Ⅱ 特集 1 特別寄稿-

 

障害者の年金・手当・福祉サービス法における

社会参加阻害の要因と展望 ―障害法の視点から―

                                 河野正輝(九州大学名誉教授)

目次

 障害法の視点

 障害者の所得保障法と総合支援法の骨格

1 現行法制の沿革から見える特徴

2 理論的に見た障害者の所得保障と総合支援の骨格

 現行の障害年金法における障害要件

1 障害年金の目的と障害要件

2 「障害認定基準」における障害状態の評価基準

3 障害年金の目的と障害要件の不明確性

 障害年金法における社会参加阻害の要因と課題

1 障害の要件における阻害的要因

2 障害要件における社会参加阻害の要因と法解釈上の課題

3 拠出の要件における社会参加阻害の要因

4 年金制度の制度設計(枠組み)における社会参加阻害の要因

(1)標準から外れてネグレクトされる障害者の社会的不利老齢年金と障害年金の関係

(2)制度間の格差が障害者にもたらす効果

 就労支援・社会参加促進との連携――インクルーシブ所得保障の観点から

1 障害年金と就労支援・社会参加促進との連携の欠如

2 障害年金と「早期リハ」の連携のあり方――権利条約における締約国の義務

3 検討の手がかり――比較考察

4  障害年金と就労・社会参加支援の連携――立法論への示唆

5 障害年金と就労所得の調整

 「障害に起因する特別の費用」保障の不合理性

1 検討の手がかり――比較考察

(1)「障害に起因する特別の費用」とは何か

(2)「障害に起因する特別の費用」の保障方法

(3)「障害に起因する特別の費用」保障の利用者負担――社会扶助方式の場合

2 わが国の法制の不合理性と課題

(1)「障害に起因する特別の費用」保障に関連するわが国の法制の不合理性

(2)「障害に起因する特別の費用」保障をめぐるわが国の課題

付記 小論の前提にある課題意識について(多少の敷衍)

1 伝統的な差別禁止法と社会福祉法との緊張関係

(1)伝統的な市民法と社会法の関係

(2)ADA以降に垣間見られた市民権と社会権の緊張関係

2 障害法における差別禁止法部門と地域生活支援法部門の新たな関係構築

(1)非差別(平等)概念の発展

(2)地域生活支援法における自由権と社会権の不可分性・相互依存性・相互関連性

 

 

Ⅰ 障害法の視点

 小論の目的は、障害年金・特別障害者手当・障害者総合支援の法制を、障害者権利条約の法理念(障害法の視点)から照射して、障害者の自立・社会参加の阻害的要因を洗い出し、障害者の差別禁止と社会参加促進を目的とする、言わば「インクルーシブ所得保障」とも言うべき新しいあり方を模索することである。

そのような課題意識をやや敷衍すれば、以下のようなことである。

障害者権利条約の批准と関係国内法の改正により、法における障害者像は、機能障害と社会的障壁により、社会に完全かつ効果的に参加することを妨げられている者として捉えられ、法政策の目的は「障害に基づくあらゆる差別の禁止」(条約52項、障害基4条)と「全ての障害者のあらゆる人権および基本的自由の完全かつ平等な享有」を実現すること(条約1条、41項、障害基3条)に求められるに至った。したがって、短絡的な言い方をすれば、障害年金をはじめとする障害者の所得保障も、社会的障壁により「従属的劣位(subordination)に置かれている障害者」像を直視する所得保障のあり方が求められるに至ったと言える。

ここからどのような検討が具体的に求められるかといえば、

1に、これまでの障害年金・特別障害者手当は、生活困難の現象(低所得・貧困)に手当てするだけで、障害者の従属的劣位という構造自体を変革しようとはして来なかったのではないか。これからは自立・社会参加阻害の要因(社会保障・社会福祉に伏在する社会的障壁・不合理を含む)の除去に資する所得保障のあり方を考える必要がある。

2に、自立・社会参加阻害の要因の除去に資するだけでなく、積極的に障害者の社会的包容の促進を目的(の一つ)とする所得保障への転換を検討する必要がある。

3に、その検討において、「従属的劣位(subordination)に置かれる障害者」像のもう一つの裏面である「依存的な(dependent)被援護者」像にも注意を向けて、社会的給付のプロセスそれ自体が障害者の受動的依存を持続・助長させているのではないかを問い、個人の尊厳性と自立(自律)の確立への転換を図る支援モデルを検討する必要がある。すなわち、被援護者の受動的依存性は、「専門家―クライアント関係」、「支給決定過程における行政裁量」、「行政・専門職に管理される福祉サービス」、および「貧困の罠」「給付の罠」と言われる給付の社会的機能等のさまざまな要因から生み出されることを踏まえて、「障害に起因する特別な費用」の保障(特別障害者手当および障害者総合支援法による給付を含む)のあり方を、インクルーシブ所得保障の一環として、考察する必要がある。

つまり、小論の視点は、障害者権利条約における「平等及び無差別(5条)」および「自立した生活及び地域社会への包容(19条)」の視点にとくに留意して、障害年金・特別障害者手当・障害者総合支援を考察することに他ならない。ここでとくに留意したい視点とは、すなわち、一方で障害者権利条約第5条における「非差別(平等)」の概念(障害者権利委員会の一般意見・第6号にいう包容的平等〈inclusive equality〉の概念)を手がかりとして、その視点から現行の障害年金のなかに差別的要素が含まれているか否かを考察すること、他方では同条約第19条における自由権と社会権との不可分性の展開を手がかりとして、その視点からわが国で自己管理型支援モデル(self-directed support)の可能性を考察することである(なお、この課題意識につき本稿末尾の「付記」を参照していただければ幸いです)。

具体的には、障害者の所得保障と総合支援の法体系の骨格を概観(Ⅱ)したのち、自立・社会参加阻害の要因の除去という視点で「障害認定基準」の問題点を洗い出すこと(ⅢおよびⅣ)、社会的包容の促進の視点で、障害年金と就労支援・社会参加促進との連携のあり方を考察すること(Ⅴ)、受動的依存の持続・助長から脱して、特別障害者手当および障害者総合支援給付に自己管理型支援モデルの導入を検討すること(Ⅵ)である。

 

Ⅱ 障害者の所得保障法と総合支援法の骨格

1 現行法制の沿革から見える特徴

 周知のことながら、年金法制と福祉法制の沿革を大急ぎで確認しておきたい。

①まず厚生年金保険法(すなわち戦時下の1941年に制定された労働者年金保険法に始まり、敗戦後の1954年に抜本的に改正・再建された法)により、常時5人以上を使用する事業所の被用者を対象として、その老齢、障害または死亡について、生活の安定に寄与することを目的として定められた。

②次いで経済の高度成長のもとで第一次産業の高齢化問題が政策課題となったさいに、農・漁業の自営業者のみならず、5人未満事業所の被用者やパート等を含め、被用者年金制度から取り残されていたすべての人々(約3500万人)を対象に、国民年金法(1959年)が制定され、これによって国民皆年金制度が実現した。

③さらに産業構造の変容により被保険者集団が縮小して、老齢年金の長期安定運営に厳しさを増した制度(国鉄等の共済年金、国民年金等)が現実化したとき、国民年金と各種共済組合・厚生年金を含む被用者年金制度とを統合して、基礎年金と報酬比例年金からなる2階建年金制度に再編する年金改革(1985年)が行われ、今日に至ったものである。

 以上の経緯において留意しておきたいことは、いずれの改革においても年金改革の焦点は「老齢年金」問題にあって、「障害」が「老齢」と異なる特質とニーズを有するものとして、独自の社会的関心をもって年金改革の焦点となったことは皆無に等しいことである。

障害年金とならんで障害者の所得保障の一部をなす障害児福祉手当および特別障害者手当は、障害に起因する特別な費用負担を支えるものとして制度化された[1]。しかし、その対象者は、施設に入所して一定の介護給付等を受ける障害児者との均衡を考慮して、在宅の重度の障害児および障害者に限定されたものであって、「障害に起因する特別な費用」とは何かが真正面から検討されたことは無い。なお、特別児童扶養手当(1964年)は障害児を養育する父母の養育費の負担を支える、いわば児童手当の一部門として位置づけされるものなので、ここでは取り扱わない。

 一方、自立して生活を営むことが困難な障害児者のための各種の現物給付(そのなかに障害による特別な費用負担を現物給付により軽減する意義を有するものが含まれる)は、はじめ措置方式のもとで、児童福祉法(1947年)、身体障害者福祉法(1949年)、精神薄弱者福祉法(1960年、現知的障害者福祉法)、精神保健福祉法(1995年改正)等の各福祉法により次第に形成され、次いで、要援護者の自己決定を尊重する必要性が認識され始めたことも受けて、「措置から契約へ」の転換が進められ、介護保険法(1997年)に始まって、障害者の支援費制度の導入(2000年)、障害者自立支援法の制定(2005年)、障害者権利条約の批准に伴う障害者総合支援法への改正(2013年)というように整備されてきた。

