【判例を素材に実務家からみた手続的権利の意義と問題点】
次頁からは、社会保険労務士として障害年金実務が豊富な畝田谷栄子会員による表題の論稿を掲載する。
当会の顧問藤原精吾弁護士が担当した2021年9月15日名古屋高裁金沢支部判決(賃金と社会保障2022年3月下旬号30頁)は、幼少期に右手指を全て失う障害を負った身体障害者手帳3級の原告が障害基礎年金の請求のために1988年から28年間にわたり窓口(社会保険事務所)を訪れたが、「障害者手帳は障害年金と関係ない」として、請求用紙さえ渡されずに追い返され続けた事案である。
原告は誤った説明で本来受給可能な年金を喪失したとして提訴したが、2020年11月13日の一審金沢地裁判決は原告の請求を棄却した。
それに対して控訴審の上記高裁判決は、障害年金の裁定請求を受け付けなかった公務員の行為は違法であると認定し、1550万円あまりの、誤った公務員の対応により喪失した過去の障害年金に関する損害の賠償を国に命じたものである(なお国は上告した)。
本事例は、まさに本号の特集テーマである「障害年金における手続的権利」を考察するに恰好の素材であり、これをヒントに、日頃から障害年金実務で様々な問題に遭遇する実務家の立場から特集テーマに関して論じてもらうという趣旨である。
【実務家からみた手続的権利の意義と問題点】
2020年11月13日金沢地方裁判所判決、2021年9月15日名古屋高等裁判所金沢支部第1民事部判決(時効消滅障害年金支払請求訴訟)を踏まえて
社会保険労務士 畝田谷 栄子(会員)
目次
2020年11月13日金沢地方裁判所判決、2021年9月15日名古屋高等裁判所金沢支部第1民事部判決(時効消滅障害年金支払請求訴訟)を踏まえ、支分権の時効消滅、手続的権利の意義、その背景にある問題等を考えてみる。
国民年金法や厚生年金保険法においては、保険給付の支給要件で「支給する」とある場合には「法律上当然に受給権(基本権)が発生する」とし、「請求することができる」とある場合には「請求することによって受給権(基本権)が発生する」とされ、手続きにおける「裁定」とは、「確認行為」とされている。
障害年金の受給権は、国民年金法第30条や厚生年金保険法第47条の規定により、支給要件に該当すれば当然にその時点で受給権(基本権)が発生し、国民年金法第18条、厚生年金保険法第36条により支分権が発生する。
年金給付の「時効」については、2007年7月6日以前に受給権が発生するものについては、厚生年金保険の保険給付及び国民年金の給付に係る時効の特例等に関する法律(平成19年法律第101号)「以下、「年金時効特例法」という。)の附則第5条による改正前の国民年金法第102条第1項、同附則第3条による改正前の厚生年金保険法第92条第1項に規定されていたが、支分権は、会計法第30条及び第31条第1項の規定により5年で時効消滅するとされていた。
基本権の時効に関しては、第169回通常国会の参議院議員辻泰弘氏提出「公的年金制度における年金給付の受給権の消滅時効に関する質問[1]」に対する「答弁書」において、政府は「年金給付を受ける基本的権利(以下「基本権」という。)については、他の公法上の法律関係と同様、早期にその法律関係を安定させる必要があることから、民法(明治二十九年法律第八十九号)の一般債権より短い五年の消滅時効の期間が定められているところである。」とし、やむを得ない理由がある場合には時効の援用をしないとしている。そして、時効の援用をしない「やむを得ない理由がある場合」とは、「社会保険庁においては、請求者が年金給付の支給事由が生じた日から五年を経過する前に裁定請求を行った旨又は行うことができ得なかった旨を申し立てた場合」としている[2]。
支分権に関しては、当該答弁書において、政府は「会計法(昭和二十二年法律第三十五号)においては、画一平等の処理による法律関係の早期安定の要請を踏まえ、公法上の金銭債権については、時効の援用を要せず、その権利の発生から五年で自動的に時効消滅することとされているところであるが、支分権は、公法上の金銭債権に該当するものであることから、厚生年金保険の保険給付及び国民年金の給付に係る時効の特例等に関する法律(平成十九年法律第百十一号。以下「年金時効特例法」という。)による厚生年金保険法(昭和二十九年法律第百十五号)及び国民年金法(昭和三十四年法律第百四十一号)の改正前までは、会計法の規定が適用されてきたところである。」とし、2007年7月6日以前に受給権が発生するものについては会計法の規定により裁定(手続き)を行わなくても支分権は自動的に5年で時効消滅するとしていた。
しかし、その一方で異なる解釈とするものもある。
元社会保険審査会委員であった加茂紀久男氏[3]は「国年法および厚年法上の年金受給権の消滅時効については、運用上特別の措置が講じられている。すなわち、これらの受給権については、法律の規定をそのまま適用するのではなく、受給権発生後5年を超える期間が経過してから裁定請求がされた場合にも、その時から5年を遡った時期より後に履行期が到来する支分権に係る限度では受給権を認めるという一般的行政措置がとられている。この行政措置の意味するところについては、従前の実務上、年金の受給権に関する限り前記国年法102条1項、厚年法92条1項の適用を全面的に排除するものであるが、その一方で、会計法の規定により支分権は5年の時効にかかるとする趣旨であるとする見解が支配的であり、この見解によった裁決例(平成5年7月30日裁決・裁決集418頁)もあった。しかし、裁定の法律的性質は確認行為であると解されているにせよ、受給権の行使には必ず裁定を経なければならないとされているところからみれば、裁定がないうちに年金の支分権の時効期間が進行を開始するとは考えられない。[4]」としているのである。また、1996年11月29日裁決[5]では、「保険者は、従来から、厚生年金保険の年金たる保険給付を受ける権利(いわゆる基本権)の裁定を受けていなくても、当該保険給付の支払を受ける権利(いわゆる支分権)の消滅時効は進行するという見解をとってきており、当審査会もこの見解を是認してきた」としながらも、「基本権は、裁定権者の裁定をまって、はじめて具体的権利として確定し、その支分権を行使することができるようになるのであるから、基本権の発効前に所定の支払期月が到来しても、その支分権を行使することはできない。したがって、この状態のもとでは支分権の消滅時効期間は進行しないものと解すべきである。」としている(ただし、裁決では「特別の法律の規定に基づかない行政措置」として保険者(国)の決定を取り消すことはしていない。)。
つまり、このように支分権の消滅時効の解釈には両説あるということになるが、「公平性」という観点から考えると、国の主張のように「裁定を経なくても支分権が消滅する」というのであれば、誰もが受給権発生時に裁定を行うことができるということが前提でなければならないであろうし、「裁定を経なければ支分権の消滅はない」とするのであれば、受給権が発生していた当時の症状を証明する手段等を確立させておくことが必要であろう。
なお、障害年金とは異なるが、国と社会保険審査会とで支分権に関しての解釈が分かれた裁決としては、国民年金法第49条の規定による寡婦年金がある。寡婦年金に関して、国は、夫が老齢基礎年金の裁定を受けずに死亡しても支分権は発生していると解釈し、「老齢基礎年金を受けていたとき」に該当するとして妻に寡婦年金は支給しないとしている。しかし、2003年9月30日裁決[6]では「裁定の法律的な性質は、既に存在する受給権を確認する行為であると解される。しかしながら、実際に給付を受けるためには裁定を受けることが不可欠であり、裁定を経ることなく受給権を行使することはできないのであるから、裁定を経る前の受給権なるものは、実質的には裁定請求権に近い、現実的な実効性の希薄なものである。このように実行性の希薄な年金受給権について、裁定を経ない状態のままで、法令上の支給月の到来により個々の支分権まで発生するとするのは、事柄の実態から乖離した観念操作の嫌いがあり、容易に首肯することができない。」とした。そして、その後も社会保険審査会では同様の立場をとったものの、国は法解釈を変えることはなかった。日本年金機構では2010年4月(疑義照会No.2010-195)の疑義回答において一旦「寡婦年金の受給は可能」としたが、2015年1月には決定処理を保留、2016年11月29日付の厚生労働省年金局の回答[7]を受け、その後は原則的な法解釈は変えないまま、「支給の繰下げ申出を行う意思を有していたことを証明する書類[8]」を添付することをもって、支給の繰下げを行うまで支分権を発生させる意思がなかったものとみなして当該「老齢基礎年金の支給を受けていたとき」に当たらないと解釈するとしている[9]。
国は「裁定を経なくても支分権は発生する」としているが、特に障害年金の場合には、加入期間等のみで受給権の有無を確認できるものではなく、障害の状態の確認等請求者自らが証明する必要があることから、裁定手続きを簡単にできるものではなく、そうすると、支分権の発生、そして、時効の起算点については、本来しっかり議論すべきものであるだろう。
ここでは、現在の国の解釈である支分権の時効消滅を前提に、裁定請求手続きが遅れることにより生じる問題について述べる。
障害年金は、「裁定」が確認行為だとしても、手続きをしなければ受給はできない。そして、障害年金は、裁定請求手続きをしても、必ずしも受給権が発生した時点までさかのぼって受給できるというわけではない。
