障害年金訴訟の争点

 

 

線維筋痛症に関する

訴訟(東京地裁202065日判決)を担当して

 

弁護士 池原毅和

 

本日のテーマ

 

東京地裁202065日判決で争われたこと

 

障害年金訴訟で必要なこと

 

 

東京地裁202065日判決の争点

 

線維筋痛症の初診日:先行する症状、暫定診断は線維筋痛症についての症状と治療と認められるか。因果関係が認められるか。

 

          障害認定日における症状は3 級に相当するか。

 

          裁定請求、審査請求、再審査請求手続で保険者側が不支給事由としていなかった要件

(障害認定日における障害の状態が3級に満たないこと)を訴訟で不支給決定が誤りでないことの理由にできるか(先行行政手続で審査されていない事項を行政訴訟で追加することの可否)

 

発症と治療の経過

 

X年8月 地元整形外科:右示指腱鞘炎、外用薬処方等、疼痛改善なければ受診指示

 同月 地元総合病院:しびれなど主訴、ギランバレー症候群等検査したが原因疾患の診断に至らず

X年9月 都内A 大学病院神経内科:精査目的で入院、指しびれから四肢のしびれ、脱力、歩行困難、髄液検査、MRI等施行、原因不明所見

X12月 都内B 大学病院:神経筋疾患は否定され、同月16日、心因疾患の疑いで精神科を紹介された。精神科でパニック障害などとして診療は継続

X+1年9月 線維筋痛症専門医の確定診断

  X+1年1月退職 

X年8月の整形外科医院での腱鞘炎診断と外用薬の処方は線維筋痛症について「診療を受けた」ことになるか。

 

被告の主張    

「初診日」とは、「単に医師等を受診した日に傷病を発症していたというだけでは足りず」、「当該傷病につき初めて医師等の診療を受けた日(治療行為又は療養の指示があった日)をいうと解される」とし、地元整形外科医院における診断名が「右手示指腱鞘炎」であり、それに対する診療内容も「外用薬の処方とストレッチ指導」にとどまり、線維筋痛症に対する主たる治療方法である「抗うつ剤、抗てんかん薬」などが処方されていないことから、「線維筋痛症に関して、同院にて、診療(具体的な治療又は療養の指示)を受けていたとは認められない」とする。

 

原告の反論

          起因傷病が含まれること

厚年法が初診日の要件として定義する「傷病」とは、「疾病(線維筋痛症)にかかり、・・・、その疾病(線維筋痛症)・・・に起因する疾病」(同法

47条1項)と定められている。本件に照らせば、線維筋痛症に限定されずそれに起因する疾病を含む概念。

          東京地方裁判所平成16年3月24日判決:疾病(中心性細胞腫)に基因する疾病(視力低下)に対する診療を中心性細胞腫による身体障害の初診日と認める。

          福岡地方裁判所平成17年4月22日判決:統合失調症と不眠、吐き気、頭痛などによる内科受診を統合失調症の初診日と認める。

          なお、最高裁平成20年10月10日第二小法廷判決は、統合失調症について医療機関への受診の事実がない単なる発病の事実を初診日と同視する拡張解釈を否定した判例

          「社会保険業務センターつうしん」、「障害の原因となった傷病の前に、因果関係があるこ

とが認められる傷病があるときは、最初の7    傷病の初診日となります」と記載

 

先行する症状と線維筋痛症との因果関係

または、同一性は認められるか。

 

被告の主張

          「線維筋痛症の疼痛は、腱付着部炎や筋力、関節などに及び四肢から身体全体に激しい疼痛が拡散するものとされている」とし、地元整形外科受診当時、原告に激しい疼痛が生じていたことや激しい疼痛が「身体全体に拡散していったことをうかがわせる所見も何ら見受けられない」

 

原告の反論

          診断基準(線維筋痛症診断ガイドライン2017、13頁)において、「激しい疼痛」の存在は診断基準に示されていない。

          また、「全身の慢性疼痛」や「広範囲の疼痛」は基準に示されているが、「拡散していく」という症状の進行性を基準とする記述はない。

          被告は、その後の原告の診療経過についても同様の論拠から「全身に疼痛が拡散していったことを示す所見や激しい疼痛が生じていたとする所見は見受けられ」ないとするが、疾患の進行に伴って「激しい疼痛が全身に拡散していく」という被告の論述は線維筋痛症の病態及び臨床像(ガイドライン、