 しかし、ここでも留意しておきたいことは、いずれの改革も、要援護者に対する福祉サービスとしての整備を中心に考えられたものであって、「障害に起因する特別な費用」の保障面から、障害年金(1級)や特別障害者手当と深い関連を有するものとして、そのあり方が検討されたことは無かったといって過言ではない。

2 理論的に見た障害者の所得保障と総合支援の骨格 

 沿革的にそのつど積み上げられてきたこれらの法制を、障害者の所得保障と総合支援に関する要保障事由とそれに対応する給付の観点から、理論的に整理し直せば、次のように考えられる。ここでは、所得保障とハビリ&リハビリ、就労支援、社会参加促進を密接に連携すべきものとして、体系づけることが重要である。

 1 障害者の所得保障の法

 (1)障害による稼得能力の喪失・減退を要保障事由として金銭による代替所得の保障

   ――所得の継続的な安定・維持を目的とする年金給付

   ①厚生年金法および国民年金法等による拠出制障害年金

   ②国民年金法による無拠出制障害年金

(2)「障害に起因する特別な費用」を要保障事由として金銭または現物による保障(後述の「個人予算」方式を含む)

  ①金銭給付

   ⅰ)1級障害年金の25%加算部分

ⅱ)障害児福祉手当および特別障害者手当

  ②現物給付

   ――障害者総合支援法による給付の一定部分

1級障害年金の25%加算および特別障害者手当とともに、後述する「個人予算」の対象となると考えられる部分)

 (3)上記(1)の年金給付によって最低生活を確保できない場合に、人間の尊厳に値する最低生活の保障を目的とする給付

   ①ミーンズテストを伴わない最低所得の保障を目的とする無拠出制給付

②ミーンズテストを伴う生活保護法による扶助

 2 障害者の就労支援・社会参加支援の法

(上記「一定部分」以外の障害者総合支援法による給付、医療保険法にもとづく療養の給付の一部等が含まれると考えられるが、詳細は要検討。)

 (1)ハビリ&リハビリ

 (2)就労支援・社会参加促進

 

Ⅲ 現行の障害年金法における障害要件

1 障害年金の目的と障害要件

 障害年金を受けるには、原則として、①初診日に被保険者であること、②初診日の前日に一定の拠出要件を満たすこと、および③障害認定日に一定の障害状態(障害要件)を満たすことが必要である。このうち③障害要件について、本論に入る前に現行法の要点を確認しておきたい。

 厚生年金保険法をはじめ年金保障法の目的は、概して、老齢、障害、(生計維持者の)死亡に共通する長期の稼得能力の喪失・減退(所得の喪失・減退)を要保障事由として、その代替所得を保障することによって生活の継続的な安定を図ることであり、したがってその代替所得の給付は長期にわたる継続的な金銭給付(年金)の形態がとられる。

ただ、障害年金の要保障事由と目的は、障害年金に係る法令において必ずしも明確に規定されているわけではない。

①国民年金法の目的規定は「日本国憲法第25条第2項に規定する理念に基づき、老齢、障害又は死亡によって国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によって防止し、もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与すること」(国年1条、同旨厚年1条)と抽象的に定めるのみで、とくに障害年金の目的について定める規定はない。

 ②障害年金の支給要件として、要保障事由に密接に関わる「障害の状態」の規定を見ると、国民年金法(30条2項)の委任に基づく国年施行令別表(4条の6関係)において、

1級の障害状態は、「両眼の視力の和が0.04以下のもの」(1号)、「両耳の聴力レベルが100デシベル以上のもの」(2号)、「両上肢のすべての指を欠くもの」(4号)、「両下肢を足関節以上で欠くもの」(7号)、「体幹の機能に座っていることができない程度又は立ち上がることができない程度の障害を有するもの」(8号)というような、身体の部位別の定めのほか、一般条項として「前各号に掲げるもののほか、身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のもの」(9号)、「精神の障害であって、前各号と同程度以上と認められる程度のもの」(10号)等と定められている(下線、筆者、以下同じ)。

同様に2級の障害状態は、「両眼の視力の和が0.05以上0.08以下のもの」(1号)、「両耳の聴力レベルが90デシベル以上のもの」(2号)、「平衡機能に著しい障害を有するもの」(3号)、「そしゃくの機能を欠くもの」(4号)、「音声又は言語機能に著しい障害を有するもの」(5号)、「両上肢のおや指及びひとさし指又は中指を欠くもの」(6号)、「一上肢の機能に著しい障害を有するもの」(8号)、「一下肢の機能に著しい障害を有するもの」(12号)、「体幹の機能に歩くことができない程度の障害を有するもの」(14号)というような、身体の機能別の定めのほか、一般条項として「前各号に掲げるもののほか、身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」(15号)、「精神の障害であって、前各号と同程度以上と認められる程度のもの」(16号)等と定められている。

このように1級および2級の障害状態の評価基準は、「日常生活」能力の制限に置かれており、とくに「稼得」能力の制限について言及していない。

2 「障害認定基準」における障害状態の評価基準

 上記施行令を受けて発せられた通知「障害認定基準」[2]の「第2 障害認定に当たっての基本的事項」において、具体的な判断基準が示されている。そこで初めて日常生活能力と稼得能力に言及する表現が見られる。

1級障害の「日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度とは、他人の介助を受けなければほとんど自分の用を弁ずることができない程度のものである。例えば、身のまわりのことはかろうじてできるが、それ以上の活動はできないもの又は行ってはいけないもの、すなわち、病院内の生活でいえば、活動の範囲がおおむねベッド周辺に限られるものであり、家庭内の生活でいえば、活動の範囲がおおむね就床室内に限られるものである。」

2級障害の「日常生活が著しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度とは、必ずしも他人の助けを借りる必要はないが、日常生活は極めて困難で、労働により収入を得ることができない程度のものである。例えば、家庭内の極めて温和な活動(軽食作り、下着程度の洗濯等)はできるが、それ以上の活動はできないもの又は行ってはいけないもの、すなわち、病院内の生活でいえば、活動の範囲がおおむね病棟内に限られるものであり、家庭内の生活でいえば、活動の範囲がおおむね家屋内に限られるものである。」

この通知では、2級障害の基準のなかに「日常生活が著しい制限を受ける…程度とは、日常生活は極めて困難で、労働による収入を得ることができない程度」というように、労働能力の喪失が明示的に加えられている。

 なお、3級障害は厚生年金制度のみに設けられている。厚年施行令別表では3級障害とは「労働が著しい制限を受けるか、又は労働に著しい制限を加えることを必要とする程度の障害」(厚年施行令別表第13条の8)というように、労働能力の制限を評価基準として定めており、日常生活能力に言及していない。

3 障害年金の目的と障害要件の不明確性

 こうした日常生活能力と労働能力をめぐる規定が、1985年の厚生年金・国民年金統合の際のすり合わせに起因していることはよく知られているが、少なくとも、以上の施行令別表および通知のかぎりでは、1級および2級の「障害の状態」の判断にあたって、日常生活能力の制限と稼得能力の制限の関係がどう解されるべきか、必ずしも明確とは言えない。

なお、1級には介護手当分として25%の加算がつけられるが、1級でも障害の特質によっては介護ニーズがないかまたは小さい場合があり、むしろ2級のなかに障害の特質によっては介護ニーズが大きい場合があり得ることを考えると、この1級のみ25%加算という定めにも、日常生活能力または稼得能力の制限(所得の喪失)に対する代替所得の保障と、障害に起因する特別な費用(出費の増加)に対する保障との関係が、明確に整理されているとは言えないように思われる。

 このように障害年金の要保障事由と障害要件が必ずしも明確と言えないことは、先行研究[3]のつとに指摘するところであるが、小論では、それに加えて、所得保障とともに就労支援・社会参加支援の保障を同時に(むしろ年金開始に先立って)かつ不可分に行う必要性が、十分に制度化されていないことにも注意をはらいたい。地域社会への包容と完全な社会参加のための支援サービスを提供することは、周知のとおり、障害者権利条約に定められた締約国の義務であり(権利条約19条等)、そのために、障害者のハビリ&リハビリ(同26条)、労働および雇用(同27条)の権利を、障害年金とともに(むしろ年金開始に先立って)実現することが求められる。ここに、年金保険事故として共通性を有する老齢・障害・死亡のなかでも、老齢と障害とを一応分けて考察すべき理由の一つがあると考えられる。

 

Ⅳ 障害年金法における社会参加阻害の要因と課題

わが国の障害年金受給者数は人口比で見た場合、欧米に比して極めて少ない。また障害年金給付費総額は、対GDP比で見ても公的社会支出総額に占める割合で見ても、その規模は欧米に比して小さい。その原因としては、「日本だけ健康状態が特別に良いということでなければ、障害年金の給付対象者の範囲や給付水準など、制度的な要因によるところが大きい」と指摘されている[4]。まことに正鵠を射た指摘である。