障害年金制度においては、「裁定請求手続きがなくても受給権が発生し、支分権も発生するもの」、「裁定請求手続きがなくても受給権は発生するが、支分権は発生しないもの」、「裁定請求手続きがなければ、受給権も支分権も発生しないもの」と大きく3つに分けられる。
(1)裁定請求手続きがなくても、受給権が発生し、支分権も発生するもの
国民年金法第30条や厚生年金保険法第47条に該当する場合であり、「本来請求」あるいは「障害認定日請求」と言われるものである。要件に該当すれば当然に受給権が発生し、障害認定日の属する月の翌月分から支給となる(支分権が発生する)。しかし、受給権が発生しても「知らなかった」等で裁定請求手続きを行わなければ、既述のとおり、支分権は5年の時効により消滅する。
(2)裁定請求手続きがなくても受給権は発生するが、支分権は発生しないもの
国民年金法第30条の3や厚生年金保険法第47条の3に該当する場合であり、基準障害と他の障害とを併合して「初めて障害等級1級又は2級に該当するもの」といわれるものである[10]。65歳に達する日の前日までに他の障害(前発障害)と基準障害(後発障害)とを併合して初めて障害等級1級又は2級に該当すればそこで受給権は発生するが、裁定請求手続きをして初めて支分権が発生する(請求月の翌月分からの支給となる。)。つまり、請求月以前には支給分がないため支分権が時効消滅するということはないが、「制度を知らなかった」等で裁定請求手続きが遅れれば支給開始(支分権の発生)が遅れるということになる。
(3)裁定請求手続きがなければ、受給権も支分権も発生しないもの
国民年金法第30条の2や厚生年金保険法第47条の2に該当するいわゆる「事後重症請求」であるが、65歳に達する日の前日までに障害等級に該当すれば裁定請求手続きを行うことで受給権が発生し、請求月の翌月分から支給開始(支分権の発生)となるものである。当然、「制度を知らなかった」等で裁定請求手続きが遅れれば、その分受給権発生時期は遅れ、それにより支給開始(支分権の発生)も遅れることになる。
(1)初診日の確認ができない場合
初診日の確認ができない場合においての取扱いについては、2015年通知[11]により緩和され具体的に明記されたが、それまでは、社会保険庁時代に配布されていた「社会保険業務センターつうしん」に記載されていることを基本にしながら判断していたと筆者は認識している。
しかし、病院等においての診療録の保存期間が5年とされていることや既に廃院となっている場合があることから、裁定請求手続きをしようとした時には「診療録が保存されておらず初診日の確認が取れない」等の問題が生じ、最終的に参考資料や第三者証明等何もなく、初診日が推測すらできないとなれば、保険料納付要件や支給対象となる制度等の確認ができないとして障害年金は支給されない(不支給決定となる)。
(2)障害認定日の診断書が取れない場合
1(1)の「障害認定日請求」においては、裁定請求手続きをしようとする場合、障害認定日の症状確認をするために当時の障害の状態に関する診断書[12]の添付を必要としている。しかし、①障害認定日当時通院できていなかった、②障害認定日当時の診療録が保存されていない、あるいは、③診療録は残っているが症状の確認ができない(診断書が書けない)等により、当該診断書が取れない場合がある。
①に関しては、障害認定日当時に症状が改善されたわけではなく、特に受診を必要としない傷病や何らかの理由で受診できなかった場合があるが、当時の診断書記載ができないことで、本来であれば受給権が発生していたものでも障害認定日での請求ができないケースがある。②に関しては、症状確認できないとされ、③の場合でも傷病による差異があるが、検査項目が必要な傷病では診断書記載が困難とされるケースが多く、①と同様に障害認定日での請求ができないケースがある。つまり、本人の意思に反して、障害認定日での請求を断念し、障害認定日において障害等級に該当していたとしても1(3)の「事後重症」での請求を余儀なくされるということが生じることになる。
そして、1(2)の「初めて1級又は2級」のケースにおいては、基準障害以外の傷病(前発障害)が障害等級2級に該当しない程度(3級以下)でなければならないが、裁定請求手続きをせずに相当年数経過し、請求時には当該傷病がすでに障害等級2級以上に該当してしまい、受給権発生時に障害等級3級以下であったことを診断書等で証明することができず、基準障害と併せて1(2)で請求することが不可能となるケースがある(当該障害(前発障害)の初診日の前日において保険料納付要件を満たしていない場合。)。
本事件において、国は、従来の解釈どおり、裁定行為が行われていなくても支分権は時効消滅すると主張し、その理由として「裁定請求をして裁定を受けさえすれば裁定請求前の支分権も直ちに行使することができる」「裁定請求をするかどうかは専ら受給権者の意思に委ねられている」としている。しかし、国の主張を正論とするのであれば、その前提として裁定請求の行使をする権利(手続的権利)が十分に保障されている必要がある。
筆者としては、手続的権利が保障されるためには、まず、「誰もがいつでも請求し得る状態(環境)」にあること、つまり、「障害年金制度について知っていること、知らされていること(知り得る状況(環境)にあること)」「相談先を理解でき、請求手続きに関する相談をする能力があること」「それらができない場合の十分な支援」が必要であると考える。しかし、実際にはそのような環境にはない。筆者は、それを阻害する要因として、次のような問題があると考える。
厚生労働省年金局「令和元年公的年金加入状況等調査結果の概要」によれば、障害年金について知っていると回答した者の割合は、第1号被保険者で56.1%、第2号被保険者で62.2%、第3号被保険者で63.2%、第1号未加入者で24.4%、全体では60.7%となっている[13]。また、少し古い数値ではあるが、2010年2月から2012年2月にかけて実施(2011年11月から2012年2月にアンケート調査実施)された「身体障害者の障害年金の受給状況に係るサンプル調査」では、48%が「障害の程度が年金の基準外等(受給権がなかった)」であったが、「障害年金の制度を知らなかった」19%、「障害年金に該当しないと思った」13%、「手続き方法がわからなかった」5%であったとし、サンプル調査を契機に新たに27人が障害年金受給に結びついたとしている(障害基礎年金1級7人、2級9人、障害厚生年金2級6人、3級5人。年齢別では、20代3人、30代1人、40代6人、50代13人、60代5人。)[14]。また、2015年3月から6月かけて行われた「知的障害者のサンプル調査」では、療育手帳交付台帳及び障害福祉サービス支給決定者のうち障害年金を受給していないその理由等を尋ねるアンケートを行った結果、「障害年金をもらえないと思い手続きをとらなかった」が31.5%で最も多く、「障害年金の制度を知らなかった」が16.1%、「障害年金の手続き方法がわからなかった」が2.8%程度あったとしている。[15]
厚生労働省年金局では、20歳の国民年金の加入時の案内や国民年金保険納付書送付の際に同封するチラシにより周知、厚生労働省や日本年金機構のホームページに障害年金受給の案内を掲載、市町村に対し障害年金に関するリーフレットを障害者手帳交付窓口へ配置して周知を行うように依頼、2014年8月には、障害者の方が利用する行政窓口や相談支援事業所へのパンフレットの配置、都道府県や市町村等のホームページ・広報誌への記事の掲載依頼をしているとしているが[16]、筆者の周りでは障害年金を受給できると知らない人はまだまだ多い。そうすると、現状では、広報周知が十分になされているといえず、「誰もがいつでも請求し得る状態」には置かれていないと考える。さらには、傷病等によっては、周囲の支援がないと裁定請求手続きが困難な人がいることを考えれば、到底、手続的権利が保障されている環境にあるとは言えないであろう。
そして、本事件において、国が「支給の基礎となる障害の有無や状態自体は、受給権者が最も良く知って」いるとして裁定請求に格別の支障はないとしていることに関しても、同様に、障害年金制度を知っていなければ裁定請求行為に至らないことや、傷病によっては病識を持ちにくい人や判断できにくい人が存在するということを考えれば、国は基本的なことを認識していないのではないかとも思える。
(1)のように障害年金制度そのものを知らないという人がまだ存在する中、さらに周知が徹底されていないのではないかと思えるのが、制度や取扱いの改正による救済措置である。
制度上「障害年金の支給要件に該当しない」とされて障害年金を受けられなかった人が、年金制度の改正等により支給対象となったにもかかわらず当該改正を「知らない」「知らされない」でいると、裁定請求手続きをすることができずに障害年金を受けられないままとなる。
たとえば、1994年11月9日施行の救済措置[17]、2011年8月10日施行の年金確保支援法(国民年金及び企業年金等による高齢期における所得の確保を支援するための国民年金法等の一部を改正する法律)による第3号被保険者の未届出期間を保険料納付済期間とする救済措置[18]、2013年6月26日以後一定期間において障害年金受給資格期間の特例措置該当とする救済措置[19]、各国との社会保障協定(年金通算)[20]等がある。また、取扱いでは、2011年通知[21]や2015年通知12による初診日認定の緩和等がある。しかし、筆者はこれまで当該改正に関して相談されたことはなく、これらの改正が対象者に十分に届いていないのではないかと思っている。
