障害年金における手続的権利 (総論)

藤原精吾

目次

はじめに

I.      手続的権利を取り上げる意味

II.     論点と問題提起

1.     論点1, 手続前段階

(1)    情報提供を求める権利

(2)    時効消滅問題

(3)    広報周知義務

(4)    相談助言を求める権利

2.     論点2,請求手続段階

(1)    裁定請求を受理させることが容易でない

(2)    請求日はいつなのか

(3)    複数の年金受給権の選択

3.     論点3 不服審査請求手続き

(1)    不支給処分理由の明記

(2)    審査機関の独立性

(3)    不服審査手続の遅延

(4)    審査請求の実施

 

はじめに

 これまでに刊行された社会保障法教科書において公的年金については、その制度の体系的解説、年金行政の解説、年金受給要件や受給手続などの解説と理論化を意図して書かれてきた。それは性質上現行法を前提としてその客観的・体系的理解を深めることを意図している。

 これに対して今回われわれは、年金制度を司る行政の立場ではなく、また純粋に学問的立場でもなく、年金を受給する市民の立場から、現に行われている年金行政が憲法25条に基づく社会保障制度実施の一環として、これにふさわしいものになっているかを検証することを試みる。一口で言えば、受給権者である市民目線で年金行政を見直すことである。そうすると見えてくるものは、多くの市民が情報の不足や、窓口の不適切な対応によって年金を受けられなかったり、制度の不知のため十分な年金を受給できなかったりする不都合が現に起こっていることである。市民個人がその不当性を口に出しても「年金制度はこうなっている」、「法律と行政が決めている範囲でしか年金は受給できないのであきらめるように」と説得されてきた歴史と現状がある。これらの不都合が起こってくる原因を可能な限り客観的、制度的に明らかにしたい。

 また障害年金請求手続に関して出版されている多くの解説書は、(それは書物の性格上やむを得ないことではあるが)現行行政を所与の前提とし、行政が決め、行っている実務を紹介し、これをいかにクリアして年金を手にするかのノウハウを提供するものとなっている。すなわち現行行政を受け入れることが解説の前提である。勿論審査の先例集、判例集で現行行政に批判的な判断をおこなったものを登載していることには大きな意味がある。しかしそれは個別事例を紹介し、参照するものに止まり、制度全体を俎上にあげて制度的批判を展開し、制度の改革を求めるものではない。

 われわれは、受給権者としての市民が、不当だ、納得できない、と感じている(あるいは、その不合理性にすら気づかずにいる)手続上の諸問題について、市民の立場からその手続を見直し、制度的、組織的体制に溯って、それが果たしてあるべき社会保障制度としての年金制度になっているかを検討する。そしてその検討の結果明らかとなった問題点の制度改革につながることを期待したい。

 

I.     手続的権利を取り上げる意味

 「社会保障の権利は、①実体的給付請求権、②手続的権利、③自己貫徹のための権利の三つの態様を持つことを要すると考えられる[1])

 ここで云う社会保障の権利とは、憲法25条が規定する「健康で文化的な最低限度の生活」を市民が営むことが出来るように国が法律制度として具体化すべき憲法上の制度であり、公的年金に関しては国民年金法第1条が「憲法252項に規定する理念に基づき・・・健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とする。」と規定していることに基づく。

①実体的給付請求権とは、その給付内容が憲法25条の規範にふさわしく定められていることを内容とするものであり、手続的権利とは、社会保障の権利が給付として行われるに至る一連の手続がその権利本来の「人たるに値する生活の保障という目的」にふさわしく進められることを要求する権利であり、自己貫徹のための権利とは、給付が内容・手続において憲法25条の規範に反している場合にそれを正すための制度が必要であることを意味する。

障害年金法研究会がこれまで取り上げてきた多くのケースでも、上記①②③の権利が現在の障害年金制度においては十分に保障されていないことが明らかとなっている。

 今回の特集では、その内、②手続的権利、③自己貫徹のための権利について、現状を可能な限りとらえ、制度的な問題点を体系的に把握し、改善を要する点を提起することを課題としたい。③は年金給付をめぐる処分に対する不服申立の制度であるが、手続的権利としてもとらえることができるので、同時に論じておきたい。

そして社会保障としての公的年金を、情報の提供、権利と手続についての相談、助言、請求の援助(アドヴォケイト)不服申立までを全体としてとらえるようにしたい。

 