 ごく大づかみに障害年金受給者の傾向をみると、①半数以上が精神障害か知的障害である、②精神障害の有期認定が増加する傾向にある、③障害年金受給者は、他の老齢年金、遺族年金の受給者と比較して、生活保護を併給して受ける者(低所得者)の占める割合が極めて高く、その特性は顕著である。このような受給者の実態からみると、障害年金の対象者の範囲(支給要件)、障害年金の給付水準、および年金制度の枠組み(老齢年金と障害年金の関係等)をめぐる現行法のあり方は、障害年金を必要としている障害者の実態にてらして再検討の余地がある。とりわけ精神障害や知的障害のある人々に対して、差別的効果を孕み、自立支援と社会的包容に逆行する阻害的要因を含むものとなっている疑いがぬぐえない。

以下においてその論証を試みる。

1 障害の要件における阻害的要因

「障害の状態」の現行規定は、上述のとおり、厚生年金保険法と国民年金法を統合して2階建て年金制度を創るという経緯からできあがった。被用者を適用対象として稼得能力の喪失・減退を基準に障害年金を支給する厚生年金保険法と、無業の主婦や学生等の非被用者を適用対象に含むことから日常生活能力の喪失・減退を基準に障害年金を支給することとした国民年金法とを統合する際に、2級を「日常生活は極めて困難で、労働により収入を得ることができない程度」とし、これを老齢基礎年金と同等の給付水準とすること、そして1級はそれ以上の「日常生活の用を弁ずることを不能ならしめ、他人の介助を受けなければ自分の用を弁ずることができない程度」として、介護加算分(25%)をつけること(なお、3級は厚年の制度としてもっぱら労働能力を基準とすること)で、厚年と国年の一応の統一が図られたと考えられる。

 しかしこの障害要件規定は、障害認定の実務において、「インペアメントとしての障害の重さだけが基準となり」[5]、医学モデルに偏した評価が行われる根拠規定となってきただけでなく、日常生活能力と労働能力という2つの評価基準の不明確さを抱え込むこととなった。

その結果、障害者のなかには今でも医学モデルに偏した、かつ日常生活の機能障害を重視する障害認定によって不利益を受けている人々がいる。

1に、労働能力を喪失している(したがって稼得収入のない)精神障害者のなかには、日常生活能力ありとして障害年金受給者の範囲から排除される人々が存在する。すなわち、就労所得に同程度に欠ける状態にあるにもかかわらず、日常生活能力の程度(医学モデルによる評価)の違いにより、日常生活に著しい制限を受けているとみなされれば2級障害年金の支給、逆に著しい制限を受けている状態とみなされなければ無支給という、一種の差別的取扱いが生じている[6]

2に、医師の診断書の記載事項は日常生活の各場面に限られていることにより、社会的障壁等の社会環境要因による就労困難は見落とされることとなりやすい。すなわち、「精神の障害に係る等級判定ガイドライン」は、診断書の記載項目に即して、日常生活能力の判定平均値を導き出すこととしているが、その診断書の記載項目は、食事摂取、清潔保持、金銭管理と買い物、通院と服薬、対人交流、安全保持と危機管理、社会性という日常生活の各場面に限られていて、社会的障壁の有無や程度等の社会環境要因に係る項目は無いに等しい。そもそも社会的障壁に係る記載を医師に委ねることが適切でないとすれば、医学のみに偏しない学際的な審査体制の整備が望まれるであろう。

3に、上肢や下肢の機能障害のように、その機能障害の有無・程度が客観的で、その判定が明確である外部障害の場合は、別途労働能力が問われることなく比較的容易に障害年金が支給され、そのうえ就労して収入を稼いでいる障害年金受給者も少なくない。一方、身体的な機能障害の有無・程度が不明確なため、労働能力の有無・程度を評価基準として重視することとなりがちな内部障害では、2級の判定基準(日常生活は極めて困難で、労働により収入を得ることができない程度)が高いハードルとなる傾向にある。その結果、外部障害と内部障害の間で、いわばダブルスタンダードによる差別的な取扱いが生じている。このような外部障害と内部障害のいわゆる「ダブルスタンダード」には、とりわけ精神障害に対する偏見や固定観念が影響している可能性も否定できない。

4に、障害の状態になっても障害認定基準には非該当等として生活に困窮し、生活保護を受ける障害者が増加している、その一方で障害の状態にあっても障害年金、生活保護ともに受けていないケースも存在する[7]。障害者権利委員会が一般意見(第3号および第6号)において繰り返し指摘するとおり[8]、障害者の貧困は問題をいっそう大きくする要因であるばかりでなく、障害者に対する複合的な差別の結果なのである。たとえば、現行の障害認定基準のもとで、どのような障害者が不利益を受ける傾向にあるか、繰り返しをいとわなければ、とりわけ精神障害者が障害年金の対象範囲から外される可能性が高い。精神保健手帳を有する精神障害者は、仕事をしていない者であっても年金受給率は50%に満たないという事実から、そのような可能性を否定することができない(ちなみに東京都の2013年度の調査によれば、手帳を有する知的障害者のうち仕事をしていない者の年金受給率は72.2%、同じく身体障害者は83.7%である)[9]。そして、そのような差別的な効果をもたらす要因はどこにあるかといえば、生物学的な機能障害や狭義の日常生活能力の制限が重視される「障害認定基準」にある、という他はない。

5に、そもそも「障害認定基準」における障害の状態像は、国民年金法制定当初(1950年代)の障害者を反映したものであって、障害者基本法の障害者像に比して著しく狭く、障害年金受給者の範囲を狭めることに寄与している恐れがある。すなわち、1級、2級ともに「長期にわたる安静を必要とする病状」という表現や、2級で「活動範囲がおおむね家屋内に限られるもの」といった「障害の状態」像の表現は、国民年金法制定(1959年)当時の主として結核患者を想定したものと思われ、当時に比すれば、1級の障害者でも社会参加が進んでいる今日の障害者の実態にてらして「時代錯誤」[10]との厳しい批判が存在する。

2 障害要件における社会参加阻害の要因と法解釈上の課題

障害要件における阻害的要因を緩和、克服する法解釈のあり方はいかにあるべきか。筆者の基本的な考え方は、以下のとおりである。

日常生活能力の制限と、稼得能力の制限との間に、一方が他方を規定する絶対的な規定関係は存在しない。20015月のWHO総会で承認された「国際生活機能分類」(ICFInternational Classification of Functioning, Disability and Health)の障害観によれば、障害は「下肢のまひ」(機能障害)、「歩行できない・衣服の着脱ができない」(活動制限・活動障害)、「スポーツを楽しめない・就労できない」(参加制約・参加制限)という3つの次元に分けられる。こうした「生活機能と障害の構造的理解」によれば、障害の各次元の間には一般に「相対的独立性」があるとされ、各次元は「関係はしているが絶対的な100%の規定関係ではない。」とされる[11]

この「相対的独立性」への着目は、機能障害で日常生活能力に著しい制限(活動制限)があっても、スポーツや就労上の制限(参加制限)は最小限にする可能性があること、逆に、日常生活能力に制限(活動制限)は無くても、社会的環境(社会的障壁等)により就労に制限(参加制限)が加えられる可能性があることに気づかせ、支援の変革をもたらす考え方ともなった。

障害の各次元の間に絶対的な規定関係はないということ(ICFモデル)、そして社会参加制限は機能障害と社会的障壁との相互作用(障害の社会モデル)によるという障害の捉え方(すなわち障害者権利条約および障害者基本法の法理念)を踏まえて、国年施行令別表の「日常生活が著しい制限を受ける」状態を解するとすれば、就労能力の制限を重視して「日常生活が著しい制限を受ける状態」であるか否かを解釈することが求められるという結論になろう。なぜなら、

①国年施行令別表は「日常生活が著しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度」(2級)と定めていて、日常生活能力(活動制限)と就労能力(参加制限)とを分けて定めているわけではない。

②「日常生活」能力の定義は一義的でないとしても、広義では「居宅内の生活・社会的生活・職務上の生活等から構成され、人とコミュニケートしたり、家事をこなしたり、趣味を楽しんだり、金銭管理をしたりしており、日常生活能力とはさまざまな総合的な能力」[12]を含むものと解される。

③一方、年金保険法の目的に則して年金給付を定義すれば、就労による収入の喪失・減退に対する代替所得の保障に他ならないのであり、障害年金においても、就労能力の制限を重視して障害認定することが法本来の目的に沿うことは自明である。

④そうだとすると、国年施行令別表の「日常生活が著しい制限を受ける」状態にあるか否かは、基本的に、就労能力の制限を重視して解されるべきこととなろう。

ちなみに、新しい「等級判定ガイドライン」によれば、福祉的就労をしていても、それをもってただちに日常生活能力が向上したものと捉えないという判断基準が示されている。ここにも、就労能力と日常生活能力の2要素は、一方が他方を規定する絶対的な規定関係にあるわけではないという「相対的独立性」の考え方が、反映されていると言えようか。