本事件の原告のように、障害年金が受けられるかもしれないと思って相談窓口に行っても、相談窓口での誤った教示、説明誤りや不適切発言、裁定請求書類等の手交拒否、そして、裁定請求書類等の受理拒否等よって障害年金請求ができない状況が作られることがある。その結果、請求者の「請求したい」という意思に反して裁定請求の権利行使はできなくなり、つまりは、手続的権利が阻害されることとなる。
① 説明誤り・不適切発言
説明誤りや不適切発言に関しては、担当職員の「制度や手続き方法、傷病等の知識不足」によるものが一番多いと思われる。
筆者のこれまでの経験上のことであるが、知的障害のある方に対して「病院にかかっていないなら障害年金の請求はできない」と案内されたとするケースや、市役所等の窓口や福祉関係者から「知的障害でも軽度の人は障害年金をもらえない」と案内されて障害年金の請求を諦めていたケース、最近では病名のみで「神経症は障害年金の対象にはならない[22]」と案内したとする相談窓口の社会保険労務士もいたという。
2015年4月~6月にかけて年金事務所の相談窓口における覆面調査が行われたが、個別事案に関しては「受けられない」という案内をしたという結果はほぼなかった[23]。一方、当該調査において、基礎年金番号を使用しない相談では、98%が「初診日を確認している」としているが、「他の初診日を確認している」59%、「症状が軽快して長期間受診しなかった期間がなかったか確認している」が41%、「過去の症状が治って長期間受診しなかった後に再発した場合、再発時が初診日となることを説明している」が49%となっており、この結果のみでは判断はできないものの、初診日の考え方一つで受給権の有無が異なってくることの認識が十分になされていないのではないかと思える結果がある。この結果から危惧されるのは、「教示された初診日」によっては初診日の証明が取れなかったり、あるいは、保険料納付要件を満たないと説明されたりして、障害年金が受給できないとされてしまうケースが生じてしまうということである。当該調査では、基礎年金番号を使用しての相談における調査結果がないのが残念であるが、筆者の経験からも、年金事務所の相談窓口で20歳前障害として初診日のわかるものか、あるいは第三者証明を取るように言われたものの、それらを集めることができないとして請求を諦めようとされていた方がおられたが、長期間受診しなかった期間があり、その間進学や就職をしていたことから社会的治癒として裁定請求し、認定されたケースがあった。
このように、現在でも誤った教示、不適切な説明等によって、受給を諦めている人は存在すると思われる。
なお、これらの行為は、年金事務所等の相談窓口のみならず、専門家も同様であり、大々的に広告をしているような障害年金専門とする社会保険労務士が、1分診断として安易に「貴方の傷病名で働けているのであれば障害年金の対象となる症状にはない」と回答していたというケースもあるし、弁護士が損害賠償金を受けると障害年金は受けられないと不十分に伝えたことで、障害年金を請求していなかったというケースもあった。
障害年金制度に関して知識がない一般の方は、このように「受けられない」「対象ではない」と言われるとそこで諦めてしまうのが当然であろうし、当該行為により本人の手続的権利は阻害されることになる。
② 裁定請求書類等の手交拒否
裁定請求書類等、手続きに必要な書類については、社会保険庁時代から「間違ってはいけないから渡せない」「不支給になるのに渡せない」という対応をしてきた。その後、当該対応が問題となり、日本年金機構は、障害年金の窓口対応の改善として、2015年2月9日付指示依頼「障害年金の申請に係る相談事務の取扱について」の中で「障害年金の請求書の手交を求められたときは、請求書を手交すること」と指示した。しかし、「年金事務所当窓口での覆面調査結果」(年金事務所56カ所、年金相談センター4カ所の60カ所での覆面調査)では、「年金請求書を交付している」ができていない割合は依然として高く、基礎年金番号を使用する相談では「交付している」が78%であったが、基礎年金番号を使用しない一般的な相談では14%という低さで、全体の60カ所でみると23%となっていた[24]。そのため、日本年金機構では、相談対応の標準化を目的として「障害年金初期対応の手引き」を策定し、2016年3月から実施している。
しかしながら、手交拒否は裁定請求に係る書類だけではない。筆者が受けた最近の相談として、医師から同一傷病として他の部位が悪化したとして等級改定を勧められ診断書を取りに行くように伝えられたにもかかわらず、窓口で医師に再度同一傷病かどうかを確認するようにと言われ、1時間にわたって診断書用紙を渡そうとしなかったというケースがあった。
このように相談窓口で書類手交を拒否されるということは、障害年金制度に対する知識がない一般の人はそのまま受け入れてしまったり、あるいは手続きを一旦諦めてしまったりするのが通常であり、その結果として、手続的権利を人為的に阻害することになる。
③ 裁定請求書類等の受理拒否
年金事務所では、裁定請求手続きにおいて、おおむね必要な書類とされているものが添付されていないと裁定請求書類を受理しない。
障害年金制度においては、必ずしも指示された書類を添付しなければ認定されないというものばかりではないが、相談窓口の知識不足や機械的な対応により「書類が足らない」「不備がある」として受理せずに返戻するケースが少なくない。
社会保険労務士である筆者ですら、書類不足でも認定の可能性があると考えて裁定請求手続きをしたり、不支給や却下を想定した上であえて裁定請求手続きをしたりするときには、提出時に申し立てや説明をしなければスムーズに受理されないと感じている。そうであれば、知識がない一般の人にとっては、「書類が足らない」「書類が不備」と説明を受け、書類を受理されないとそのまま「受給できない」と諦めてしまうか、あるいは、そのままどうしてよいかわからずに手続きを放置してしまい、本人が「請求したい」とする意思はその時点で阻害され、結果、手続的権利は阻害されてしまう。
請求者の権利を護るためには、法の趣旨を十分に理解し、相談窓口の知識の向上はもとより、組織としても相談窓口個人としても、機械的な判断ではなく、あくまでも請求者の傷病や状況に応じて可能な限り様々な方法を検討し、たとえ支給の可能性が低くても、あるいは要件を満たしていなくても、それも含めて説明、助言し、本人の提出意思がある限り、適切な説明、書類の手交、受理をするべきである。
障害年金制度において、手続的権利を阻害する要因がなくならない背景には、年金制度の複雑さや認定の問題も当然あるであろうが、筆者は、根本的な原因として「組織の問題」があると考える。
本事件においては、社会保険庁時代からの相談窓口対応の問題となるが、ここでは、日本年金機構となったことによる新たな手続的権利を阻害する要因となり得る問題について述べる。
(1)社会保険庁の運用と解体後の厚生労働省の認識
社会保険庁は、2009年12月末に解体されるまで、国民年金や厚生年金保険の現業機関として厚生労働省年金局とは別に独自の運用をしてきた。しかし、解体後は、日本年金機構が現場の業務を受任し、その直接の管理を厚生労働省年金局が行うことになった。そのため、厚生労働省年金局においては、それまでの社会保険庁での運用実務を知る由はなく、それまでの運用を引き継ぐとしながらも実質的には引き継いでいないことも多々あり、それまで実務的にできていたこと(救済していたこと)が法令遵守としてできなくなったという不公平や、さらには、法解釈まで変わったものもある[25]。
本事件における国の主張を見ると、「初診日を明らかにすることができる書類」の取扱いについて、2015年通知12を持って初めて具体化されたとしているが、そうであれば、厚生労働省年金局は解体前の社会保険庁としての取扱いについてまったく認識をしていないということになる。(後述「Ⅴ1」参照)
(2)責任の所在
社会保険庁解体前までは、筆者が法解釈等で何か不明点があった場合、社会保険事務局を通じて確実に回答を得ることができた。しかし、解体後は厚生労働省年金局に照会しても、当初は文書回答があったものの現在は電話回答しかしていない。しかも、本来は「年金事務所で行うもの」とされ、法制定や解釈は国が行うべきものであるにも関わらず、その責任の所在が不明確となっている。
日本年金機構内でも、何か疑義が生じると内部での回答がされ、その回答が何度か変わっては最終的に厚生労働省年金局回答で落ち着くことがあるが、その間、現場が混乱するのも当然である。
なお、これらの問題は、社会保険庁解体により厚生労働省年金局の業務が膨大となったことから、対応が困難となっているのではないかとも推測する。
(3)内部の取扱い等のあり方
社会保険庁時代には、ある程度の通知や裁決等の情報について書籍を通して知ることができた。しかし、様々な不祥事が発覚後、「厚生労働省年金局監修」「社会保険庁監修」のような書籍はなくなり、今では厚生労働省年金局発出の通知や裁決文を一部厚生労働省のホームページで確認できるものの、十分に確認できなくなっている。
また、日本年金機構自体が公法人であるため、法人内における年金業務の内部処理に関するもの(疑義照会、指示依頼)が一般的に公開されることはない。たとえば、「知的障害や発達障害と他の精神疾患が併存している場合の取扱い(情報提供)」が2011年7月13日に発出されているが[26]、これは障害年金請求手続きにおいて知っておかなければ、専門家すら初診日の確認を誤ることに繋がる。前述の支分権の問題に関しても、疑義照会でしか知ることはできない。