II.   論点と問題提起

手続的権利及び自己貫徹のための権利に関しての論点を次の三つに区分する。

論点1,手続前の段階

論点2,請求手続の段階

論点3,不服申立段階

そして、この論点毎に①現状とその問題点の指摘、②問題点を解決するためのあるべき制度の提言を順次考えていきたい。

 

1.     論点1, 手続前段階

(1)  情報提供を求める権利

【現状と問題点】

 年金受給権があることを知らず、受給できずに終わった人、権利発生を知ったのが遅かったため、請求5年以前前の年金受給権が時効消滅したとされた人は少なくない。

 現状の一端を示す資料として、「平成29年国民年金被保険者実態調査」【資料1】、「2010年身体障害者の年金受給状況に係るサンプル調査について」【資料2】及び「平成28年公的年金加入状況等調査結果の概要」平成30年5月厚生労働省年金局【資料3】がある。

資料1によれば、障害年金の存在を知らない人が3割以上に上る。

l  障害年金の周知度(平成29年国民年金被保険者実態調査)

「国民年金では、加入期間中の病気やけが等により一定以上の障害の状態になった場合は、障害年金が支給される」ことの周知度は67.1%であり、身体障害者手帳保持者にしても、年金が受給できる制度を知らなかったという人が2割近くいる。

l  2010年身体障害者の障害年金の受給状況に係るサンプル調査について

²  障害年金の制度を知らなかった58 件(19%)

²  障害年金に該当しないと思った41 件(13%)

²  手続き方法がわからなかった15 件( 5%)

 平成214月から年金機構は「ねんきん定期便」を年1回誕生月に被保険者に送付し、加入状況などの年金記録を知らせるようになった。しかし上記平成29年実態調査ではその後もまだ不十分なことが示されている。

(2)  時効消滅問題

一方で、年金受給権は受給要件の成立と同時に基本権とこれによる支分権が発生し、裁定請求はその権利を公的に確認するだけのことであるとして、年金裁定がなくても、また年金受給権のあることを知らなくても年金受給権は会計法に基づき5年の経過により時効消滅すると取り扱われてきた。これについては多くの論争があったが、2017(平成29)年1017日最高裁判所第3小法廷判決(民集71-8-1501)で行政のやり方を追認した。判決は権利者が受給権の存在を知らなくても時効の成立は妨げられず、後日年金裁定を受けても、裁定請求時から5年以前の年金がすべて時効により消滅したとされ、30年分に近い年金がすべて失われているケースを見ることは珍しくない。最高裁は、年金裁定は受給権の確認行為であり、年金裁定請求は本人がいつでも可能であるとして、裁定がなされていないことは法律上の障碍には当たらず、年金受給要件を満たした時点から民法166条の「権利を行使することができる」として裁定請求受給権の存在を知らなくても時効の起算点とする。年金受給権の周知広報義務が国にないのに、受給権が発生すれば時効は進行するという。しかし判決が「何時でも可能」としているが現状は全く異なっている。このような建前と現実との矛盾を解決する必要があり、裁判所では権利を行使できなかったため時効により受給権が消滅したと扱われる幾つかのケースにおいて、国による時効援用が信義に反し無効である、との判断を示している。

仮に受給権があると知ったとしても、最高裁がいう、「受給要件に該当し、客観的に受給権が成立すれば、権利をいつでも行使ができる」、という前提には疑問がある。裁定請求を思い立ってから受給権を実現するまでに、窓口対応、要件存否についての判断、証明手段などについて、いくつものハードルを超えなければ、目的地にたどり着けないからである。

平成17年に発覚した年金記録の不備による5千万件を超える記録不備による「消えた年金事件」を機として、「年金時効特例法」を制定し、同法施行前に作成された記録の不備や訂正、誤った教示に基づき、年金受給権が時効消滅したとされる事例について訂正等により記録訂正のあった年金については時効を適用せず、平成19年7月7日以降に生じた年金受給権については国民年金法、厚生年金保険法を改正して、「法の施行日後に受給権を取得する者の支払期月ごとに支払うものとされる年金の支給を受ける権利については、法による改正後の厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)第92条第4項及び国民年金法(昭和34年法律第141号)第102条第3項において、会計法第31条の規定を適用しない旨の規定を設けた。これにより、時効による当該権利の消滅の効果は、当該権利の発生から5年の時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、時効が援用されたときに初めて確定的に生ずるものとされた。

 そして、時効援用をすべきかどうかの判断に関して、平成24年9月7日、「厚生年金保険の保険給付及び国民年金の給付を受ける権利に係る消滅時効の援用の取扱いについて」で、平成19年7月7日以降に発生した受給権に関して、消滅時効を援用しない典型的なケースを明示することにした(厚生労働大臣官房年金管理審議官発 日本年金機構理事長宛年管発0907第6号)。