⑤上記の私見からすれば、日常生活の制限と労働の制限という2要素が、国年施行令別表を受けて通達された「障害認定基準」では、あたかも並列的な要素として、一方が他方を規定する関係にあるもののごとく捉えられているように読める。少なくとも障害の各次元の間の関係性が明確に捉えられていない。そうだとすると、そのような捉え方は、上述のICFにおける障害概念の発展を受けて採択された障害者権利条約およびその批准に伴って改正された現行の障害者基本法の法理念とは、もはや相容れない古い障害の理解と言わなければならない。

⑥なお、労働能力の制限を重視して障害認定するにあたっては、機能障害を医学モデルにより判定するにとどまらず、社会的障壁の有無・程度を含め社会環境的側面を判断すべきである[13]。このため、審査機関のあり方として社会環境的側面について専門性を有する者を含む審査体制の整備も検討されるべきであろう[14]

⑦なお、通知「障害認定基準」の法的性格は行政内部の通達であって、その規範的効力は裁判所を拘束するものではあり得ない[15]。本「通知」の改正は行政裁量によることとなる[16]が、ただ、行政裁量による「通知」変更の法的評価にあたっては、水準の恣意的な引下げが憲法252項に基づき違憲の評価を受ける場合があり得ること、憲法29条の財産権保護に基づく違憲審査の可能性も考慮されるべきこと等を視野に入れて検討することも必要であろう。

3 拠出の要件における社会参加阻害の要因

拠出要件に関連して、とりわけ問題は、無年金者問題である。

 制度上の理由から無年金者となる者のうち、保険料滞納(制度への未加入、保険料免除の未申請を含む)に起因する無年金者、および障害認定基準に該当しないことに起因する無年金者については、年金制度が社会保険(拠出制)による定型的給付を原則とする以上、止むを得ないものと考えられやすい。しかし、障害者の低所得、不安定な就労、情報不足と保険料免除申請手続の障壁等の社会的障壁の実態を考慮すると、短期間の保険料滞納(未加入)ゆえに、一生、無年金者とするのは、たしかにペナルティとして重すぎる[17]と言える。障害認定基準に該当しないことを理由とする無年金者のなかにも、認定基準自体の不合理性または認定審査機関・審査手続自体の問題が潜んでいることを否定できない。

このほかに、年金制度の仕組み自体に起因する無年金者のケースとして、①外国在住の日本人で国民年金に加入していない者が障害者になったとき、②65歳以後に障害者になったとき、③初診日が20歳未満の障害者であって障害基礎年金の所得制限額以上の所得があるとき、④障害年金の請求についての時効期間を過ぎたときに、無年金者が発生する可能性があることも指摘されている[18]

4 年金制度の制度設計(枠組み)における社会参加阻害の要因

(1)標準から外れてネグレクトされる障害者の社会的不利―老齢年金と障害年金の関係 

国際的に見て、「2級以上の障害厚生年金は遜色のない水準にある一方で、障害基礎年金のみの場合の水準は極めて低い」[19]と指摘されている。その制度的要因の一つは、老齢年金を標準として、それに準拠して障害年金の水準が設定された点にあると考えられる。以下この点について検討して見よう。

 老齢基礎年金の水準は、基礎年金創設時(1985年)に、当時の65歳以上の高齢者の基礎的な消費支出(その内訳は総理府「全国消費実態調査」をもとに算定された食料費、住居費、光熱費および被服費)を賄うことができる水準として設定されたものであり、それは当初、生活保護制度の生活扶助(2級地)の保護費に相当するものだと説明された。が、その後の生活保護水準(引上げ)と基礎年金水準(据置き)との乖離に事実上も示されているとおり、厚生労働省は「基礎年金だけで生活保護の水準を上回らなければならないという考え方はとっていない。」同省によれば、この水準は「現役時代に自立した生活を営んで構築した生活基盤と合わせて、一定の水準の自立した生活を可能とする考え方で設定されて」いる、とされる[20]

 障害基礎年金(2級)は、周知のとおり、このような考え方で設定された老齢基礎年金の満額と同額と決められたのである。ところが、百瀬の指摘のとおり、①「障害者の場合、(特に発症年齢が比較的若い精神の障害の受給者が増えていることからも、)現役時代に一定の生活基盤を構築したものを前提とすることができない。」[21]貯蓄などの資産形成を受給前に行うことも難しい。②そもそも、高齢者と障害者では基礎的な消費支出が異なること、障害に伴う特別な出費が生じること等を考慮すると、老齢基礎年金の給付水準を障害基礎年金に当てはめることが適切とは言い切れない[22]

このように、障害のない高齢退職者を標準として年金制度を設計し、そして障害基礎年金はそれに準じたものとすることによって、標準から外れた人々(障害者)が負っている社会的不利(20歳前の障害の場合はもとより、一般に就労の困難、所得の不安定のなかで、障害前に一定の生活基盤を構築する可能性は極めて乏しいこと、基礎的な消費支出が異なること、および特別な出費が生じること等)は、放置(ネグレクト)される結果となっているのである。

 たしかに、老齢、障害、死亡は長期的な稼得能力の喪失事由として共通性を有しており、それらを保険事故として年金制度を設計することには一応の合理性が認められる。そのうえ、障害年金受給者のなかには拠出期間の短い者が少なくないことを配慮して、拠出制障害年金には300月(25年)の最低保障期間が設けられ、障害基礎年金の給付額には拠出期間の長短に関わりなく1級、2級に応じた定額が設定され、かつ20歳前の障害には無拠出制の障害基礎年金が支給されるなど、老齢と異なる配慮が加えられていることも認められる。

しかし、上述のとおり、保険料滞納(保険料免除の未申請、制度への未加入を含む)に起因する無年金者が、所得の不安定、就労の困難、保険料免除の手続面の困難などのさまざまな社会的障壁のなかで、生み出されていること、障害年金で最低生活を維持することができず生活保護を受ける障害者が増加していること(他の老齢年金受給者や遺族年金受給者と比べて生活保護併給者の割合が極めて高い)、その一方で、障害年金も生活保護も受けず親族の扶養に依存している成人障害者が少なくないこと等に現れているように、それらは標準から外れた人々(障害者)の社会的不利がレグレクトされていることを疑わせるものである。

(2)制度間の格差が障害者にもたらす効果

障害に起因する費用面への配慮について、1級のみを対象に25%加算として取り扱われ、2級障害者でもその障害の特性によって同様の費用負担を抱える者がいること等への合理的な配慮が欠如していること、さらに1級(加算部分)と特別障害者手当の役割分担の不明確さについては、先に触れた。

 ここでは、年金制度体系上のもう一つの不合理として、被用者と非被用者の制度間の格差という一応、障害に中立的な制度間の格差が、障害者にもたらす不利益について触れておこう。

2階建年金(基礎年金と報酬比例年金)のもたらす構造的な不利益

 大きく1号被保険者と2号被保険者の分立を内包する制度体系のもとで、1号被保険者(自営、パート等の非正規を含む)は基礎年金のみで、2号被保険者(厚生年金に加入する被用者)は基礎年金のうえに報酬比例年金を有する。障害者の多くは言うまでもなく基礎年金のみ(それも無拠出制基礎年金)である。この1号・2号間の格差は、もとより、障害の有無に関わりなく、報酬比例制に基づく拠出の有無に連動して構築されたものに他ならない。しかし、就労の困難・不安定といったさまざまな社会的障壁のなかで、障害者は社会的に1号被保険者の位置に置かれる点に構造的な不利益を見て取ることができる。

3級障害年金の有無

 同様に、2号被保険者には1級、2級のほか3級障害年金(部分障害年金の一形態と言える)が用意されているのに対し、1号被保険者(自営、パート等の非正規を含む)にはその3級障害年金も無い。このような差異は、国民「皆」年金制度とはいえ職域による強制加入によって、もともと厚生年金と国民年金に分断されたことに端を発している。その分断を現行法に引き継ぐ1号被保険者と2号被保険者の区分は、障害の有無に関わりなく被保険者の職域によって法律上定められているが、障害者のほとんどは社会的障壁のなかで選択の余地なく実態上、1号被保険者に位置づけされ、3級障害年金の保障は無い。ここにも構造的な不利益の可能性を指摘できるであろう。

 

Ⅴ 就労支援・社会参加促進との連携――インクルーシブ所得保障の観点から

1 障害年金と就労支援・社会参加促進との連携の欠如

 まず、障害(およびその原因となる傷病)発生のできるだけ早期に、必要な保健医療、ハビリ&リハビリ、就労支援・社会参加支援を、障害者本人を中心とするニーズアセスメントとサービス選択を尊重して包括的に行うという「早期リハビリテーション」のプリンシプルと制度を構築することが必要である。

