引認定の大改正につながった。
[13] 注7参照。
[14] 厚年認定基準に差引認定が初めて記載されたのは「厚生年金保険における廃疾の認定基準について」(昭33年6月13日保発40号)。『社会保険旬報』295号(1958年)13 頁。安部敬太「障害年金における等級認定—その歴史的変遷—(1)」早稲田大学大学院法研論集176号(2020年12月)15頁。
[15] 1985年改正前国年法30条2項は「初診日が20歳に達する目前である傷病により廃疾の状態にある者が、20歳に達した日以後にさらに疾病にかかり又は負傷した場合において、前項各号の要件に該当し、かつ、新たに発した傷病に係る廃疾認定日において、前後の廃疾を併合して別表に定める程度の廃疾の状態にあるときは、その者に前後の廃疾を併合した廃疾の程度による障害年金を支給する。ただし、新たに発した傷病に係る廃疾が厚生大臣の定める程度以上のものである場合に限る」というものであった。
[16] 1961年厚生省告示第376号「併合認定の対象となる新たに発した傷病に係る廃疾の程度を定める件」最終改正1966年12月適用。視覚障害、聴覚障害、肢体障害の機能障害16項目のほか、「日常生活が制限を受ける」という包括規定がある。この包括条項については、「日常生活にやや制限を受ける程度、すなわち日常生活において制限はあるが、労働により収入を得ることは不可能ではない程度」(社会保険庁年金保険部監修『国民年金陣害等級の認定指針』(厚生出版社・1981)336頁)とされる。機能障害については、現行等級表、認定基準における障害手当金または3級程度の障害事項に重なるものがある。
[17] 「20歳前又は昭和36年4月1目前に初診日があり廃疾の状態(程度は問わない)にある者が、被保険者になった後、別の負傷又は疾病にかかり、その傷病により、一定の廃疾の状態(基準障害の程度)に該当し、前後の廃疾の程度を併合すれば法別表2級以上の程度に該当するときは、後の傷病について保険料納付等の条件を満たしていれば、障害年金が支給される。これは、後の障害—被保険者になってからの障害—が一定条件にあるならばこれを動機として制度加入前の障害をも拠出制年金の支給対象とする趣旨によるものである。(被用者年金制度では、加入後の事故のみを給付の対象とし、制度加入前の既存障害—国民年金の場合でいえば前の障害に相当する—は、全体の障害の程度からその障害の程度を差し引した残りの障害の程度又は後の障害のみの程度のいずれか高い方によって給付が行なわれる。)」。社会保険庁年金保険部監修『国民年金陣害等級の認定指針』(厚生出版社・1968)7頁。
[18] ただし、少なくとも現在の取扱いとしては、差引認定は前発障害の初診日が厚年被保険者中で、納付要件を満たしている場合でも適用されている。これは保険原理では説明がつかない。保険原理を理由に作られた差引認定基準が、保険原理よりも上位に置かれて運用されているといえよう。
[19] 旧国年法30条2項については「前発障害の廃疾の程度の如何は問われない」(注7・339頁)とされた。すなわち、旧国年法には「初めて」という要件はなく(注15)、後発障害が一定の程度の障害にあれば、前発障害だけで2級以上であってもこの規定は適用されたことになろう。
[20] 国民年金制度研究会『国民年金質疑応答逐条改正経過集覧』(ぎょうせい・1975)加除式1071-7〜1071-8頁
[21] 安部敬太「障害年金における障害認定の現状」障害法6号(2022年11月)11頁, 17頁(注21・23)。
[22] この場合で2級とならないのは、併合(加重)認定の問題ともいえる。どんな3級であっても2つあれば2級にするということであれば、まだ比較的公平性が確保されているといえるかもしれない。しかし、現行の併合(加重)認定では、厚年施行令別表1に具体的な機能障害が列記されている、視覚、聴覚、肢体等の外部障害の一部だけはもう一つ別の3級があれば2級となるものの、それ以外の障害事項は3級が3つあって、やっと2級に繰り上がる。
[23] 本誌に掲載されている障害年金法研究会「「障害年金2025年制度改革への障害年金法研究会からの提言書」の「三 障害認定方法の改革提案(医学モデルから社会モデルへの改革)」が参考となる。