11ないし12頁)の記述にはない医学的根拠を欠く説明である。

 

疾患は一方向的に悪化するという先入観

          被告は、「X年8月から12月時点で、線維筋 痛 症であったとすると、そのもっとも主要な症状である『痛み』が徐々に悪化するどころか、一旦治まり、9ヶ月後に突然再度あらわれて全 身に拡散したというのは不自然である」とする。

          しかし、線維筋痛症の発症様式としては潜行性発症(症状が明らかでない状態で進行する場合)が27.5%あるとされており(ガイドライン、版による記 述注意)、また、全身痛を伴わない者が約10%、関節痛を伴わない者が約20%、筋肉痛を伴わない者が約 30%ある。また、 痛みは

「慢性痛であっても、日差・日変動があり、しかも激しい運動や不活動、睡眠不足、情緒的ストレス、天候などの外的要因によって悪化することが多」いとされている。

          従って、痛みは発症様式として潜在化することもありえ、また、外的要因により変動することもあるので、原 告に対するX 年8 月以降の診療経過から線維筋痛症の確定診断に至るまでの経緯において、「痛みが徐々に悪化する」という経 過を取らなかったとしてもなんら不自然な点はない。

 

暫定診断との関係

          被告は、線維筋痛症に前駆症状が必ずあらわれるという医学的知見は明らかでなく、また、X年9月より前の症状が、線維筋痛症の前駆症状であり、これが悪化していったとみることが不自然であったことは、同疾患が疑われず、それより遥かに稀な難病であるギランバレー症候群が疑われたことからも明らかであるとする。しかし、厚生労働省の疫学調査によっ て、線維筋痛症の確定診断がなされるま

でに発症から平均4.3±7.4年という長期を要していることが明らかになっており

(ガイドライン)、多くの患者が診断不明、あるいは他の疾患と扱われているとされている(「線維筋痛症診療ガイドライン

2013の記載方法」)。また、ギランバレー症候群は線維筋痛症との鑑別を要する重要な疾患とされており(ガイドライン)、むしろ、両疾患は、診断上の鑑別が必要な近似性のある疾患ということができる。

しかも、ギランバレー症候群の疑いで受診(都内総合病院)を要した「疾病」は治癒したとされてはいない。当時原因不明とされた疾病は、治癒することなく存続 し、X+1年9月に線維筋痛症の症状の一部として専門医に確認された疾病であった。  

 

主要症状と随伴症状の関係

          被告は、「主要症状がないままに、随伴症状が出現するという医学的知見はない」、「随伴症状として出現し得るとされている症状の一部の症状があるということのみをもって、本件傷病が発症していたとすることはできず、少なくとも本件傷病の主要症状が出現し、これに対する診療を受けたと認められるに足りる証拠が必要である」と主張

          むしろ、主要症状と随伴症状の説明において、主要症状が先行して存在しそれに伴って随伴症状が出現するとする発症様式の説明は行われておらず(ガイドライン)、疫学調査では線維筋痛症患者の27.5%が潜行性発症であることが判明している。従って、主症状

⇒随伴症状という因果的流れがあるはずとする被告の主張には医学的根拠がない。

          確定診断を行うためには主要症状の存在が認められることが必要であるとしても、主要症状がないからといって、先行する諸症状が線維筋痛症の症状であることを否定することはできない。先行視的には随伴症状が線維筋痛症に由来する症状であることが確定できなくても、確定診断後に後方視的に観察すれば、先行した随伴症状が線維筋痛症に由来したものであることは確 認できる。★ 通常の法的因果関係論との違い

 

初診日に直接診察していない症状に関する後医分析の正確性

          被告は、専門医はX+1年9月以前に原告の診察はしておらず、また、原告の病状の経過を直接知りうる立場にはない。飽くまでも同医師は、原告から提供された資料や申し出に基づき、同医師が診察する前の期間に係る原告の本件傷病の初診日を推認し、かつその可能性を述べるにすぎないので、その診療情報提供書の記載を根拠にX年8月29日を初診日と認定することはできないと主張する。