ところが、現行の法制上は、障害認定日(初診日から1年6月経過した日、その期間内に傷病が治った場合は、その治った日)に、法の定める障害の状態にあることを立証すること(すなわち障害認定基準に従って労働不能であることを認定医に証明すること)に多くの労力を費やさざるを得ず、結果的に、そのプロセスそのものが障害者を「できなくする」要因となっている。

 現行の法制上、たとえば健康保険法に上記の「早期リハビリテーション給付」の概念はない。少なくとも、傷病に対する「療養の給付」から独立した概念としての「早期リハ」は存在しない。

たしかに、障害者権利条約の批准へ向けた関係国内法の改正の一環として、障害者基本法に障害の社会モデルに沿った「障害者」と「社会的障壁」の定義が定められ、「国及び地方公共団体は、障害者が生活機能を回復し、取得し、又は維持するために必要な医療の給付及びリハビリテーションの提供を行うよう必要な施策を講じなければならない」(141項)とされている。さらに、障害者総合支援法の基本理念(1条の2)に「全ての障害者が可能な限り身近な場所において、必要な日常生活または社会生活を営むための支援を受けられること、社会参加の機会が確保されること、障害者にとって障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものの除去に資すること」等が定められ、法が対象とする障害者の範囲も拡大された。

しかし、障害者総合支援法における就労移行支援、就労継続支援、自立支援医療、補装具等の給付は福祉サービスとしての給付のままで、「早期リハ」のプリンシプルに立って早期にかつ包括的に対応するサービス&プログラムに改正されてはいない。また障害者雇用促進法には、精神障害者の雇用義務化、差別禁止および合理的配慮提供義務等が定められた。しかし、雇用促進の施策も縦割りの行政によりバラバラに実施されており、障害年金に先立って又は年金開始に合わせて、早期にかつ包括的に実施されるわけではない。

 もっとも、医学リハビリテーションは早くから「療養の給付」のなかに包含され、診療の補助として「理学療法士及び作業療法士法」(昭和40629137)も、つとに整備されてきた。だから健康保険法に「早期リハビリテーション」の規定がないのは不思議なのではない。それに現行の障害年金法は障害者権利条約の成立以前の法であるから、そこに「早期リハ」との連携の理念が存在しないのは、むしろ当然なのである。

しかし、これまでの医学リハビリテーションは「障害の医学モデル」にもとづいて個人の能力をいかに高めるかに注力しており、社会モデルの見地から個人因子のみならず環境因子を重視して社会活動への参加促進をはかることにはほとんど目を向けて来なかった。障害者権利条約の批准と障害者基本法の改正を受けた今日では、リハビリテーションのあり方も障害年金との連携のあり方も、再検討の余地があろう。考察すべきことは、社会的障壁の除去に資するハビリ&リハビリを、障害年金の支給と合わせて、いかに構築して行くかということではなかろうか。

2 障害年金と「早期リハ」の連携のあり方――権利条約における締約国の義務

 そこで障害者権利条約の規定のなかに、障害年金と「早期リハ」の連携について、何か示唆はないか探って見よう。とくに25条(健康)、および26条(ハビリテーション〈適応のための技能の習得〉及びリハビリテーション)における次の定めに注目する必要がある。すなわち、

 25条では、健康を享受する権利に関して、締約国はとくに次のことを行う。

「障害者が特にその障害のために必要とする保健サービス(早期発見及び適当な場合には早期関与並びに特に児童及び高齢者の新たな障害を最小限にし、及び防止するためのサービスを含む)を提供すること。」(25(b)、下線は筆者)

26条では、「早期リハ」のプリンシプルというべきものを次のように定める。

「締約国は、障害者が、最大限の自立並びに十分な身体的、精神的、社会的及び職業的な能力を達成し、及び維持し、並びに生活のあらゆる側面への完全な包容及び参加を達成し、及び維持することを可能とするための効果的かつ適当な措置(障害者相互による支援を通じたものを含む。)をとる。このため、締約国は、特に、保健、雇用、教育及び社会に係るサービスの分野において、ハビリテーション及びリハビリテーションについての包括的なサービス及びプログラムを企画し、強化し、及び拡張する。」(261項)

かつ、ここで「包括的なサービス及びプログラム」とは、次のようなものとされる。

(a)可能な限り初期の段階において開始し、並びに個人のニーズ及び長所に関する学際的な評価を基礎とするものであること。」(261(a)

(b)地域社会及び社会のあらゆる側面への参加及び包容を支援し、自発的なものであり、並びに障害者自身が属する地域社会(農村を含む。)の可能な限り近くにおいて利用可能なものであること。」(261(b)

3 検討の手がかり――比較考察

障害者権利条約に示唆される障害年金と「早期リハ」の連携のあり方とは、具体的にどのようなものか。それを考察する手がかりとして、以下において、アメリカとスウェーデンにおける就労支援ないしリハビリテーションに係る取り組み(要点)を参照しておきたい。

 アメリカでは、障害年金受給者が就労を開始した後も、①一定の期間は障害年金給付を継続する試行労働期間(Trial Work Period, TWP)の制度、②就労によって支給が終了した場合でもTWPの後少なくとも3年間は、収入が実質的な稼得活動(Substantial Gainful Activity, SGA)の水準を下回った月について、現金給付を行う制度(拡張受給資格期間、Extended Period of Eligibility)、および③障害年金の資格が終了した後5年間は、再び医学的理由により就労できなくなった場合、従前の受給資格をただちに復権させる制度(給付の迅速な復権、Expedited Reinstatement of Benefit)が設けられている。

 スウェーデンでは、第1に、早期にリハビリテーションを行うことを重視している。具体的には、①事業主は被用者が4週間以上にわたり欠勤した場合、ただちに、その被用者に対してどのようなリハビリテーションが必要なのかを調査しなければならない。②社会保険庁はこの調査に基づき傷病手当金の受給者に対するリハビリテーション計画を作成する。③職業リハビリテーションの開始後は、傷病手当金は休止され、従前所得の8割に相当するリハビリテーション手当が支給される。

 第2に、2003年から実施の新しい障害年金制度では、受給者の社会活動を支援するため、活動補償[23]の受給者に対して、一度に受給できる期間を最大で3年間に制限する一方で、受給期間中に疾病や障害によい影響を与え、労働能力の改善に寄与するようなさまざまな活動に参加することを奨励している。その活動の例として、教育、各種講座、社会活動、スポーツ、医学的教育、趣味的活動などがあげられる。

 第3に、障害者の就労促進のため、年金受給権を喪失することなしに労働できる制度も導入されている。具体的には、①年金を少なくとも1年以上受給している者は、労働を開始する際に試行期間の申請ができる。②最大3ヶ月までの施行期間中は年金と賃金を同時に受け取ることができる。③その後も労働を継続できる場合は受給権を休止状態にすることができる。④休止期間中に労働を続けることができなくなった場合は、申請審査のプロセスを経ずに年金の受給を再開することができる。⑤試行期間と休止期間は合計して最大2年間まで認められる。 

4  障害年金と就労・社会参加支援の連携――立法論への示唆

 障害者権利条約の規定(25条、26条)と先進国の取り組みを参考にすると、わが国への示唆として、次のような結論が得られる。 

①まず、「早期リハ」の確立が急がれる。

そのため、年金受給権の手続に先立って、可能な限り初期の段階において、包括的なハビリ&リハビリのサービスプログラムを開始し、就労継続等の支援サービスにつなぐこと、そのために要する費用の保障を合わせて行うことが検討されるべきであろう。そのさい「個人のニーズおよび長所に関する(医学に偏重しない)学際的な評価を可能とする」専門機関の確立と、関連機関との連携も必要となろう。

ちなみに、障害者が就労中に介護サービスを必要としても、現行の「重度訪問介護」による「外出時における移動中の介護」の範囲に、就労中の介護は含まれないとされている。したがって、障害年金と就労支援の一環として、就労中の介護保障のあり方を検討することも課題となろう(たとえば、さいたま市は在宅就労者に対し重度訪問介護を提供する市独自の取り組みを20194月より開始した)。

②つぎに、就労支援の観点から、障害年金受給権者が就労した場合でも、試行期間中は年金を継続支給する仕組みの導入、また、就労支援のみならず、年金受給期間中にさまざまな社会活動に参加することができるよう支援する仕組みも奨励される。

③さらに、試行期間終了後も受給権を失うことなく(支給を停止して)、就労を継続できることとし、就労の継続ができなくなった場合は、ただちに年金受給を再開できる仕組みも有効であろう。

④しかし問題は、これらの就労支援・社会参加支援が、行政・専門職からの指示・誘導で事実上強制されることとならないかどうか、それに従わない場合のペナルティの有無だけでなく、これらの支援が社会的従属や受動的依存の要素を除去することに資するかどうかを深く考察することも求められよう。要は、後述の自己管理型サービス(self-directed support)としてのリハビリと就労支援を構築するという視点を持続することであろう。