そのため、筆者ら法的に手続きが認められている社会保険労務士ですら、それらを確認するために、開示請求をするほかはないのである[27]。すべての内部文書を公開する必要はないだろうが、審査基準に関することや制度の運用に関することについては公開すべきであり、公開しないということが、手続きの長期化や障害年金請求手続きを困難化させる要因になり得る。
(4)マニュアル化
既述のとおり、年金記録問題後、各社会保険事務所の職員が被保険者や受給権者に有利になるように裁量で行っていたこと、あるいは社会保険庁が受給者に有利な処理をしていたものがすべて不適切処理とされた。記録問題以降は「法令遵守」として、(1)で述べたとおりそれまで認められていたこと(救済的な取扱い)はすべてなくなり、全国統一のマニュアル化がなされ、現場となる年金事務所の職員による裁量権はなくなった。確かに全国で統一的な取扱いは必要ではあるが、一方で臨機応変な対応や処理ができなくなっている。
(5)人員削減による弊害
日本年金機構は、公法人として予算による管理であることから、当初より収益のない業務である以上、人件費の削減が懸念されていたが、予想どおり職員の削減が進んだ。それに反して各共済組合の統合や年金記録の確認等で現場の業務は相当量増大し、職員の研修時間はなかなか取れず、質的低下を余儀なくされている。日本年金機構は、そのためのマニュアルでもあるとしているが、実際にはマニュアルを確認する時間すらないというのが実情であろうし、残念ながら新たな通知すらなかなか確認できていないという現状もある。
(6)民間手法の導入
日本年金機構は、国の社会保障制度を扱っている窓口でありながら、まるで民間保険のように現場の業務をすべて数字化し比較することで、「質(被保険者等の利益)」より「量(業務をこなす数や時間)」を重点化し評価しているように思える。各年金事務所の状況(地域性)も無視されている。そうすると、必然的に相談者に応じた丁寧な対応は難しくなる。
社会保険庁時代から、相談窓口を担当する職員は低賃金の非正規の方であった。現在は、一部の窓口は正規職員が担当しているものの、非正規職員の方も存在する。そのため、相談時に自己判断できない場合にはバックヤードの正規職員(障害年金担当職員)に尋ねた後に回答することもあるが、正規職員は業務に追われてなかなか対応できないこともある。つまり、誤った対応は、担当している非正規職員の責任というのではなく、その根底には「対応しきれない」という組織的問題が存在すると考える[28]。
また、日本年金機構となってからは、相談窓口には業務委託されている社会保険労務士が配置されているが、すべての社会保険労務士が専門知識を持っているわけではなく、開業後すぐに簡単な研修のみで対応している状況がほとんどであり、同様に誤った対応(説明誤り、書類手交や受理拒否)をしていることも問題であり、社会保険労務士会という専門家組織としての考え方・あり方が問われる。
1(4)で述べたとおり、現場の職員はマニュアルどおりに業務を行う。そうすると、たとえば、障害認定日の診断書添付が必要な場合、相談窓口の案内では、「障害認定日以後3ヶ月以内の現症日の診断書が添付できなければ事後重症としての請求となる」との説明をする。しかし、障害の状態や傷病によっては当該診断書の添付ができなくても他の資料等で障害認定日請求が可能であることもあり、筆者も少ないながら何度か経験している。ところが、筆者が知る限り、相談窓口ではそのような案内はしていない。
要は、個々のケースで異なる障害年金請求手続きにおいてはマニュアル化ができず、複雑で、総合的な判断が必要であること、現在の相談体制では十分な相談対応ができないこと、そして一番には、もしも認定されなかったときに責任が取れない(かかった費用等が無駄になってしまう)という理由からであろう。そのため、社会保険労務士に依頼することにより障害認定日請求が認められるようなケースであっても、一般的には窓口の教示のまま事後重症としての請求をすることになる。
2015年3月17日の第8回社会保障審議会年金事業管理部において、厚生労働省年金局事業管理部から提出された資料には、「障害認定日請求を行うためには、障害認定日以後3ヶ月以内の診断書を添付することが原則であるが、3ヶ月以内の診断書が得られない場合であっても、四肢の欠損など傷病の内容により障害認定日の障害の状態が確認できる場合には、障害認定日からの支給を認めている」とある[29]。しかし、筆者は最近においても、「障害認定日以後3ヶ月以内の現症診断書でないと受理できない」と言われたケースがあった。
また、当該資料には「障害認定日以後3ヶ月以内の診断書が得られなくても障害認定日の障害の状態が確認できると判断された過去の事例を整理し、同様の事案について障害の状態が確認できると判断できる旨を事務センターや年金事務所等に周知することとする」ともしているが、相談窓口にいる社会保険労務士には伝えられていないこと、職員から「どのような決定になっているのか確認ができない」と言われることからも、十分な周知やフィードバックできる体制ができていないか、若しくは職員等が確認できる環境にないのではないかと思われる。
現在、年金事務所の相談窓口では、予約制を導入している。しかし、障害年金においては、当該予約制により請求手続きが数ヶ月も遅れることで、支分権の時効や放棄に繋がる恐れがある。
相談者が年金事務所に予約をしようとしても、数週間先にしか予約が取れない。それにもかかわらず、障害年金の裁定請求手続きにかかる相談の場合には、おおむね相談日ごとに1つずつしか案内や指示をされない。筆者の周りでも、初診日確認のために受診状況等証明書の取り直しを3度も指示され、その都度年金事務所に行くことを余儀なくされたことで症状悪化したとする方がおられたし、本人が「何度も来られないので一度に説明して欲しい」と申し出たにもかかわらず「間違ってはいけないから」と案内せず、取得した診断書の有効期限が切れてしまっていたケースもあった。当然、最初の相談日からは数ヶ月経過している。予約制においては、その都度来訪をお願いするのではなく、症状によっても来訪できない方もおられるのであるから、電話応対等も検討すべきであるし、予約制においても臨機応変に対応すべきである。また、裁定請求書類の受付日(裁定日)に関しても、できる限り柔軟に対応できるよう検討すべきであろう。
日本年金機構は「障害年金や遺族年金に関しては予約制にかかわらず臨機応変に対応する」としているが、個々のケース毎に対応しているようには感じない。本人の申出がなければ数週間後の予約で対応しているし、時効消滅にかかる場合であっても、おそらくそれを確認することもないだろう。
相談者は、相談の都度、1つずつ指示どおりに書類を集める等をしながら次の予約を入れなければならず、それにより裁定請求書類の提出が遅れてしまう。そうすると、結果として支分権の時効や放棄に繋がってしまう可能性があり、「制度を知らない」ことで裁定請求手続きが遅れることと同じ状況が人為的に作られることになる。障害認定日請求においても受給権発生日以後3ヶ月経過してしまうと、障害年金生活者支援給付金が遡及して受給ではなくなるという問題も出てくる。予約制により待ち時間が短縮され本人の負担が少なくなったことはある意味では評価するが、予約制により生じている問題にも目を向けるべきである。
「手続的権利」という面から、本事件での国の主張に関していくつか思うところを述べてきたが、実務をしてきた者としては、その法解釈や運用面等においても、国の主張に対して疑問に思う点が多い。
国は「平成27年に国民年金法施行規則の改正及びその通知によって具体的運用が示された」としているが、本改正は、被用者年金一元化法[30]により「初診日を明らかにすることのできる書類」の提出の規定がなかった共済年金制度と統一化するために具体的に明記されたものであり、初診日を特定する基準の緩和がなされたものの、初診日が確定できない場合に添付する参考資料に関しては当該通知によって初めて具体化されたものではない。原告が主張しているとおり、国は1967年通知[31]で「できる限り弾力的な運用を図るとともに、受給権者に対する早期裁定請求の指導の徹底を期し、もつて時効による受給権の消滅の防止を期するよう特段の御配慮を煩わしたい。」「請求の意思が表示されている限り、所定の様式に合致しないものであつても裁定請求書として受け付け」るとし、1985年法改正後の施行規則第31条第2項第6号では、初診日を証明する書類として「障害の原因となつた疾病又は負傷に係る初診日(疾病又は負傷が昭和六十一年四月一日前に発したものであるときは、当該疾病又は負傷が発した日を含む。)を明らかにすることができる書類」としている。また、筆者が確認できる範囲においては、「業務センターつうしん」1994年9月号において、「初診時の医師の証明(以下「医証」という。)がとれないものが、かなり見受けられます」として、初診時の医証が取れない場合の受付指示をしている[32]。そして、その中に、「健康保険の給付記録及び継続療養証明書の写、身体障害者手帳作成時の診断書の写及び交通事故証明書の写等は初診(発症)日を確認する上での参考資料としています。」、「初診日の医証がないものについては、傷病の性質や被保険者期間等を総合的に勘案して、初診(発症)日が被保険者期間内であると判断できない場合は、本人返戻としています。」[33]とし、医証がなくても書類を受理した上で判断すると記してある。さらに、同業務センターつうしん2003年2月号[34]においても再掲されており、同年6月号[35]に掲載されている「受診状況等証明書が添付できない理由書」の様式には、参考資料として「身体障害者手帳」と明記してある。つまり、2020年11月13日金沢地裁判決(以下、「地裁判決」という。)にある「統一的な対応ではない」「教示することが容易であったと認めがたい」というのは明らかに誤っている。実際に、現場の職員に配布されている冊子に取扱いが存在し、そこに参考資料等が示され、それによって認定されている以上は、専門とする職員[36]が「知らない」「教示できない」とする理由はなく、信義則違反等にならないとするのは一般的な感覚でも受け入れられるものではないであろう。