しかし、被告の主張は、障害年金制度そのものを否定する主張である。障害年金制度は障害認定医による障害の有無及び程度の認定を前提としているが、障害認定医は、個別の裁定請求者の病状を直接知りうる立場にはなく、飽くまで裁定請求者から提供された資料や申出に基づき判断をしており、本件専門医が患者を直接診療しているのに比べれば、さらに間接的な書面審査しかできない状態におかれている。また、障害認定医は、線維筋痛症の診療を専門領域とする医師ではない。従って、本件専門医の見解が信用できないとするのであれば、障害認定医の見解はいっそう信用できないことになる。被告の主張は自ら行っている判定方法の正当性を主張しながら、同様の方法をとる原告の判定方法を否定しようとする信義に反する主張と言わなければならない。       

 

因果関係の時系列的接合

(原告)

          X年7月から8月にかけて「熱中症様症状」(筋肉痛、筋肉の硬直等)、「手足のしびれ感、こむら返り」、「右手~右肘にかけてジンジンする感じ」、「両手両足にジンジンする感じが広がり手全体に広がり、肩までしびれる感じ」が生じ、

          X年8月29日(木曜日)、地元整形外科を受診し、「右手示指腱鞘炎」、「疼痛の改善がないときは受診指示」された。

          しかし、原告は、単なる腱鞘炎とは異なる異常さを感じ、同年9 月2日(月曜日)、地元かかりつけ医を受診し、「四肢のジンジンするしびれ感」などを「傷病名」として、地元総合病院病院を精 査加療目的で紹介された。同院では四肢のしびれについて、頚椎症やギランバレー症候群を考えたが、症状の原因となる疾患の診断には至らなかった。

          原告は、原因が判明しないまま身体の不調に悩まされ続け、何とかその原因の解明と適切な治療を受けようと考え、同じく「四 肢のしびれ、脱力、ギランバレー症候群の疑い」で、同月11

日、都内A大学病院を受診した。同院は先行する医療機関と同様に同年8月からの諸症状の原因疾患を探索したが、症状の 原因となる所見をえられず、「精神疾患」を疑い、同年12月4 日、「精神科を紹介」して終診とした。

          原告は、これを受けて同月6日、都内B大学病院を受診し、同 年8月からの諸症状について脳神経内科の診療を受けたが神経筋疾患は否定され、同月16日、心因疾患の疑いで精神科を紹介された。原告はそれを受けて、翌17日、同院精神科を受 診したが、同年8月以来の症状の原因になる明らかな精神疾 患は認められなかったものの、診療は継続された。

          その後、「線維筋痛症専門医を受診したところ、線維筋痛症が明らかとなったため」、同大学病院での診療は終了することに なった。すなわち、同病院において継続されていた精神科での診療は線維筋痛症の確定診断に基づく診療の開始により不要と判断されたのであり、X年8月以降の症状について最終的に精神科領域の疾患なのではないかとされて行われていた診療は線維筋痛症の確定診断と診療で必要十分であると判断されたのであるから、それらの症状が線維筋痛症に基づくもの15で あったことは明らかである。

 

症状と治療による因果関係の接合(原告)

          前提症状の同一性原因解明されず、治癒もない経過

          同一症状・病態に対して、さまざまな暫定診断:右手示指腱鞘炎、ギランバレー症候群の疑い、原因疾患不明、精神疾患の疑いなどがあり、各医療機関ごとに精査や試行錯誤の診療が行われていた経過であることは明らかである。

          そして、身 体的に原因疾患が見いだせないことから、精神科領域の疾患が最終的に疑われたが、診療を行っていた都内B大学神経精神科では、線維筋痛症の確定診断によって同科の診療を終了しているのであるから、最終的に精神科領域の疾患ではないかと疑われたX年8月以降の諸症状は、線維筋痛症の症状であったことが、診療経過に照らして明らか。

          原告について確定診断まで最も長く診療を行った都内B大学病院においても、X+1年9月に確定診断が下された原告の線維筋痛症とそれに先行するX年

8月以降の諸症状について、「その後診断された線維筋痛症も心因の関与が考えられる疾患であり、引き続き生じている一連の症状は当科初診時からの症状からの症状と連続性のある疾患として矛盾ありません。」と回答している。この回答からすれば、X年

8月29日の地元整形外科の診療は線維筋痛症に起因する症状に対する診療であったと認めることができる。

 