5 障害年金と就労所得の調整

 広義の「日常生活の制限」のなかで稼得能力の喪失・減退を重視して障害認定が行われ、代替所得の保障としての障害年金が支給されることとなれば、障害年金と就労所得との調整のあり方も再検討されこととなろう。

そのさい、一定の試行期間中は就労所得の多寡にかかわらず障害年金の停止・減額を行わないことが望ましいこと等については、前述のとおりである。

 しかし、試行期間を終了し、かつ障害年金と就労所得の合計額が一定額を超える場合は、原則として、その超える額に応じて年金額の一部を支給停止とする調整措置が必要となろう。ただし、具体的な調整方法の決定にあたっては、障害に起因する特別な費用を考慮することはもちろん、就労意欲を促進するような十分な配慮が必要である(ちなみに、在職老齢年金の一部支給停止につき廃止の方向で検討されている動向等も視野に入れて)。

 

Ⅵ 「障害に起因する特別の費用」保障の不合理性

 1級障害年金の25%は介護費用分とされてきたが、障害に起因する特別の費用とは、介護サービスに要する一部利用者負担の費用のみではない。そもそも、何を障害に起因する特別の費用と考えるか。その費用の保障方法はいかにあるべきか。また、その費用負担において個人と社会との責任・役割の分担をどう考えるべきか。本節にも考察すべき課題が山積している。まだ明確な整理がついたわけではないが、以下に試論として覚書を記しておくことをお許しいただきたい。

1 検討の手がかり――比較考察

(1)「障害に起因する特別の費用」とは何か

何らかの方法(社会保険又は社会扶助)で諸外国が対応しているものを手がかりに列挙すると、障害に起因して支援を要する費用またはサービスとして、現状では、在宅介護、デイサービス、ショートステイ、ケアホーム、食事の宅配サービス、緊急通報システム、介護補助道具、補装具、交通・移動支援、家屋改修、盲導犬・介助犬などに要する費用などが共通して挙げられる。そのほか国によって、公選の職務の遂行に係る追加的費用、特別・例外的負担(他の項目でカバーされない一時的負担等)が挙げられる。

これらの費用は概して、日常生活の支援に関連する費用が多い。社会福祉の法制の対象として沿革的に、そのような費用の範囲・費目が形づくられてきたものと考えられる。しかし、社会的な生活阻害を受けてきた障害のある人々が、他と平等に自立して地域生活を営むのに要する費用は何かという障害法の視点から、「障害に起因する特別の費用」を洗いなおす余地があるかもしれない。どのような費用が障害に起因する特別の費用とみなされてきたか、その歴史的な形成と社会的な認容の経緯を把握するとともに、障害者の今日の社会的生活阻害の実態に即して「障害に起因する特別の費用」の費目・範囲等を再考する必要性もあるかと思われる。

(2)「障害に起因する特別の費用」の保障方法

 「障害に起因する特別の費用」保障制度として明示的に制度化されているわけではないが、この費用の保障に関連すると思われる諸外国の制度を例示すれば、周知のとおり、①社会保険方式をとる例として、ドイツの公的介護保険および日本の介護保険があり、②社会扶助方式(税財源)の例として、イギリスの地方自治体の社会サービス、ドイツの公的介護保険を補完する「障害のある人のリハビリテーションと参加」(社会法典第9編)による参加給付と社会扶助による介護扶助・障害者のための統合扶助、フランスの障害補償給付(PCH: Prestation de compensation du handicap)、および日本の障害者総合支援が存在する。

 給付の方法としては、現物給付と金銭給付に大別される。金銭給付を障害者の選択肢として定めるものの例として、イギリスにおける個人予算方式とダイレクトペイメントという選択肢、およびフランスにおける金銭給付の選択肢がある。フランスの金銭給付には、①サービスを利用する障害者が労働契約上の使用者となるもので支給額に障害者が使用者として負担する社会保険料分も含まれる直接雇用方式のほか、②障害者自身が使用者となるが使用者としての事務は非営利組織が行う委任方式、③組織がすべての事務を行い非営利組織が使用者となる派遣方式がある[24]

(3)「障害に起因する特別の費用」保障の利用者負担――社会扶助方式の場合

  イギリスでは、利用者負担額の算定は、保健省の「公正な利用者負担の運営要綱――個人予算に対する利用者負担額の算定」[25]にしたがって行われる。これはサービス利用量と負担能力の双方を考慮した応益応能負担の算定方式と考えられる。

 個人予算を用いてサービスを購入する場合の利用者負担額の算定は、①個人予算による利用サービスの費用全額(利用者負担の上限)と、②利用者本人の負担可能な所得額とを比較して、いずれか低い方とされている。ただし、①の上限額は、実際に利用したサービスの費用全額(100%)ではなく、その費用全額に自治体が設定する負担率(X%)を乗じて減額された額である。②の額も、本人の負担可能な所得額全額(100%)ではなく、自治体が設定する負担可能率(X%)を乗じて減額された額である。

実際に算定される負担可能な所得額は以下の方式による。

 負担可能な所得額=[総所得額-所得補足/年金クレジットの最低保障額-障害関係支出額(Disability-Related Expenditure, DRE]×地方自治体が定める負担可能率(%)

 フランスでは、PCHの予算は全国自立連帯金庫(Caisse Nationale de Solidarite pour lautonomie, CNSA)が負担する。CNSAの財源の1つは、自立連帯負担金(高齢者及び障害者の自立支援のための予算を捻出するために、CNSAの創設と同時に、2004年法によって創設されたもの。同じく2004年法によって創設された「連帯の日」に働いたことで生じる利益が、自立連帯負担金として企業から徴収される)。そのほかCNSAの財源には、一般社会拠出金の0.1%、年金金庫からの分担金、疾病保険予算からの移転分がある。利用者の自己負担率は、収入が一定額(24698.40ユーロ、2010年)以下は0%、これを越える者は20%とされている。ただし本人または家族の就労所得、就労所得に代わる代替所得(障害年金、労災補償給付等)、および固有の目的を有する家族給付、住宅手当等は収入に算定されない。

2 わが国の法制の不合理性と課題

(1)「障害に起因する特別の費用」保障に関連するわが国の法制の不合理性

①関連法制における役割分担(給付調整)の不明確性

「障害に起因する特別の費用」保障に関連する給付として、障害年金(1級障害年金額の25%)、特別障害者手当(月額、26,050円、2018年。障害年金と併給)、および障害者総合支援法による自立支援給付の一部がある。前2者は金銭給付、後の自立支援給付は代理受領方式による現物給付である。これら3給付については、金銭給付である1級障害年金(25%分)および特別障害者手当の間には、給付の趣旨において共通性があり、それらと現物給付である自立支援給付の間(とりわけ障害年金と長期施設入所による現物給付の間)では、「障害に起因する特別の費用」の保障をめぐって、どのような役割分担を意図しているのかが、法律上も介護サービスの実際上も明らかとは言えない。

②「障害に起因する特別の費用」の保障範囲と程度の未確立

「障害に起因する特別の費用」として保障すべき費目とその金額は〇〇であるから、そのうち特別障害者手当では〇〇の費用に相当する手当を支給するという、いわば給付額の根拠・内訳が法律上明らかでない。障害者総合支援法による給付には、「障害に起因する特別の費用」保障に相当する自立支援給付と、必ずしもそうとは言えない自立支援給付が含まれているかと思われるが、その区分は明らかでない。また、「障害に起因する特別の費用」のうち、直接、社会参加に係る費用の保障としては、現行法では、重度訪問介護の一部(外出時における移動中の介護)、同行援護、および行動援護の一部(外出支援)等の給付が定められているが、それらは、障害者基本法に定める「全て障害者は、社会を構成する一員として社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会が確保されること。」(3条1号)という原則から乖離しており、「あらゆる分野の活動に参加する機会の確保」にはほど遠い状態にある。

③「障害に起因する特別の費用」の権利主体としての位置づけとその範囲の未確立

特別障害者手当は、施設入所者(病院に継続的に入院する者を含む)との均衡を図る手当として、その支給対象は在宅の重度に絞り込まれており、「障害に起因する特別の費用」の保障を要する者という観点から、その権利主体の範囲を捉えたものとは言えない。また、障害者総合支援法における自立支援給付の支給対象者の枠は、医学モデルで判定される機能障害の程度によって限定されており(たとえば、重度訪問介護の対象者〈判断基準〉は障害支援区分4以上であって、①二肢以上に麻痺があること、②歩行、移乗、排尿、排便のいずれも「できる」以外と認定される者であることと限定)、ここでも「障害に起因する特別の費用」の保障を要する者という観点から、支給対象者(権利主体)の枠が定められているわけではない。