しかるに現在の行政は年金裁定請求に際して、請求者にあらかじめ「年金裁定請求の遅延に関する申立書」を提出させ、「5年の時効が完成している分については、支給がない旨を理解しています。」との念書を提出させている。このような手段を講じることは、請求が遅延した理由の如何を問わず、前もって不服申立を封じるためである。これが正しい行政と云えるのか、疑問なしとしない。

 年金受給権成立と共に消滅時効の進行が始まるとの取扱いを維持するには年金受給権の広報・周知義務が国にあるとすることが前提ではなかろうか。

(3)  広報周知義務

広報周知義務については永井訴訟(1991(平成3)年2月5日京都地裁判決 判例時報138743頁)を機に論じられるようになった。永井訴訟一審判決は、憲法25条により制定された社会保障給付が、周知されないまま放置されれば、社会福祉手当は単なる飾り物となり、画餅に帰するであろうとし、担当行政庁の広報義務は憲法25条の理念に即した児童扶養手当法の解釈から導き出されるとして、これを怠った過失に基づく損害賠償責任を認めた。しかし、その控訴審で大阪高裁は、これを義務づける法令の根拠はないとして、一審判決を破棄し、請求棄却の判決をした。これらの判決についての評論に次のようなものがある。

Ø  堀勝洋「季刊・社会保障研究」272200頁 (広報義務に否定的な見解)

Ø  川久保 寛「社会保障研究」3巻3号392

Ø  木下秀雄「社会保障法における行政の助言・教示義務―永井事件控訴審判決を手がかりに」「賃金と社会保障」14571458合併号

【改革の方向】

     現状を批判的に検討し、年金を含む社会保障給付について広く市民を対象とした周知・広報義務のあるべき姿、方向性を検討する。それと共に、窓口に来て裁定請求を求める市民に対して正確で十分な情報を教示する義務も論じる必要がある。

これには世界各国の社会保障制度の状況を踏まえた考察が必要であり、これを今回「年金受給権の広報周知義務」として本号嘉藤の論文で検討する。

     時効問題については、実体法に多く関わるので、今回は問題の位置づけを明らかにするに留め、中心的な論点とはしない。

 

(4)  相談助言を求める権利

【現状と問題点】

不特定多数の人に年金制度と受給権の行使について知らせるのが広報周知義務だとすれば、窓口に受給を求め、相談にやってきた人に個別に正確で適切な情報を提供することを義務として実施される必要がある。

 年金請求手続の窓口にあたる職員が来訪者の年金受給権について正確な情報を告げず、その結果受給権の大半が失われたケースが裁判で明らかになった事案で、消滅時効の援用が信義則に反し認められないとした判決(2010(平成22)年218日東京高裁判決 判例時報211112頁、2017(平成29)年1130日名古屋高裁判決 「賃金と社会保障」170463頁など)がある。このようなケースがなぜ絶えないのか、その制度的理由を明らかにする必要がある。そして窓口に来た年金相談者に正しい情報を提供する制度的保障をする必要がある。

窓口に来た人に、受けられる障害年金の内容と手続について相談し、手続に必要な書類の内容とその取得方法を教える体制が十分整っているとは思われない。年金事務所に常駐している相談員の活動内容とその実効性について、現状の客観的な把握をすることが必要である。

【改革の方向】

 年金受給権の広報とその内容の充実が必要である。

     等級が明確な人工透析、人工肛門、人工弁、人工関節などでも受給できることを知らず、請求していないケースが多数ある。

     国は、障害、疾患により生活や労働に支障が生じれば、障害年金受給可能性があり、請求をすることを、国、地方自治体、医療機関、就労支援・生活支援事業所、地域包括支援センター、社協等を通じて、周知、勧奨を図るべきである。

     相談窓口を年金機構、市区町村以外にも広げること

年金事務所の数は多くはない。しかも、障害年金の相談に十分に対応できる職員は、年金事務所に少数いるか、いないか。市区町村の年金課はなおさらである。障害者支援センター等に一人は、障害年金の相談に対応できる支援員を養成、配置するなどを国がリードして行うべきではないか。

     そして根本的には、年金行政の窓口において訪れた市民に対して必要十分な情報を提供し、請求を援助することを法律上の義務とすべきである。

 