弁護士法23条の2による照会

          照会事項                                          

Pは、X年12月、同年8月頃より倦怠感、手

の痺れの症状が出現し、続いて両下肢の痺れ、脱力感が出現したとして、地元総合病院病院リウマチ科、都内A大学神経内科、、貴院神経内科を受診しましたが、原因は不明で心因性を疑われて貴院神経精神科を受診しました。同人はその後、X+1年9月、線維筋痛症の確定診断を受けるに至っています。

          後方視的(retrospective)に、その経過を観察した場合、貴院で原因不明とされ心因性を疑われた上記諸症状は、最終的に線維筋痛症と確定診断された疾患またはそれに起因する疾患の症状として矛盾する点や疑義がありますか。ある場合は具体的にご指摘ください。

          照会理由

          Pは、X年12月、同年8月頃より倦怠感、手の痺れの症状が出現し、続いて両下肢の痺れ、脱力感が出現したとして、地元総合病院リウマチ科、都内A 大学神経内科、貴院神経内科を受診しましたが、原因は不明で心因性を疑われて貴院神経精神科を受診しました。同人はその後、別紙の経過を経て、X+1年9月、線維筋痛症の確定診断を受けるに至っています。

          同人は、その後、線維筋痛症のために日常生活および社会生活に支障を生じるようになったため、障害基礎年金・障害厚生年金の申請を行いました。しかし、処分行政庁は、線維筋痛症またはそれに起因する疾患の初診がX年8月末頃であれば、年金受給資格が認められるけれども、線維筋痛症の診断がなされたのは、X+1年9月であり、その日に先行する貴院において原因不明で心因性を疑われた諸症状は、最終確定診断である線維筋痛症との間に因果関係がない、として年金受給資格を否定しています。

                     しかしながら、線維筋痛症の確定診断に至るまでには平均4.3±7.4年の長期を要すると報告されており、確定診断に至るまでにさまざまな症状を呈するとされているため、後方視的(retrospective)に観察すれば、当初の診断が線維筋痛症の初期症状に基づくものであったと認められる場合も少なくないと考えられます。また、貴院神経精神科においては、「線維筋痛症が明らかになったため」同診療科における診療を終了しておられるので、貴院で原因不明とされ心因性を疑われた上記諸症状は、最終的に線維筋痛症と確定診断された疾患またはそれに起因する疾患に対する治療で足りるものとされているようにも見受けられます。

                     そこで、本照会制度は意見照会を目的とするものではないが、貴院受診後になされた線維筋痛症の確定診断と、それに至る別紙経過からみて、貴院において心因性を疑われた上記諸症状が、最終的に線維筋痛症と確定診断された疾患またはそれに起因する疾患の症状として矛盾する点や疑義18 あるか、また、あるとすると、どのような点かをご教示ください。

 

照会請求に対する各医療機関のいろいろな回答

          その後、診断された線維筋痛症も心因の関与が考えられる疾患であり、ひきつづき出現した一連の症状は、当科初診時から症状に連続性のある疾患として矛盾ありません。(都内B大学病院)

          専門家ではないのでわかりません。(地元かかりつけ医)

          症状の経過を羅列して当たり障りのない回答(産業医)

          廃院(地元整形外科医院)

          線維筋痛症の症状は多彩であり、一般論としてそれに矛盾する症状をあげることが難しい、担当医が退職しており、カルテ記載からの印象のみで回答することは難しい。(地元総合病院)

          当科では線維筋痛症か否かの判断は困難(専門外)、カルテ医開示の上、線維筋痛症と診断した医師にカルテ記載内容を検討していただくのが望ましい。(都内A 大学病院)

 

行政庁が判断しなかった他の要件の非該当を訴訟で追加主張することの可否

初診日要件のみが再審査請求までの不支給の理由であったが、訴訟で初診日要件は争いえないと考えて、障害認定日における障害の状態が厚年3級に満たないと主張を追加したこと

 

最高裁判所平成5年2月16日第三小法廷判決(民集47巻2号473頁)

          労働者災害補償保険法に関し、行政庁が、業務起因性については調査、判断することなく、専ら被災者らが業務に従事した期間が同法施行前であることを理由に不支給決定をした事案で、訴訟段階で業務起因性の追加主張を行った場合について、「業務起因性については第一次的に労働基準監督署長にその判断の権限が与えられているのであるから、上告人が右の点について判断していないことが明らかな本件においては、原判決が、本件被災者らの疾病の業務起因性の有無についての認定、判断を留保した