④「障害に起因する特別の費用」の保障方法の未確立

イギリス(個人予算とダイレクトペイメント)やフランス(障害補償給付)では、「障害に起因する特別の費用」保障を、福祉サービス(現物給付)ではなく、金銭給付で受けとるという選択肢が用意されていることについては、上述したとおりである。この金銭給付方式は、単なる保障方法の一つなのではなく、むしろ基本理念の転換を図るものというべきであろう。すなわち他者(行政・専門職)が管理する福祉サービスから自己が管理するパーソナルアシスタンスへの基本理念の転換である。この金銭給付方式では、自立して生活できない、支援が必要である者への「障害福祉サービス」と特別障害者手当等はいずれも「障害に起因する特別の費用」保障の一環をなすものとして一括して、障害者に直接、金銭給付(ダイレクトペイメント)を行うことにより、障害当事者の自己管理によるパーソナルアシスタンスの実現を図る。そうであるから、「障害に起因する特別の費用」保障のあり方を考察することは、実は上記基本理念の転換の意義を考察することに他ならない。わが国の現行法には、この基本理念がまだ導入されていない。

(2)「障害に起因する特別の費用」保障をめぐるわが国の課題

最後に、以上の考察から、中長期的な理論的課題のいくつかを箇条書きして結びに代えたい。

①まず障害者の今日の社会的生活阻害の実態に即して「障害に起因する特別な費用」の範囲・費目等を再考すること、その際、障害者手帳保持者への配慮として民間事業者が負担している費用も視野に入れることができる。

②その費用の負担について、基本的に「障害者個人の負担から社会的負担へ」転換が図られつつあるが、現行法における一部利用者負担の考え方については、再考の余地があるであろう。

③最終的に、社会保険方式の障害年金、社会手当方式の特別障害者手当、および福祉サービス方式の障害者総合支援の3法制の役割分担を明確化して、再編を図ることは避けられないであろう。

④その際、現行法における「行政・専門職の裁量による福祉サービス」という構造は、障害者の従属的劣位や受動的依存の一要因となっているから、「全ての障害者が他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を有することを認め…障害者が、この権利を完全に享受し、並びに地域社会に完全に包容され、及び参加することを容易にするための効果的かつ適当な措置」(障害者権利条約19条)として、とくに重度訪問介護(自立支援給付)の選択肢の一つに、「パーソナルアシスタンス」(同条約19条)方式を導入して確立することが重要な課題となろう。

⑤さらに、イギリスやフランスにおける「障害に起因する費用」の金銭給付方式を示唆として、わが国でも金銭給付を障害者が選択し得る利用方法の1つとして検討すること等によって、現行の障害福祉サービスから自己管理型サービス(self-directed support)へ、転換を図ることも展望され得る。

⑦最後に重要なことは、これらすべてのことが障害者の主体的な参画の下に進められねばならないということである。とりわけ地域生活支援サービスの提供・運営は、医療法人等の既存組織に丸投げするのでなく、障害者の組織が自らこれを行う方式を支援し、その段階的な発展を図ることが求められよう。

 

付記 小論の前提にある課題意識について(多少の敷衍)

小論の検討においては、一方で非差別(平等)概念における理論的発展を踏まえること、他方で自由権と社会権の一体的保障をめざす自己管理型支援モデル(self-directed support)の展開を踏まえること、これら2つにより、差別禁止法と地域生活支援法という障害法における両部門の統一と連携のあり方を考察することが念頭におかれている。

このことは、「差別禁止モデル(自由権モデル)と社会福祉モデル(社会権モデル)の緊張関係」を反省的に振り返り、両モデル(差別禁止と社会福祉)の新たな関係構築を目指すことでもある。自由権モデルと社会権モデルの緊張関係には「市民法と社会法の相克関係」が反映されていると思われるので、伝統的な市民法と社会法の関係に少し遡って考えて見る必要がある。以上の課題意識について、この付記で多少の敷衍を試みる。

1 伝統的な差別禁止法と社会福祉法との緊張関係

「伝統的な市民法と社会法の緊張関係」の詳細に及ぶことを避けて、「障害法における両部門の統一と連携」という次節の課題に入るために必要な範囲で、予備的にいくつかの典型的な論点・事例を紹介するにとどめたい。

(1)伝統的な市民法と社会法の関係

古典的な社会福祉の法制(パラレルトラック)では、要援護者は「自立・自律能力に欠ける者であって、社会的保護を要する者」、言い換えれば「市民的自由を享有する市民としての地位から落伍した者」と見なされることがしばしばであった。彼らは公的福祉の恩恵に与ったものの、その処遇において、プライバシーや自己決定権などの市民的自由の侵害や、選挙権などの公民権の制限を受けており、そうした処遇は止むを得ないものとして、むしろ当然視されることがしばしばであった。障害のある人に対するこうした社会立法上の差別的な取扱いは、伝統的な市民法原理の下にあった差別禁止法(抽象的な個人としての市民を法的人間像として、形式的平等原則に基づいて構成された差別禁止法)では、概して是認されてきたのである。

社会立法上のこうした差別的な取扱いは、程度の差こそあれ、今日の福祉サービスまで根強く尾を引いていることを、まず重視する必要がある。

(2)ADA以降に垣間見られた市民権と社会権の緊張関係

一方で、「障害のあるアメリカ人法」(ADA1990年)」の制定等により、障害者の市民権保障に力強い照明が当てられるようになったことは周知のとおりである。ADAの下では、社会福祉における隔離収容等の保護措置は市民権に違反するものとされ、また使用者には合理的配慮義務が課せられた。一方で、障害者を優遇するいわゆるアファーマティブアクション(障害者雇用率制度もその一つ)には疑問の目が向けられた。福祉的給付の受給者に対しては、ADAに基づく救済を排除しようとする動きも、障害者政策におけるいわゆる「福祉モデル」から「市民権モデル」への転換のなかで見られた。

たとえば、労働不能に該当するとして社会保障法(SSA)による障害年金の受給権を得た者が、ADAに基づいて使用者による差別の禁止(合理的配慮の提供を含む)を求めて訴訟を提起できるかについて争われた、アメリカにおける多くの裁判例や、障害者差別禁止法の原則を採用した国で、雇用率制度を継続すべきか否かについて議論が巻き起こったことなどに、差別禁止法と社会立法との緊張関係の一端を見ることができよう。

そのほか、ADAの成立後のアメリカで障害法をイコール差別禁止法として構成する見解および、差別禁止法のみならず社会福祉法も含まれるとする見解が対立・並立したことにも差別禁止法(市民権モデル)と社会福祉法(社会権モデル)の間の緊張関係を見出せるかもしれない。わが国の最近年の川島聡説(障害法とは差別禁止モデルと社会福祉モデルからなるとする見解)では、前者の差別禁止モデルは従属的・二級市民的人間像(障害者像)を対象とする法であって、法原理としては匡正原理を根拠とするのに対して、後者の社会福祉モデルはユニバーサルな障害者像を対象とする法であって、人間の尊厳といういわば道徳原理を根拠とするものであるというように、障害法を構成する2つのモデル(分野)を原理的に区別して捉える議論が展開されている。ここにも差別禁止法と社会福祉法の間に緊張・相克の関係があるとする見解を垣間見ることができるであろう[26]

2 障害法における差別禁止法部門と地域生活支援法部門の新たな関係構築

(1)非差別(平等)概念の発展

障害法の一方の部門である差別禁止法においては、その基礎にある平等(非差別)概念は、形式的平等のみを意味するのではなく、形式的平等から実質的平等へ、そして実質的平等をさらに深化させた形成的(包容的)平等(transformative equality, inclusive equality)までを含む包括的な概念を意味する。

障害者権利条約における平等(非差別)概念の発展を理解するうえで重要な点は、アクセシビリティの義務および合理的配慮の義務という2つの義務が、包容的平等を実現するための両面として構築されたという点にある。前者の「アクセシビリティの義務」の意義は、障害者の集団を保護対象として、あるサービスを使用する個人からの要請を受け取る前に、締約国は、アクセシビリティを提供する事前の義務(ex ante duty)を負うとするものであり、後者の「合理的配慮の義務」は、個人を保護対象とするものであって、機能障害のある個人が、一定の状況において平等を基礎に権利を行使するために、所与の場所〈職場、学校等〉において、それを必要とする瞬間から将来に向かって強制できる義務(ex nunc duty)であるとされる。

障害者権利委員会の一般意見6号(para10)における定義によれば、包容的平等とは、古い形式的平等を新しい包容的平等に取って代えようとするものではなく、実質的平等の概念を引き継ぎつつ、以下の4つの側面において平等の内実を拡大するものとされる。すなわち、

ⅰ)社会経済的不利益に対処する公正な再分配の側面

ⅱ)固定観念、偏見の支配に対する戦いの側面

ⅲ)インクルージョンを通じて人間性の完全な承認を確認する参画の側面

ⅳ)人間の尊厳の問題として「差異」を受け容れる余地をつくる配慮の側面

そうすると、これら4つの側面について、現行の障害年金法制、特別障害者手当法制および障害者総合支援法制に検討の余地があるかどうか、何か配慮に欠けるところがあるかどうか、の考察が求められることになるわけである。