2.     論点2,請求手続段階

(1)  裁定請求を受理させることが容易でない

【現状と問題点】

 平成27年頃までは、初診を証明する医師診断書を持参しない限り、年金支給はできないと、窓口で請求を受理しないことが広く行われて来た。その事実は請求書の用紙すら渡さない年金事務所が多数あることが厚労省の調査【資料4】で明らかになっている。

(資料4平成2828日年金機構「障害年金制度の運用に関する対応状況」)

 その結果本来受給できたはずの年金が消滅したとされ、後日提起された訴訟の判決で窓口の対応が違法であることが確認されたケースが幾つかある(前記平成22年東京高裁判決、平成29年名古屋高裁判決、2021(令和3915日名古屋高裁金沢支部判決 判例集未登載 「賃金と社会保障」20223月上旬号掲載予定)。

 年金受給要件の完備を裁定請求の際に求め、すべての書類が揃っていないと受給できないとして、窓口段階で請求書の受理を拒否するばかりか、「初診日診断書」が用意できなければ受給の見込みがない、として追い返すことが行われて来た。しかしこのような窓口対応は適法でないにも関わらず、このような取扱いに泣き寝入りさせられる受給権者は少なくないと考えられる。上記裁判になったケースは本人が例外的にがんばった結果受給が実現したレアケースだと考えられる。

初診日の診断書要件一つとっても、制度発足当初の国民年金法施行規則31条で「初診を証明する診断書」とされていたのを、医師のカルテ保存義務が5年とされているので、その取得が困難である実情からその要件を緩和し、平成27年101日の施行規則改正で、従来初診日の証明について「初診日を明らかにすることができる書類」とされていたのを、「当該書類を添えることができないときは、当該初診日を証するのに参考となる書類」と付け加えた。

しかしこれに至るまで、国民年金法にはそのような規定がないのに、初診診断書の提出を請求の必要要件として、これがない限り請求の受付をしない行政事務が通常に行われていた。その不合理は以前から明らかであり、既に昭和42年45日通知【資料5】ではこれを改めるべく、柔軟な取扱いを求めていた。にもかかわらず、国年法の誤った解釈による受給権行使の制約が何十年間も続けられていたのである。

(資料5)昭和42年4月5日 社会保険庁医療・年金部長通知

「年金たる保険給付を受ける権利の時効消滅の防止について」

「現行法令の許容する限度において、できる限り弾力的な運用を図るとともに、受給権者に対する早期裁定請求の指導の徹底を期し、もって時効による受給権の消滅の防止を期するよう特段のご配慮を煩わしたい。」

「1 裁定請求は、所定の様式による書面により行うこととされているが、請求の意思が明確に表示されている限り、所定の様式に合致しないものであっても裁定請求書として受け付け、受付簿に受付の旨等を明記するとともに、所定の請求手続をとるよう請求者に連絡するなどの措置を講ぜられたいこと。」。

さらにその後昭和60年の公的年金制度改革があり、国民年金法改正が行われ、同法施行規則も改正され、添付書類として「診断書」ではなく、「初診日を明らかにすることができる書類」と改められている。それでも尚「診断書」提出を求める硬直した取扱いが続いていたので、平成23年12月16日(年管発1216第3号)を出し、同通知は、

① 障害基礎年金の請求には障害の原因となった疾病又は負傷に係る「初診日を明らかにすることができる書類」を添付することとしている。

② しかし、初診から長期間経過して請求する場合などは、初診の証明を添付できないことがあるから、初診日の証明について弾力的な運用を求められてきたところである。(下線は引用者)とし、

③ 今回、20歳前障害による障害基礎年金の請求に限り、初診日の証明がとれない場合であっても明らかに20歳以前に発病し、医療機関で診療を受けていたことを複数の第三者が証明したものを添付できるときは、初診日を明らかにする書類として取り扱うこととする。

と念押しをした。にも関わらず平成27年施行規則の改正が行われるまで硬直的な取扱いがされていた。

 このような受給権を制限する窓口の取扱いを改めるべく、国民年金法施行規則を改正し、初診日の証明方法をさらに緩やかにする規定として、平成27年10月より施行している。この規則改正で、従来初診日の証明について「初診日を明らかにすることができる書類」とされていたのを、更に「当該書類を添えることができないときは、当該初診日を証するのに参考となる書類」と付け加えた。

この改正により、「初診診断書要件」ををタテに請求を妨げてきた社会保険事務所の取扱いが改まることを期待したい。この改正は年金裁定請求手続要件を変更したものではなく、もともと国民年金法は初診日証明は「診断書」によると限定しておらず、窓口の対応こそ法令に違反していたのである。