上、本件不支給決定を違法として取り消した

ことに、諸論の違法はない」と判示

 

          原告としては、従前まったく審査対象とされてこなかった初診日要件以外の要件について司法機関に第一次的判断を求めること は、裁定請求及び不服申立手続を前置し、第一次的判断権を実施機関あるいは厚生労働大臣等に委ね、司法機関はその処分

の当否について事後審査を行うこととする障害年金法の建前から認められない。また、そうした主張は請求者の裁定請求及び不服申立の手続的利益を奪うものであることからも許されない。

 

厚年3級に相当するか。

疼痛のみから障害の状態を評価する方法の誤り

          被告は、原告の障害の状態を認定する前提として、線維筋痛症の障害認定においては、「主症状である疼痛によって身体にどの程度の不自由があるのか」を障害認定基準に準拠して認定すべきであるとし、 疼痛の観点のみから日常生活あるいは労働の制限の程度を論じている。

          しかし、線維筋痛症の症状は多彩であり、疼痛のみからその状態を把握するのは、疾患の認識評価方法として不適切である。障害認定基準はむしろ線維筋痛症を含む難病については「臨床症状が複雑多岐にわたっている」ことを認定上考慮すべきものとしている。

          ガイドラインは、むしろ「線維筋痛症の重症度分類と総合的病勢評価法」として、「臨床症状の組み合わせや症状の強さから」重症度(ステージ)分類試案を作成したものとしており、原告が該当するステージⅡでは、痛みのほかに不眠、不安感、うつ状態が続き、日常生活が困難とされている。

          同研究班による「本邦線維筋痛症の臨床症状(Ⅰ)」によれば、疼痛のほかに、こわばり(63.7%)、疲労

(90.9%)、呼吸苦(24.3%)、同(Ⅱ)によれば、しびれ(64.8%)、めまい(44.6%)、浮遊感(25.4%)、不安感(64.3%)、抑うつ(60.5%)、集中力低下

(38.7%)など原告にも認められていた症状が複合して日常生活あるいは労働に制限を生じさせる疾患の実態が記述されている。

          「障害認定基準」は、「いわゆる難病については、・・・臨床症状が複雑多岐にわたっているため、その認定に当たっては、客観的所見に基づいた日常生活能力等の 程度を十分考慮して総合的に認定するものとする」(同

94頁)として、むしろ主症状に限定した認定方法を排 斥している。従って、「主症状である疼痛によって身体 にどの程度の不自由があるのか」を前提にして障害の23 状態を判断しようとする被告の判断の前提は障害認定基準からみて誤りである。

 

日常生活の困難と労働の制限の関係

          障害認定基準は「日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度」の状態を1

級、「日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度」の状態を2級、「労働に制限を加えるか、又は労働に制限を加えることを必要とする程度」の状態を3級としており、日常生活に制限のある状態は労働に制限のある状態よりも障害の程度が重いことを前提に構成されている。

          原告の状態は線維筋痛症ステージⅡの状態と診断されており、線維筋痛症のステージIIの状態は日常生活が困難な状態とされる。

          従って、「日常生活が困難」な状態に合った原告は、当然に労働に制限をもたらす状態であった。

          診断書の「日常生活における動作の障害の程度」欄を見ても、10メートルほどの距離を「多少転倒しそうになったりよろめいたりするがどうにか歩き通す」という状態で、階段の昇降は手すりがあっても

「非常に不自由」、座席からの立ち上がりも支持してもらっても「非常に不自由」な状態の者が、経験則に照らして一般の職場に出勤して労務を支障なく提供できる状態と認められるのであろうか。

          同診断書には「座位で正常人と変わりなく作業ができる(1日6時間週4日程度)」

(㉑欄)と記載されているが、労働一般を考えた場合、座位のみの労務というものは一般的ではなく、立位や歩行、移動などを要しない労務を見出すことは容易ではない。

          1日6時間週4日程度の労働しかできない者が正規労働者として勤務できる分野は皆無といってよい(甲15)。こうした状態は「労働に制限を受ける」程度の障害の状態と十分に認めることができる。

          障害認定基準の一般的状態区分も、区分イの「軽度の症状があり、・・・歩行、軽労働や座業はできる」状態は特段の事情がなければ3 級に相 当するとして25いる。

 