障害法における平等概念は、このように、いわば抽象的市民を想定した形式的平等(差別禁止)論の立場から、社会的構造的な不利益の下に置かれた具体的な障害者を直視した新たな平等(差別禁止)論へ発展させて、平等(差別)概念の総合化・包括化を図ろうとするものと言えるであろう。

(2)地域生活支援法における自由権と社会権の不可分性・相互依存性・相互関連性

一方、障害法の地域生活支援法部門においては、自由権と社会権の不可分性・相互依存性・相互関連性の原則が、その基礎に据えられる。

すなわち、「インペアメントは不幸な個人に降りかかる運命的な出来事である」という個人的悲劇理論(すなわち、障害の捉え方においては医学モデルに依存し、責任論においては「生活個人責任原則」に帰する考え方)を克服して、障害の捉え方において社会モデルを容認し、障害者の社会参加を阻害する「社会的障壁」の存在を法認するとともに、社会的障壁の除去と地域生活支援に対する自由権と社会権の総合的一体的保障の実現を図ろうとする点に、本法部門の意義がある。

両法部門を通じて、障害法は「従属的劣位に置かれる障害者」を法的人間像として、自由権と社会権の総合的一体的保障を図ることを法原理とするものであって、この点に両法部門の新たな関係構築の基礎を認めることができるであろう。

要約すれば、小論はこのような課題意識を前提に抱えて、障害年金等の問題に接近しようとしたものであることをお断りしておきたい。



[1] 「在宅の重度障害者に対する社会手当としては、1974年に特別児童扶養手当法の改正により創設された重度の重複障害者に対する特別福祉手当があった。これが、福祉手当に改編され、年齢を問わず、在宅の重度障害者のうち、公的年金等を受給できない者に支給されるようになり、障害者にとっては、実質的に障害福祉年金と拠出制の障害年金の格差を埋める機能を果たした。国際障害者年などを契機に、障害者の生活保障を求める声が高まり、1985年の年金改革で障害基礎年金が創設されるとともに、福祉手当が再編されて特別障害者手当が設けられた。」福田素生「社会手当法」(河野正輝・江口隆裕編『レクチャー社会保障法(第2版)』法律文化社、2015年所収)193頁。 

[2] 1986331日庁保発15号通知。本通知は2002315日庁保発12号通知により改正され、社会保険庁が廃止されて以降は厚労省が所管する行政内部の通達とされる。最近改正平成29121日。

[3] 福島豪「障害年金の権利保障と障害認定」学会誌社会保障法33号、2018年、とくに121頁以下、永野仁美『障害者の雇用と所得保障』信山社、2013年、とくに260頁以下参照。

[4] 百瀬優「障害年金の課題と展望」『社会保障研究』2016年、vol.1, no.2, 341頁。

[5] 三澤了「障害者の社会生活を支える所得保障を」『ノーマライゼーションVol.27 No.423頁。

[6] ただし、障害基礎年金の支給については、かねてより認定の地域差が指摘されてきたことから、厚労省の「精神・知的障害に係る障害年金の認定の地域差に関する専門家検討会」(20152月設置)により「精神の障害に係る等級判定ガイドライン」がまとめられ、20169月から実施されている。そのガイドラインでは、総合評価の際に、考慮すべき要素の一つとして、就労状況を挙げており、かつその就労状況の判断にあたっては、単に就労しているという事実をもって日常生活能力が向上したものと捉えず、就労支援の有無・程度等を考慮して判断することとされている。

 

[7] 百瀬・前掲論文、347頁以下参照。

[8] 障害者権利委員会「障害のある女子に関する一般意見 第3号(2016年)」para.59、「平等と非差別に関する一般意見 第6号(2018年)」para.68、参照。

[9] 百瀬・前掲論文、349頁参照。

[10] 日弁連高齢者・障害者権利支援センター編『法律家のための障害年金実務ハンドブック』民事法研究会、2018年、148頁。したがって解釈に当たっては、「障害認定基準」の規範的性格は単なる通知にとどまるものであり裁判所の判断を拘束するものではないこと、「障害認定基準」に示されている「例示」は一つの例に過ぎず、障害者権利条約の批准と障害者基本法等の改正において盛り込まれた障害者像と整合性のある解釈が求められるといわなければならない。日弁連、同上、146頁以下参照。

[11] 佐藤久夫「『障害』と『障害者』をどう理解するかー障害者観とICF(国際生活機能分類)」佐藤久夫・小澤温『障害者福祉の世界(第4版補訂版)』有斐閣所収、2013年、とくに21頁以下参照。

[12] 日弁連・前掲『ハンドブック』79頁。 

[13] 等級判定ガイドラインに関する日本弁護士連合会の意見書では、「本件ガイドラインによる…目安の設定により、点数化の結果が等級判定に直結されるべきではなく、『日常生活能力の程度』及び『日常生活能力の判定』には反映されにくい『生きづらさ』など、個別の障害特性や事情を総合考慮した上で等級判定を行うことができるよう、柔軟な運用が可能な目安が設定されるべきである。」とする。日弁連・前掲『ハンドブック』155頁。

[14] ここでは、立法論に立ち入らない。立法論の示唆として、たとえばスウェーデンでは、医学的理由にもとづく機能障害によって、恒久的あるいは1年以上の長期的な稼得能力の喪失・減退が生じていれば、障害年金の対象となる。稼得能力の減退は、労働市場に存在するすべての仕事にあてはめられて判断される。申請にあたり、ふだん診察を行っている医師による診断書が必要。社会保険庁は申請者の職務状況と社会環境の両方を調査。申請者に対して家族環境、家事、余暇活動、教育、副業等に関する質疑を必要に応じて行う。スウェーデンの障害年金は部分障害にも対応している。医学的理由で、申請者がフルタイムで就労することが難しい場合、就労可能な労働時間に応じて、25%、50%、75%の部分障害が認定され、その障害の程度に応じて障害年金が支給される。完全給付(100%)の場合でも、残存する能力を使って11時間程度就労し、フルタイム所得の1/8まで稼ぐことは認められている。(ただし労働市場の理由のみによる障害年金、医学的理由と労働市場の状況を複合的に考慮して支給する障害年金は、1997年以降廃止)。以上のスウェーデンの障害認定については、百瀬優『障害年金の制度設計』光生館、2010年、117118頁参照。

[15] 同旨、日弁連・前掲『ハンドブック』86頁。

[16] 同旨、福島豪・前掲論文、130頁。

[17] 百瀬・前掲書、196頁。百瀬の次の指摘も参照。「確かに、20歳以降の保険料滞納については、本人の責任が全く無いとは言えない。しかし、若年期の経済的理由や理解不足、雇用形態の多様化などを背景として滞納率が高くなっていること、障害年金の場合は、短期間の未納でもほぼ一生に渡って無年金になるケースがあることも考慮すれば、(無年金障害者に障害年金を支給することは望ましくないとしても、)保険料滞納をすべて本人の責任として、無年金となった場合の救済を生活保護に委ねることには問題もあるように思われる。」百瀬・前掲論文、344頁。

[18] 新田秀樹「所得の保障」河野正輝・東俊裕『障害と共に暮らすー自立と連帯―』放送大学教育振興会、2009年、117

[19] 百瀬・前掲論文、345頁。

[20] 百瀬・同上。

[21] 百瀬、同上。

[22] 百瀬、同上。

[23] スウェーデンでは20031月から従来の障害年金が廃止され、新しい給付として疾病補償(Sickness Compensation)と活動補償(Activity Compensation)が導入されている。対象者が1929歳であれば活動補償が、3064歳であれば疾病補償が給付される。疾病補償は受給者の障害が恒久的に続くと推定される場合、64歳まで継続的に支給され、障害に回復の見込みがある場合は期間を区切って支給される。これに対し活動補償は障害の状態にかかわらず給付期間に制限があり、いちどに受給できる期間は最大で3年間とされ、給付期間が終了すると、引き続き給付に対する権利があるか否かの審査に服するとされ、その結果に基づき給付の継続か廃止かが決められる。アメリカとスウェーデンの就労支援については、百瀬・前掲書、127137頁参照。

 

[24] 障害に起因する特別の費用の保障方法については、イギリスの資料として河野正輝「障害者の自己決定権と給付決定の公正性――イギリスにおける自己管理型支援の法的試み」障害学会編『障害学研究』9号、2013年、96129頁、フランスの研究として永野仁美『障害者の雇用と所得保障』信山社、2013年、222239頁参照。

[25] Department of Health, Fairer Contributions Guidance; Calculating an Individuals Contribution to their Personal Budget, 2009.

[26]川島聡「転換期の障害法」日本障害法学会編『障害法・創刊号』2017年、7795頁。