そして、一番の問題は、「初診日をなぜ明らかにしないといけないのか」という法の趣旨からすれば、初診日が20歳前である場合に対象となる旧国民年金法第57条の規定による障害福祉年金や国民年金法第30条の4の規定による障害基礎年金の支給要件に関しては、初診日が「20歳前であることが確認できれば問題ない」ということの理解が欠如していることである。つまり、20歳前障害であれば初診日の確定までする必要はなく、単に初診日が20歳前であることがわかれば保険料納付要件等問題になることなく、障害等級に該当すれば旧国民年金法第57条の規定による障害福祉年金や国民年金法第30条の4の規定による障害基礎年金の受給権は発生するということである。そうすると、相談窓口において、初診日が不明で受付ができないとして裁定請求用紙すら渡さないということのほうが法に沿った対応とは言えないであろうし、地裁判決にあるように「具体的に教示することが容易であったとは認めがたい」というのも実務家としては甚だ疑問でしかない。
筆者は1994年に社会保険労務士事務所を開業しているが、当時から20歳前障害において初診日を確定しなければ受給できないとの認識をしたことはなく、本事件のような相談があれば何の疑問もなく認定されると認識したであろうし、当然に裁定請求手続きをしたであろう。原告が2015年に至るまで「初診日が年月日まで特定できないと裁定請求手続きはできない」と言われ続けたことは、明らかに担当者の知識不足としか言いようがない。少なくとも、本事件においては、身体障害者手帳交付時期のみならず、写真でも症状が確認できるものであり、証明として十分足りるものである。
なお、初診日の特定に関しては、2008年6月24日の民主党・北神圭朗議員提出の「障害年金の申請に係る初診日特定に関する質問[37]」に対する政府答弁でも、「当該傷病に係る初診時の医療機関における診療録等に基づく医師の証明書を添付できない場合であっても、その旨の申立書に、当該傷病に係る最も古い受診歴のある医療機関による受診状況等証明書を添付して提出する取扱いとしているところである。」とし、初診時における医師の証明書を添付できなくても提出できるとしている。
相談窓口で誤った説明や教示のみならず、不適切な説明や教示等が行われると、相談者は「行政の人が言っているから」「専門窓口の人が言っているから」と諦めてしまうのが一般的で、障害年金の裁定請求手続きを断念してしまう。本事件において、相談窓口で初診日の確認や証明するための書類等についての説明すらなされていないのであれば、そもそも請求行為は不可能であること、さらに13回にわたり同様の対応をされているのであるから、裁定請求権の行使を「著しく妨げられた」とするのが通常の感覚であろう。そして、国は「訪問間隔の開き」について因果関係が不明と主張しているが、何ら問題には感じない。本事件における原告は、1988年中に7回も相談しており、おそらくこれは弁護士から話を聞いたことによるものと思われる。しかし、さすがに7回も同じ対応をされれば誰しもが諦めるであろうし、その後、1990年、1995年、1999年と数年単位で相談後、15年後の2014年、2015年に相談していることも何らおかしくはない。筆者の周りでも、「人に聞いた」「○○を見た」等、何かのきっかけでふと思い出して相談をし直す人はいる。
また、国は、原告が「初診日の証明の方法について質問しなかった」と主張しているが、障害年金に関して十分に知識がない者は何を質問して良いかわからない等、そうそう質問できるものではない。相談窓口としては、まず、障害年金制度に関する説明をし、その上で、初診日の証明が取れないということであれば、相談者から十分な聴き取りをして、初診日を証明できるものがないか参考資料となるものを確認・教示するはずであるし、参考資料がなくても本来であれば受理するようになっているはずである。もし教示がなく用紙すら渡してもらえないならば、その時点で裁定請求手続きを断念せざるを得ず、国の言う「裁定請求をするかどうかは専ら受給権者の意思に委ねられている」ことにはならない。さらに、本事件では、裁定請求書類が受理されていれば障害福祉年金が支給決定された可能性を否定できないことからも、その責は大きいであろう。
年金時効特例法により、2007年7年7月以後に受給権が発生する給付については、改正後の国民年金法第102条第1項や厚生年金保険法第92条の規定により時効の援用はされないことになったが、2012年9月7日年管発0907第6号「厚生年金保険の保険給付及び国民年金の給付を受ける権利に係る消滅時効の援用の取扱いについて(日本年金機構理事長あて厚生労働省大臣官房年金管理審議官通知)」によれぱ、時効の援用をしないケースの中に「事務処理誤り」があり、その中には「確認又は決定誤り」や「説明誤り」も含まれている。本事件は、2007年7月6日以前に受給権が発生しているものであることから当該取扱いが直接適用されるものではないが、当該年金時効特例法が、それまでの社会保険庁の不備や誤りから創設されたものであるとするのであれば、当然に説明誤り等で請求行為を断念せざるを得なかった場合には同様の取扱いをすべきものであり、時効の援用をすべきではない。
※ 当該通知では、時効を援用しない場合としては、あくまでも「事実が確認できる場合であって、当該事実が発生したことについて、受給権者の責に帰すべき事由が認められない場合」としていることから、年金事務所内で相談事跡の登録をしていない時期に相談等をしたことで、事実の確認ができないと判断されるとすれば、当該扱いは時効特例法の施行日後も限定的なものとなる。)。
原告は、1985年改正法附則第25条第1項[38]に基づき障害基礎年金の請求手続きをしたとしている。当該規定は、施行日前に障害福祉年金の受給権を有していた者が、1984年の法改正により当該障害福祉年金が廃止となり、施行日において障害基礎年金に裁定替えされるというものである。そうすると、すでに障害福祉年金が失権しているからといって障害福祉年金の処分そのものをしなかったのは法解釈からすると疑問である。確かに支分権の時効消滅により平成23年3月以前の支給分はないとなれば、支給額そのものは結果的には変わらない。しかし、本事件の場合には、原告が障害福祉年金として請求したものであるから、国はあくまでも障害福祉年金として処分決定したうえで、昭和60年改正法附則第25条第1項により障害基礎年金に裁定替えし、支分権の時効消滅を通知すべきである。
国の広報義務については、法律に直接規定されているわけではない。しかし、憲法第25条の趣旨からも、社会保障制度が必要とされている人に届かなければ意味はない。なぜならば、既述のとおり、障害年金制度でいえば、制度を知っていないと裁定請求手続きができず、相当期間経過することで手続きが不可能になったり、現在の運用では支分権の時効消滅に繋がったりするからである。
厚生労働省はホームページへの掲載、政府広報オンライン、ラジオ放送、新聞広告、インターネット広告等を活用した周知のほか、都道府県や市区町村に対し、障害福祉担当窓口等に対して身体障害者手帳、精神障害者保健福祉手帳、療育手帳の交付時にリーフレットを配布する等の協力依頼をしている。その他、様々な方法を検討し、2014年には、年金事業管理部会「公的年金の分かりやすい情報発信モデル事業検討会」、2020年には「政府全世代型社会保障の広報在り方会議」、2021年には厚生労働省年金局年金広報検討会「学生との年金対話集会」等をしている。これらの内容は、納得、共感できるものではあるが、残念ながら、筆者は、現状では広報周知されているという実感はない。そもそも「関心がない」「自分には関係がない」「自分は障害年金の対象ではない」と思ってしまっている人には届かない。障害者手帳の申請時にチラシを配布することに関しても、窓口の知識不足等で障害年金の説明ができない等、実態としては十分に機能していないとされている。担当現場が説明できないとするのであれば、どこか説明できる窓口に繋げられるように体制を作っておく等、工夫が可能である。そして、これは、行政窓口のみならず、医療機関等、相談業務や人に関わるすべての方々においても同様である。
一方で、現実には、未だ社会と繋がっていない人、繋がれない人が存在する。親子で障害がありながら相当な期間放置され、何らかのきっかけで支援者につながり、障害年金請求に繋がるケースが後を絶たない。このような場合、どんなに広報しても届かないし、本人等も行動に移せない。そうすると、社会全体でどう支えていくかということになる。そのためにはすべての人々がネットワークを張り巡らすことが必要であろうし、社会全体のあり方を検討すべきであろう。
運営評議会は2020年2月5日の第40回会合後に「提言」をまとめ、その1つとして「高齢化が進み、公的年金の役割がますます重要になることから、正確な年金制度の理解と事務手続きの徹底を図るため、年金制度説明会や年金委員制度の更なる充実に取り組むとともに、市区町村や社会保険労務士会などの関係機関との協力体制の強化に努めること。さらに、政府において進められている地域共生社会の連携体制の枠組みに年金相談の関係者が位置付けられたことを踏まえ、年金事務所や年金委員と他の相談支援機関との連携強化を図ること。」を揚げている。