保険者の見解にすり寄る医師の意見書

          片足で立つ、立ち上がる、階段の昇降について、「一人でできるが非常に不自由」、「支持

(手すり)があればできるが非常に不自由」との診断書記載について   日常生活動作の多くはおおむね一人で行うことが可能

          開眼で直線の10m歩行は多少転倒しそうになったりよろめいたりするがどうにか歩き通すとの診断書の記載について      自力で下肢を動かすことができないほどの筋力低下は認められないから、歩行や昇降運動も十分可能

          日常生活動作はおおむね行えており、大きな支障は生じていないことから労働面においても身体に過重な負担がかかる労働を除け

ば、一般的な労作業は行えると考えられる。

          歩行に不安定はあるが座位では正常人と変わりなく作業できる(16時間で週4日程度) から、労働面においても一般的な労作業は行えると考えられる。

          線維筋痛症の多くは、発症時から同様の症状を示しながら長期に計画するので、X9月の状態とX1.5年後の状態は変わらないと推認されるので、障害認定日における痛みの程度は・・・自力で身体を動かすことができないなどによって、日常生活に支障が生じている状態とは考え難い。

          片足で立つ、立ち上がる、階段の昇降について、「一人でできるが非常に不自由」、「支持

(手すり)があればできるが非常に不自由」との診断書記載について   日常生活動作の多くはおおむね一人で行うことが可能

          開眼で直線の10m歩行は多少転倒しそうになったりよろめいたりするがどうにか歩き通すとの診断書の記載について      自力で下肢を動かすことができないほどの筋力低下は認められないから、歩行や昇降運動も十分可能

          日常生活動作はおおむね行えており、大きな支障は生じていないことから労働面においても身体に過重な負担がかかる労働を除け

ば、一般的な労作業は行えると考えられる。

          歩行に不安定はあるが座位では正常人と変わりなく作業できる(16時間で週4日程度) から、労働面においても一般的な労作業は行えると考えられる。

          線維筋痛症の多くは、発症時から同様の症状を示しながら長期に計画するので、X9月の状態とX1.5年後の状態は変わらないと推認されるので、障害認定日における痛みの程度は・・・自力で身体を動かすことができないなどによって、日常生活に支障が生じている状態とは考え難い。

 

保険者側医師に対抗する

          痛みだけに注目している点

厚生労働省研究班作成の「線維筋痛症の重症度(ステージ)分類試案は、痛みのほかに「不眠、不安感、うつ状態が続く、日常生活が困難」と記載されているにもかかわらず、その点をあえて引用せず、結論づけている。

これは線維筋痛症を含む難病については「臨床症状が複雑多岐にわたっている」ことを認定上考慮すべきとする障害認定のあり方に反し、単純に痛みの点だけから日常生活動作の可能性を吟味する誤った評価方法

          初診日の状態と障害認定日の状態に変化がないはずという推論

ガイドラインによれば、「線維筋痛症の機能的予後」は、「著しい日常生活動作能(ADL)の低下を伴いながら長期にわたって経過する。本邦例では約半数が1年間の経過でADLはほぼ正常であり、残り半数に何らかのADLの低下が認められ、27.

2%が著しく低下していた。34.0%が休職・休学の状態にあり、その期間は3.2±4.8年(1か月

~20年)であった。

また、同ガイドラインにおいても「臨床経過、予後」について、「半数が軽快、残り半数が不変か悪化している。日常生活に対して半数がほとんど影響を受けないが、残り半数が何らかの影響を受けており、約1/3が休職・休学に至るとされている。

従って、「線維筋痛症のその多くが発症時から同様の症状を示しながら長期に経過する」ことを推論の基礎とする豊原医師の見解及びそれに基づく被告の主張は推論の前提に誤りがある。

しかも、障害認定日における原告の障害の状態は、推論するまでもなく当時直接診療にあたっていた専門医の現認した所見を基礎にすることがもっとも合理的であり、同医師が障害認定日時点での現症を診断して作成した診断書の記載はステージⅡ とする診断を含めて、原告の歩行の困難性、階段の昇降の困難性、就労姿勢や就労可能時間の制限が必要であることを記載しており、原告の障害の状態はその障害認定日において3級相当であったことが十分読み取れる。

          一般的な労働が可能であったか否かについて、他人から介助などの支持をうけて不自由に立ち上がり、階段を不自由に上り、他人の支持を受けても階段の下りは非常に不自由で、立ち仕事はできず、