(2)  請求日はいつなのか

【現状と問題点】

この点、明確な法令根拠はない。事後重症請求では、請求日が受給権発生日であること、死亡後の請求は不可であることおよび65歳到達日以後は請求ができないこと等により、最初に相談した日または請求の意思表示をした日を請求日と扱うべきである。共済組合は、年金一元化(201510月)前は請求について電話連絡した日を請求日として扱うことがあった一方で、年金機構は請求書の提出日(原則として全ての書類が提出された日)を請求日として扱っている。

【改革の方向】

請求の意思表示を非常に簡素なものに変更すべきではないか。上記(1)と関連するが、障害年金の請求書を「障害年金を請求します」として、住所と氏名だけを記入するハガキ に変更して、それ以降の年金機構での相談、請求添付書面の整備等は請求後の手続きとすべきではないか。

(3)  複数の年金受給権の選択

 【現状と問題点】

 複数の年金受給権が発生している時に、社会保険事務所がその選択が正しく行われるように教示しているか。誤った選択をしたことが訴訟で指摘されたケースがある。

以下についての説明、案内が不足している。

初診日について

²因果関係の考え方確定診断を受けたときか、その前の症状を訴えたときか

²初診日の病院にカルテがないときに、どのように初診日を証明すべきか

認定日請求と事後重症による請求

当初の請求上の初診日とは別の日が初診日と認定され、根拠法が異なる場合に、請求の切り替えを行うこと

→この点が十分に案内されず、113万円の給付を失った事案について、審査会は別制度の請求へ切り替えない場合の不利益を含め、請求の切り替えの案内をすることは窓口の通常の職務の範囲ではない、として信義則違反を否定した事例がある。障害認定日請求と事後重症請求の同時請求以外の同時請求(または裁定替え)の案内は定式化されておらず、案内もされないか、非常に不十分。

障害基礎年金受給対象である同一傷病での障害厚生年金(いわゆる裁定替え)請求

ここでも裁定請求のしかた、資料についての助言、アドヴォケイトの必要性がある。

 

3.     論点3 不服審査請求手続き

(1)  不支給処分理由の明記

【現状と問題点】

審査請求手続が実質的に行われるためには、不支給処分の理由がその決定に明記されていなければならないのは当然である。しかしⅠ型糖尿病についての大阪地裁2019411日判決まで、不支給処分等の実質的な理由が明示されてこなかった。この判決を通じてようやく処分理由の明示がされるようになった。

程度認定による不支給処分については、理由は書くが、診断書からの転記だけで、どうして障害程度要件を満たさないのかという判断についての具体的記載はまったくなされていない。

その到達点を把握して、不服審査手続が受給権者の権利を保障するものになっているか検証する。

 処分理由の開示は審査請求段階では更に十分なされる必要がある。

 審査官段階では、処分庁に対する釈明を求めたり、証拠開示をさせたりすることが制度的に保障されていない。

(2)  審査機関の独立性

年金等の処分についての不服審査には社会保険審査官と社会保険審査会があたる(社会保険審査官及び社会保険審査会法)。

 審査官の任命、その職務権限の行使、社会保険審査会委員の選任方法、などの制度、あわせて事務局担当者の立場なども含めて誤った処分を受けた権利者の受給権の自己貫徹が保障される制度になっているかを検討する必要がある。例えば、審査官は厚生労働省職員から、ローテーションで地方厚生局で審査官となる(同法第2条)。審査官の任命要件としては原処分に関与するなど利害関係人を除くだけであり、またその独立性についての規定はない。審査官は厚生労働省職員の立場であるから、その内容如何に関わらず、行政通達を墨守することになる。関東信越厚生局ウェブサイトにある令和2年度事業年報によると、障害年金に関する審査請求についての認容、棄却および却下の計1232件のうち、認容は22件、認容率は18パーセントに過ぎない。関東信越厚生局は、全国8厚生(支)局の2020年度の全決定(処理)件数5,388件(各厚生()局のウェブサイト「事業年報」または「事業報告」による処理・決定件数の合計)うち、約半分の2,147件を処理していることから、同厚生局の数字は審査請求の全体的傾向を示しているということができよう。

 社会保険審査会についてはその委員の職権行使の独立性が規定されている(同法第20条)。委員は委員長を含め6名であり、その任命は厚生労働大臣が国会の同意を得て行う(同法第21条、22条)。しかし、その人選が国民の社会保障の権利を擁護するという観点からなされる保障はない。