しかし、その多くは老齢年金を中心に提言しているものであり、厚生労働省は、障害年金に関しての認識を高め、各専門家団体を含め連携体制の枠組みを真剣に検討すべきである。
なお、単に「障害年金制度の広報」というのではなく、これまで相談窓口等で誤った教示をされたことにより、障害年金の裁定請求手続きを断念している人[39]に対しても正しい情報が届くように、各団体等を通して周知徹底(注意喚起)をする等の工夫が必要である。
教育に関しては、厚生労働省は、従来から年金に対する不信感を払拭するために学生を対象に講義等をしてきているが、その内容は老齢年金が中心であり、障害年金に関して触れられるようになったのは、筆者の確認できるところとしては、学生無年金障害者訴訟(最高裁判決2007年9月28日)[40]後である。
厚生労働省年金局においての大きな動きとして、2014年に年金広報・教育に資するリーフレットや映像資料作成、翌2015年にはモデル事業を本格実施、「社会保障の教育推進に関する検討会[41]」等が行われている。
筆者は、「社会保障の教育推進に関する検討会」の報告書にもあるように、義務教育時期から社会保障制度の歴史等の理解や自ら考える時間を作ることが必要であると考える。しかし、社会保障制度について学習機会がなかった教員の理解不足の上での講義や行政職員による講義のみでは、年金制度に関心を持つという点では残念ながら十分とは言えず、できれば、現場、当事者の生の声を伝えることの必要性を感じている。社会保障の意義、社会保障制度が誕生した経緯等から考えていく必要もあるだろう。また、幼少期から何らかの傷病や社会的な障害を持っておられる方も含め、様々な人と触れあい一緒に生活していく環境のなかで、多くのことを学び、感じることで、自然に傷病や社会的な障害について考え、障害年金制度に対する関心も高まるのではないかと思う。
そして、学生のみならず、誤った情報提供により障害年金の裁定請求手続きの阻害要因になり得る、行政機関、医療機関、福祉関係者、民生委員、そして専門家と、人とたずさわる方々に対しても、最低限の知識と注意事項等を確認できるよう、何らかの教育・学習の場を持つべきである。
医療関係者には、障害年金制度においては「医学」という視点のみではなく、「生活」という視点が必要であること、診断書の記載方法や用語の意味を学習する機会があればと思うし、福祉関係者においては、「受けられない」等の自己判断をしないことや適切な手続き支援のための学習の場があればと思う。実際に筆者が実務上経験したこととして、医師が「自身の傷病診断確定日が障害認定日である。障害認定日は医師が決めるものである」として必要な現症日の診断書を記載しなかったり、初診日の受診状況等証明書の添付ができず、2番目の病院に記載をお願いするとソーシャルワーカーが「うちの病院は初診ではありませんから受診状況等証明書は書けません」と言い記載を断られたり、支援者が記載した病歴・就労状況等申立書が不適切で不支給に至ったと思われたりするケース等があった。また、筆者の地域では、知的障害で継続して受診する必要性のない人に対して「診断書記載はできない」と受診を断られるケースが多く、あるいは、傷病によってはなかなか受診機関が見つからなかったり、傷病そのものに対する理解がまだ充分でないのではないかと思われたりするケースもある。一般社団法人全国手をつなぐ育成会連合会権利擁護センターが行った「障害基礎年金に関するアンケート調査[42]」では、「申請時の日常生活能力の判定について『単身で生活するとしたら可能かどうかで判断』で答えることを知っていますか」に対し、「知らない・申請時に知らなかった」が50%もあり、医師に対する不安として「知的障害について理解してもらうことが難しいと感じる」「診断書のために受診の際、開口一番書くのはいいけど貰えないと思いますよ、と言われる経験をした」とある。
障害年金制度における「教育」というのは、さまざまな機関、立場の人にも必要なことであり、これらの様々な形での「教育」「学習の場」に関しては、厚生労働省や日本年金機構が行うもの、というのではなく、同じ認識の上に立ち、各機関が協力連携し、実施するべきものであろう。
公的年金は社会保障制度の中の社会保険に分類されるところであるが、社会保障制度とは、「社会保障制度に関する勧告」(2013年社会保障制度審議会)によれば、「疾病、負傷、分娩、廃疾、死亡、老齢、失業、多子その他困窮の原因に対し、保険的方法又は直接公の負担において経済保障の途を講じ、生活困窮に陥った者に対しては国家扶助によって最低限度を保障するとともに、公衆衛生および社会福祉の向上を図り、もってすべての国民が文化的社会の成員たるに値する生活を営むことができるようにすることをいう」と定義されている。
社会保障制度においては、一定の基準が必要であることから法律に制定されているものではあるが、困窮の原因である疾病や負傷等を「事故」とするならば、当該事故や置かれている環境はすべて個々人で異なるものであり、制度はそれを補完するものでなければならない。つまり、障害年金制度のように個々で異なるケースを対応する相談窓口や手続きにおいては、できる限り一人一人に寄り添う姿勢が必要であり、可能な限り給付に結びつける、権利を護る姿勢が必要である。そして、相談者の症状は様々であり理解度も様々であることから、相手に合わせた説明や対応も必要である。そのためにも、Ⅳで述べた組織の改善が必須となるであろう。
現在の障害年金制度においては、すべて書類審査のみである。しかし、症状が重くて引きこもり状態にある方等、実際にどうしても受診できない人が存在する。そうすると、当然に障害年金の受給はできない。このように症状の重い障害年金を受給すべき人が障害年金を受けられないという状況は、国民年金法の目的[43]に照らして問題であり、認定方法に関して書類審査のみに限定しない等、早急に何らかの手段、方法を検討し改善しなければならない。
また、傷病によっては書類審査のみでは適切な認定ができないとする問題もあり、適切に認定ができる方法を検討すべきである。
現在の状況下では広報周知等には限界があり、手続的権利を保障することは困難であることからすれば、何らかの施策を講じることが必要である。
① 受付(裁定)日について
現在、書類を受理されない限り受付(裁定)されない。そうすると、書類が足らない等により裁定が遅れ、その分受給権の発生が遅れたり、支分権が時効消滅したりすることがある。
学生無年金訴訟の過程で創設された「特定障害者に対する特別障害給付金の支給に関する法律(平成十六年法律第百六十六号)」による特別障害給付金は、初診日等の確認に時間を要することも考慮され、「添付書類の不足等がある場合でも請求書に受付印を押印[44]」するよう通知が発出されている[45]。理由は、特別障害給付金に関しては、社会手当に分類されるものであることから請求月の翌月分からしか受給ができないからである。
年金給付においても事後重症請求等受付が遅れることで受給権の発生や支分権の発生が遅れたり、時効消滅したりすること、年金生活者支援給付金も特別障害給付金と同様に原則請求月の翌月からしか支給されないことを考えれば、同様に先に受付印を押印することを検討すべきである。
② 医療機関での初診日の保管について
医療機関では、法律上診療録の保管は5年とされている。しかし、それによって初診日の証明が取れず障害年金請求を断念しているケースがある。
診療録の保管がなくても、初診日と傷病名(受診科)の記録があれば請求を断念することがなくなると考えれば、当該記録のみデータ化して保存することはできないであろうか。また、廃院時の診療録の取扱いについては、廃院時点における管理者において保存するのが適当とされ、管理者がいない場合には、県又は市などの行政機関において保存するのが適当であるとされている[46]が、対応を徹底し、保存先を周知して欲しいものである。
筆者は電子化に関して素人であるので可能かどうかはわからないが、今後、健康保険証をマイナンバーカードによりICカード化し情報管理するのであれば、その中にデータとして残す等ができないのかとも思う。
初診日問題に関しては、何十年に渡り問題となっているものであり、データとして残るように何らかの対応を検討すべきである。
③ 法改正により救済される人の抽出
法改正により障害年金の受給が可能となる人に対しての周知ができていないことは既述のとおりであるが、相談窓口で受給要件に該当していないことが把握できたケースに関しては、何らかの方法で登録管理しておくことができれば、少なくとも当該者に対して法改正時に周知することは可能であろう。
④ 郵便での受付について
現在、郵便での提出の場合、年金事務所等に届いた日(営業日)が受付日となる。しかし、郵便の配達日数が以前にも増して長くなるのであれば[47]、請求者は投函日に相当注意しなければならない。事後重症としての請求等には速達でなければ当月末までに届かない、あるいは速達であっても受付日が翌月になってしまうことも考えられる。これは従来から問題であったが、2020年12月に公布された「郵便法及び民間事業者による信書の送達に関する法律の一部を改正する法律(令和2年法律第70号)」の施行を機に今後見直し、届いた日(営業日)を受付日とするのではなく通信日付印により表示された日を提出日、すなわち受付日とし、さらには、当日に予約をしていなくても提出できるよう、あるいは夜間でも投函できるように、文書収受箱を設置すべきである。