10メートルほどの距離を転倒しそうになったりよろめいたりしてどうにか歩く状態の者が一般的な労働を行う上で制限

がないと評価する被告と協力医に健全な良識が備わっているのかを疑う。

          座位での作業ができるというのは立位の労働が制限されているという意味であり、週24時間程度の仕事ができるということはそれ以上の時間の労働は制限されているという意味である。

          「一般的な労働」では、立位での作業や週24時間以上の労働が求められる。こうした点を度外視する協力医及び被告の主張は到底認められない。

          一般的な労働が可能であったか否かについて、他人から介助などの支持をうけて不自由に立ち上がり、階段を不自由に上り、他人の支持を受けても階段の下りは非常に不自由で、立ち仕事はできず、

10メートルほどの距離を転倒しそうになったりよろめいたりしてどうにか歩く状態の者が一般的な労働を行う上で制限

がないと評価する被告と協力医に健全な良識が備わっているのかを疑う。

          座位での作業ができるというのは立位の労働が制限されているという意味であり、週24時間程度の仕事ができるということはそれ以上の時間の労働は制限されているという意味である。

          「一般的な労働」では、立位での作業や週24時間以上の労働が求められる。こうした点を度外視する協力医及び被告の主張は到底認められない。

 

傷病手当申請書による補強

          傷病手当金支給申請書の「診療担当医師の意見書」(都内B大学病院作成)は「就労不能と認められた医学的所見」として「四肢筋力低下、息苦しさも認められ勤務に支障が生じている」とし、

「主たる症状及び経過、治療内容、検査結果等」について「X年8月頃より四肢筋力低下、息苦しさが出現、パキシルの投与を受けている。症状継続するためX年12月に当科初診、採血、伝導検査等を行い、異常を認めず、心療内科に転医した」としており、原告の初診日以降の線維筋痛症の症状を前提にして就労不能と判断したものであることがわかる。

          原告は同一病院内で転医したが、X+1年1月においても、引き続き「めまい感、胸部苦悶感、易疲労感(X年8月下旬より)身体疾患検索中のため経過観察中」とされ、その症状のため就労不能と診断されている。これも線維筋痛症の症状を前提としたものである。

          その後の医学的所見は、同年2月に「パキシル投与」(線維筋痛症に用いられる薬剤、甲21、甲

22)が加わったほかは、障害認定日まで同一の症状を前提にして就労不能の診断が続いている。もっとも、傷病手当金支給申請書の「傷病名」は、四肢筋力低下・呼吸苦、その後、パニック障害とされているが、書面を作成した都内B大学病院は、明らかな精神疾患は認められなかったもののパニック障 害の既往があったため、同院神経精神科で通院継続としたが、身体症状について線維筋痛症が明らかになったため終診としたとし、同神経精神科は診療していた傷病が線維筋痛症である可能性が高いと改めて所見を述べている(甲18)。

 

障害年金訴訟で必要なこと

          因果関係について、刑事法・民事法的な因果関係ではなく事後的客観的な(神の目から見た)因果関係を分析すること。

          医師に、ストレートに因果関係の存否を尋ねるのではなく、Aという症状の発現がBという確定診断を前提としたときに、病状の進行として矛盾や不合理があるか、先行する治療経過を見て、確定診断傷病とは異なる別の原因疾患が発現していたと考えられる傷病があるか、を問う。

          確定診断医、主治医あるいは協力医の意見を求める。協力医の意見に対して主治医が「同意できる」という意見も有効。

          当該傷病の病跡、経過、予後などの全体像をガイドライン等の医学文献で理解すること。

          診療録のバラバラな記載を、病跡をたどりながつなげていくこと。本人に聞くとよい場合が多い。

          処方された薬剤などから、傷病の種類や程度を裏づける。

          本人の陳述書で、診療録の病跡の穴を埋める、療養生活の実情をリアルに伝える、日常生活や就労上の困難の実情を伝える。

          診断書のADLなどの記載を、実生活の場面に置き換えて裁判官にリアルに想像できるようにする。

          被告協力医の意見書は、前提事実の正確性と推論過程の合理性の両面から批判する。前提事実はどの資料を前提にしたのかが重要、推論過程 は、医学文献の一般的な見解に依拠しているかが重要。