再審査請求事件の処理状況を見てみると、令和2年度の統計では係属事件2571件、うち新件1297件(その内約77パーセントが障害年金事件)である。処理されたのは総数1423件であり、裁決をした1244件中認容件数は89件(これらは種別を問わず)、認容率は71パーセントに過ぎない。それでもあきらめなかった者だけが取消し訴訟を提起するのであるが、判決で覆されるケースも少なくない。その理由を考えると必要がある。

 障害年金の要件該当性、その等級判断に重要な役割を果たす医師の意見についても幾つかの問題がある。

① 医師だけの書類審査作成する医師も認定する医師にも、専門性や資格(経験年数)は問われず、研修などは実施されていない。

ü  本人や医師以外の支援者等が申し立てする権利が、書類のみでしか認められていない。

ü  実地調査がなされない。 Cf. 介護保険、総合支援法では実地調査がある

     認定医の専門性が担保されていない可能性が高い。

認定医数は、外部疾患、眼疾患、内部疾患、精神疾患の4つの分類としてしか出てこない。その傷病に専門性が低い医師が認定している可能性が高い。

     認定医の当たり外れにより、同一内容の診断書でも結果が180度違う。

     行政不服審査での判断が請求に対する処分判断にフィードバックされない。眼瞼けいれん事案について、行政不服審査で結果が出た16件すべてが3級とされているのに、障害手当金決定(または支給停止や時効不支給)を繰り返す。審査請求前置により結局無駄な回り道を強いられる結果となるケースが少なくないことを意味するのではなかろうか。

(3)  不服審査手続の遅延

 【現状と問題点】

審査請求をしてから、再審査を経て、訴訟判決に至るまで数年も要することが稀ではない。その実情を把握し、あるべき姿を提起する。

(4)  審査請求の実施

【現状と問題点】

     口頭意見陳述は、保険者側とやり取りができる貴重な機会であるが、「質問して回答した」などという記録とはいえない内容しか残さない審査官が結構いる(関東信越厚生局等)。そのため、録音データをすぐに開示請求する必要があるものの、開示されたデータを文字起こししても、審査官はデータを消去しているので、証拠価値はかなり低くなる。

     公開審理

() 審理時間が短い。10分程度しか予定されていない。

() 審査会は審理日程を一方的に通知し、日程調整に、原則、応じない。これでは、請求人の陳述権や処分庁に対する質問権が担保されているとは言えない。

() 保険者側医師として、専門医が出席しないことがある。

() 審理へのリモートによる参加ができない。審査請求の審理は各管区ごとに行われ、再審査請求の審理は東京で行われる。遠隔地の請求人や代理人は東京まで出向かなければならない。因みに、労働保険審査官及び労働保険審査会法施行規則は労働保険審査会の審理について「映像等の送受信による通話の方法による審理」(遠隔審理, 全国7箇所の労働局でのリモートにより参加)を規定している(10条の2)。社会保険審査会もこれに倣うべきではないか。

() 請求人や請求代理人に対する合理的配慮の欠如

審理を行う際に聴覚障害のある請求人や請求代理人に対して、手話、拡声器、要約筆記などの合理的配慮が欠けている。

     再審査請求・社会保険審査会

審査委員の数は適正か。年間25003000件の係属事件数に対して、6人の審査委員で審査を担当している。これは審査委員の過重負担ではないか。結果として事務局任せとなり、原処分を追認するだけで、検討の跡が伺われない裁決がしばしば見られることの大きな要因ではないか。

     参与の位置づけ

 参与の意見が尊重されないことが多々ある。戦前の制度では審査会は3者構成であり、労使の代表者が議決に参加していた。現行法では審理に際して意見を述べることに留まるが、その意見を尊重すべき旨の規定もない。合議体に参与も加えて5名の多数決で結論を決める制度や、参与の意見について、審査委員の意見と異なるときに、その理由について少数意見として裁決書に記載するなどの制度を検討するべきである。因みに、労働保険審査官及び労働保険審査会法では、審査官段階から参与の制度があり、また審査官及び審査会は何れも参与の意見を尊重すべきことが同法施行令に定められている。

 

                             

 

 


 



[1]) 小川政亮「権利としての社会保障」勁草書房1964年125頁。『小川政亮著作集 第1巻』「人権としての社会保障」253頁「権利実現の手続法」大月書店2007年を主として参照した。この論文は主として公的扶助制度を念頭において執筆されているので、本稿では、これを障害年金に置き換えて論点を整理している。