これまで述べてきたように、手続的権利を護るためには、誰もが社会保障制度を利用できる環境になければならず、すべての人に必要な情報が伝わっていなければならない。そして、「障害年金制度を知らない」、もっと言えば「社会保障制度を知らない」ことで「利用できない」という現実を実務家は重く見るべきであり、厚生労働省や日本年金機構とともに、社会保険労務士は、その他の専門家や医療機関のソーシャルワーカー、各支援機関や当事者団体等に対し、積極的に関わっていくことが必要であろう。
そして、本来、社会保障制度における手続きは、専門家が関与しなくても誰もが簡単にできる仕組みでなければならないものの、既述のとおり、障害年金制度そのものの複雑さに加え、年金事務所等での相談窓口では様々な限界がある以上、社会保険労務士等専門家が関与せざるを得ないというのが現状であろう。
現在、全国社会保険労務士会連合会では、各年金事務所の相談窓口や各地の年金相談センターの相談業務を受任しているところであるが、社会保険労務士としての本来の業務は、あくまでも行政と一線を画したうえで、常に被保険者や受給者の権利を護るために何ができるのかを考え、行動し、改善要求や提言等をしていくことである。そして、できる限り、誰もが支給要件に該当したときに裁定・受給できる環境をつくることが専門家としての責務である。
今回、本事件を受けて、「社会保険労務士に相談していれば結果が違っていたか(受給できていたか)」と問われたが、残念ながら社会保険労務士もその考えや能力はまちまちであり、「社会保険労務士に相談されていれば、初診日の証明も障害認定日請求も可能と答えるだろうし、請求していただろう」とは言えない。ただ、社会保障制度や障害年金制度における法の趣旨を十分に理解している社会保険労務士であれば手続きをしたであろうし、結果は違っていたと思う。
昨今、障害年金業務に特化している社会保険労務士が増えたが、社会保険労務士は、単なる障害年金請求手続きというだけではなく、あるいは、企業の顧問のみしている社会保険労務士であっても、その根底にある社会保障の意義や人権等意識を常に持ち、真摯に取り組む必要があるだろうし、社会保険労務士自身も権利阻害をしているかもしれないという自覚を常に持ち、関わる必要がある。そして、全国社会保険労務士会連合会や各都道府県の社会保険労務士会もこのような現状を十分に認知し、改善に向けて行動すべきであろう。
本事件の件も含め、社会保険労務士団体の責任は非常に重いものだと感じている。
あとがき
筆者が開業した1994年当時は、筆者が住んでいる地域では年金業務をする社会保険労務士はほとんどいなかった。そのためか、社会保険事務所の年金給付課では社会保険労務士への信頼度は低く、社会保険労務士に対してさえも、裁定請求書類を「相談窓口に入っていただかないと(個別相談をしていただかないと)渡せない」としていたし、「間違えたらいけないので渡せない」と言う職員もいた。
筆者は、開業後すぐに年金業務にたずさわることになったが、会社から身体障害者手帳を申請するように言われても障害年金については教えてもらえていなかったり[48]、長期間の入院をしながら障害年金を請求しないまま亡くなられていたり、と、障害年金制度を知らない人が如何に多いかということに気づいた。そのため、市役所の関係窓口に足を運び「身体障害者手帳等を交付している人や来所される相談者等に周知できないか」と話したが、「障害があることを隠している人がいる(障害のある子を親が家に閉じ込めている)から行政からは周知できない」と言われ、また、社会福祉協議会では相手にすらされなかった。そこで、筆者は、広報も社会保険労務士の業務であり使命であると思い、様々なところで障害年金制度について語るようになった。
あくまでも筆者の感覚ではあるが、当時の社会保険事務所の対応はあまり親切ではなかったし、職員によって能力も考え方もまちまちで、かなり差があった。その後、筆者がやり取りする中で、随分変わっていったように思うが、上司が変わる度に窓口の対応が変わることもあったし、窓口で働く非常勤の方の仕事への影響もあった。また、お客様本位で動く職員もいたし、そうでない職員もいた。
今でも、相談窓口の対応は、社会保険労務士が丁寧な業務をして関わることで、変わることも多いように感じている。相談者が窓口等で誤った対応をされていたときには、相談者に代わり伝えることで対応は変わる。
筆者においても、本事件のように相談窓口での誤った教示で支分権が時効消滅したケースの審査請求をして容認されたことがあるが、これらの行為はあくまでも受給者の権利を護るためのものである。そのため、単に「窓口が悪い」「担当者が悪い」というのではなく、なぜこのようなことが起きてしまうのか、その根本原因を考える必要があるだろう。
本執筆においては、本事件と少し離れた部分もあったかもしれないが、そのような意味も含めて記したものである。
[1] 第169回国会(常会)質問主意書 質問第171号「公的年金制度における年金給付の受給権の消滅時効に関する質問主意書」
[2] 実務では、従来「年金請求遅延理由書」を添付することで時効援用されなかった。改正後は「年金裁定請求の遅延に関する申立書」を添付することで時効援用しないことになっている。
[3] 1999年2月より2005年12月まで厚生労働省社会保険審査会委員
[4] 加茂紀久男『裁決例による社会保険法第2版 加茂紀久男』(民事法研究会・2001)100頁
[5] 1996年11月29日(通算老齢年金)裁決集102頁
[6] 2003年9月30日裁決 裁決集397頁(国民年金・各制度共通/却下)(裁決では、請求人が亡夫の老齢基礎年金について未支給年金を受領しているため棄却となっている。)
[7] 「老齢基礎年金の支給を受けていたとき」等の解釈については、老齢年金の裁定を請求し実際に年金の支払いを受けた者だけでなく、「年金給付を受ける権利(以下「受給権」という。)に基づき支払期月ごとに支払うものとされる給付を受ける権利(以下「支分権」という。)が発生した場合と解すことが適当である。老齢基礎年金の支分権については、原則として、国年法第18条第1項に基づき、65歳到達日の属する月の翌月に発生するものであるが、支給の繰下げを行う場合、同法第28条第3項により、支分権は繰下げの申出のあった日の属する月の翌月に発生することとされている。このため、65歳到達日以降に老齢基礎年金を請求していない受給権者が死亡後、遺族が寡婦年金を請求する時に、受給権者本人が繰下げ申出を行う意思を有していたことを証明する書類を添付することをもって、支給の繰下げを行うまで支分権を発生させる意思がなかったものとみなして、『老齢基礎年金の支給を受けていたとき』等に当たらないと解釈する」とした。
[8] 「生前の○○は、老齢基礎年金の受給について、65歳時に遡らずに、今後の年金受給(支給の繰下げ)を予定しておりました。」という「寡婦年金・死亡一時金の支給要件の確認に関する申立書」を添付することになっている。
[9] 実務的には、死亡した夫が繰下げ申出の意思を有していたかどうかよりも、未支給年金の額と寡婦年金の額との比較や、妻に他の年金の受給権がある場合には併給調整をも検討した上で、申立書を提出するかどうか決めることになるであろう。
なお、2014年4月以後においては、老齢基礎年金の受給権が65歳に発生している人で70歳以後に繰下げ申出をした場合には、70歳に達した日に繰下げ申出をしたものとみなされるように法改正されたことから、70歳以後に死亡したときには繰下げ申出の意思に関わらず、翌月には支分権が発生するとして、寡婦年金は支給されない。
[10] はじめて2級による年金は、従来の国民年金に設けられていた「20歳前障害のある者が国民年金の加入中に発生した障害と併せて障害等級表に該当する障害となった場合には、拠出制の障害年金が支給される」という制度の考え方を発展させたものである。また、この制度には請求期間の限定がなかったことから、「はじめて2級」による年金についても請求期間を65歳に達する日の前日までとはしなかったものである。
[11] 2015年9月28日 年管管発0928第6号「障害年金の初診日を明らかにすることができる書類を添えることができない場合の取扱いについて」日本年金機構年金給付業務部門担当理事宛厚生労働省年金局事業管理課長通知
[12] 実務では、診断書は「障害認定日以後3ヶ月以内の現症日のもの」を添付することになっているが、施行規則第31条第2項には「障害の状態に関する医師又は歯科医師の診断書」と規定されているだけである。
[13] 厚生労働省年金局「令和元年公的年金加入状況等調査結果の概要 令和3年8月」23頁
[14] 社会保険実務研究所『週刊年金実務』(2013年8月26日第2057号)22頁~24頁(2013年11月11日「障害保健福祉関係主管課長会議資料」(135頁))
[15] 社会保険実務研究所『週刊年金実務』(2015年8月17日第2156号)15頁(第12回社会保障審議会年金事業管理部会「資料3-2」(2015年8月6日)15頁)
[16] 第8回社会保障審議会年金事業管理部会「資料4-1」(2015年3月17日)14頁
[17] 1994年改正法(1994年11月9日法律第95号)附則第4条、第6条、第14条。(1994年11月16日法律第98号)第8条、(1994年11月16日法律第99号)第8条等、法改正前の3年失権規定により既に障害年金の受給権が消滅している人や旧法の規定による保険料納付要件を満たしていなかった人に対する救済措置
[18] 国民年金法附則第7条の3の2
[19] 2013年改正法(2013年6月26日法律第63号)附則第97条
[20] 社会保障協定の実施に伴う厚生年金保険法等の特例等に関する法律(平成十九年法律第百四号)。日本は、2022年2月1日時点において23カ国と協定を署名済(うち21カ国は発効済み)。ただし、英国、韓国、イタリア(未発効)および中国との協定については「保険料の二重負担防止」のみで、年金通算はない。
[21] 2011年12月20日 年管管発1220第7号「20歳前障害による障害基礎年金の請求において初診日が確認できる書類が添付できない場合の取扱いについて」(地方厚生(支)局年金調整課長・年金管理課長あて厚生労働省年金局事業管理課長通知)
[22] 障害認定基準では、「神経症にあっては、その症状が長期間持続し、一見重症なものであっても、原則として、認定の対象とならない。ただし、その臨床症状から判断して精神病の病態を示しているものについては、統合失調症又は気分(感情)障害に準じて取り扱う。なお、認定に当たっては、精神病の病態がICD-10による病態区分のどの区分に属す病態であるかを考慮し判断すること。」とされている。
[23] 第22回社会保障審議会年金事業管理部会「参考資料3」(2016年2月29日)38頁、39頁。「障害年金を受給できる・できないと安易に案内していない」の評価で、基礎年金番号を使用する相談内容(調査対象9カ所)では100%、基礎年金番号を使用しない相談内容(調査対象51カ所)では96%であったとしている。
[24] 第22回社会保障審議会年金事業管理部会『参考資料3』(2016年2月29日)38頁、39頁、46頁、57頁。
基礎年金番号を使用しない相談内容調査(51カ所)では、交付ができているのは、年金請求書14%、診断書18%、受診状況等証明書59%、受診状況等証明書が添付できない申立書43%、請求記載例(障害基礎年金用)8%、請求記載例(障害厚生年金用)14%となっており、基礎年金番号を使用する相談内容調査(9カ所)では、障害基礎年金の相談で年金請求書75%、診断書75%、受診状況等証明書100%、受診状況証明書が添付できない申立書100%、病歴・就労状況等申立書75%、請求記載例25%、障害厚生年金の相談で年金請求書80%、診断書80%、受診状況等証明書60%、受診状況等証明書が添付できない申立書40%、病歴・就労状況等申立書80%、請求記載例40%となっている。
[25] 法解釈の変更としては、昭和60年改正法附則第18条第1項の解釈変更(65歳に達した日において老齢基礎年金の受給資格期間を満たしていない場合の取扱いとして、65歳に達した日において保険料納付済期間又は保険料免除期間がなければ、65歳以後に第3号被保険者の特例届出をしても受給資格期間を満たさないとしていたが、解釈が一転し受給資格期間を満たすとした。)、運用の変更(法令遵守)として、国民年金法第20条第4項、厚生年金保険法第38条第4項(併給調整に関して、裁定請求手続き後においても何年でも遡って年金受給選択申出書の提出が可能であったが、できなくなった。)、実務的な変更(法令遵守)としては、強制加入被保険者期間が任意加入対象期間であったと判明しても保険料納付済期間のまま処理する、老齢基礎年金の受給資格要件を満たさない場合に任意加入未納期間を合算対象期間として取り扱う等がなされなくなった(平成26年4月以後は、法改正により任意加入未納期間は合算対象期間として取り扱うこととなっている。)。
[26] 日本年金機構「給付情2011-121 知的障害や発達障害と他の精神疾患が併存している場合の取扱い(情報提供)」(2011年7月13日)において、知的障害や発達障害と他の精神疾患を併発しているケースについて、同一疾病として取り扱うかどうかについて情報提供しているもの。
[27] 指示文書等に関しては、日本年金機構から「社会保険労務士会」宛に通知されているものもあるが、全国社会保険労務士会連合会では、あくまでも年金事務所等の相談窓口業務にたずさわっている会員向けのものであるとして全会員には公開していない。
[28] 2015年1月時に日本年金機構に勤務している正規職員及び準職員に対して行ったアンケートで、制度・運用面に改善すべき点があると回答した人数1,806人のうち、349人が「相談体制に関すること」について意見しており、そのなかに「専門的に知識が必要なため専門部署や専門の職員を配置して欲しい」「各ブロック等で実施した事例等を全国共有し機構全体としてスキルアップできるようにしてほしい」「窓口担当者だけでなくバックヤード職員も含めたスキルアップ・研修(認定基準等)が必要」「障害年金に精通した職員が限られ一部の職員に負担がかかる」とある。(第12回社会保障審議会年金事業管理部会「資料3-2」(2015年8月6日)18頁)
[29] 第8回社会保障審議会年金事業管理部「資料4-1」(2015年3月17日)13頁
[30] 被用者年金制度の一元化等を図るための厚生年金保険法等の一部を改正する法律(平成24年8月22日法律第63号)
[31] 1967年4月5日庁文発第3、665号社会保険庁医療・年金保険部長連名通知
[32] 社会保険業務センター『社会保険業務センターつうしん』(1994年9月号No.314)3頁
[33] 当該記載は被保険者期間内にある場合を指しているが、本事件においては20歳前障害であるから、「20歳未満であると判断できない場合」と読み替えるべきものである。
[34] 社会保険業務センター『社会保険業務センターつうしん』(2003年2月号No.415)5頁
[35] 社会保険業務センター『社会保険業務センターつうしん』(2003年6月号No.419)23頁
[36] 実際には、非正規職員が対応していることが多い(当該問題に関しては「Ⅳ.2」のとおり)。
[37] 第169回国会(常会)質問主意書 質問第535号「障害年金の申請に係る初診日特定に関する質問主意書」
[38] 施行日の前日において旧国民年金法による障害福祉年金を受ける権利を有していた者のうち、施行日において新国民年金法第三十条第二項に規定する障害等級(以下この条において単に「障害等級」という。)に該当する程度の障害の状態にある者については、同法第三十条の四第一項に該当するものとみなして、同項の障害基礎年金を支給する。
[39] 一般社団法人全国手をつなぐ育成会連合会権利擁護センター「報告書 障害基礎年金に関するアンケート調査」(2021年3月(2020年11月~12月にかけて調査))では、「年金を申請したことがない方」12人のうち、申請していない理由として「障害基礎年金のことを知らなかった」1人、「窓口に行ったが貰えないと言われた」2人、「就労しているから」5人、「障害が軽いから」が4人となっており、誤った情報により請求していないと思われる人が存在することがわかる。
[40] 1991年3月以前は、学生は20歳に達しても国民年金の強制加入から除外されており、任意加入しないまま当該期間に初診日のある傷病等が生じても障害基礎年金が支給されないという制度上の問題があったことから、無年金となっている者が全国9地裁で処分の取消訴訟と国賠請求訴訟を提起したもの。
[41] 2014年7月18日に報告書を出し、文部科学省の中央教育審議会で議論するよう提言している。当該報告書では、「重点とすべき学習項目を「理念(「なぜ社会保障制度が誕生し現在存在するのか」を理解する)」「内容(「社会保障制度がどのような役割を果たしているのか」を理解する)」「課題(「課題」を考察し、多面的・多角的に社会を理解する)」の3つに絞っている。そして、社会保障に関する教育の現状は「制度の説明に偏ってしまい、考えさせる授業の展開が難しい。ほとんどの生徒は社会保障に対して、関心がないもしくは興味がない。教師も詳しく知らない場合が多い」とし、検討の視点として「限られた授業時間の中で重点的に教えるべき項目を整理する。生徒の当事者意識を引き出し、学習のモチベーションを高める工夫をする。教師の指導のしやすさ等に配慮した工夫をする。」としている。
[42] 一般社団法人全国手をつなぐ育成会連合会権利擁護センター「報告書 障害基礎年金に関するアンケート調査」(2021年3月)12~13頁
[43] 第一条(国民年金制度の目的)「国民年金制度は、日本国憲法第二十五条第二項に規定する理念に基き、老齢、障害又は死亡によつて国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によつて防止し、もつて健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とする。」
第二条(国民年金の給付)「国民年金は、前条の目的を達成するため、国民の老齢、障害又は死亡に関して必要な給付を行うものとする。」
[44] 「受付印を押印する」というのは、押印した日を受付日(裁定日)とするということである。
[45] 2005年5月13日庁保険発第0513001号「特別障害給付金に係る事務の取扱いについて」地方社会保険事務局長あて社会保険庁運営部年金保険課長通知3(1)エ「特別障害給付金は、請求日の属する月の翌月分から支給されることとなるため、受付の際は添付書類の不足等がある場合でも請求書に受付印を押印し、後日、不備等の補正を行うように市町村への周知徹底を図ること。」
[46] 1972年8月1日 医発第1113号「医師法第二十四条に規定する診療録等の取扱いについて」厚生省医務局長通知
[47] 2022年1月以後には、順次翌日配送がなくなり、木曜日投函でも翌週の火曜日着となるとしている。
[48] 身体障害者手帳の申請に関しては、会社が障害者雇用率を上げるために促したものと考えられる。